ブランとプリム
「黒巨蛇……!」
見上げながら、ベルは表情を僅かに険しくさせた。
蛇竜と呼ばれる巨大蛇の一種だ。
普段は小型化して地中で暮らしているが、いざ戦うとなると膨大な魔力でもって膨張し、地中から奇襲を仕掛ける厄介な魔物である。毒はもっていないが、強靭な鱗は堅牢で、鋭い牙による攻撃に加え、巨躯を生かした巻きつきが非常に強力だ。
性格は極めて獰猛。
「ちっ……火吹き蜘蛛につられてやってきてたのか!」
リアは舌打ちをしながら間合いを取る。
そう。黒巨蛇は、火吹き蜘蛛を好んで食べる。炎にも毒にも強い耐性を持つ魔物だからこそだろう。
体長は、ちょっとしたドラゴンサイズはある。
そんな蛇が、威嚇するように舌を出した。
とっさにベルはチャコを庇うように抱き上げ、リアは前に出て大剣を抜いた。そこへ、森を突っ切って二人組が逃げてくる。
さっと見ると、若い軽装鎧姿の男女だ。
リアが姿を認めると、さっと手招きする。
「ブラン! プリム! こっちだ!」
「! サブマスター!」
リアを発見した二人が最後の力を振り絞るようにして加速し、リアの背後に回り込む。
二人とも、もうボロボロの様子だった。
「何があった!」
「わかりません、いきなり地面からぼこって出てきて、暴れまわってきたんです!」
リアの鋭い問いかけに、褐色肌のプリムが涙を浮かべながら答え、慰めるようにブランが抱き寄せた。こちらは金髪碧眼という、見るからに王子様風の青年だ。
ここにいる、ということは、彼らも新人なのだろうか。
だが、ベルにそこまで気にかけている余裕はない。
「気を付けてください。あの蛇、一匹だけじゃありません!」
「は?」
間抜けな声を出した瞬間だった。リアたちの右側の地面が爆裂し、もう一匹の黒巨蛇が姿を見せる。
プリムが悲鳴をあげ、ベルはさらに後退する。
「まぁ、あれだけの火吹き蜘蛛がいれば、二匹くらいいてもまぁ分かる。知らず知らずのうちに連れてきたってか? どういう誘導の仕方してきたんだ。あのキノキテニアのアホめ。捕まった後も本当に厄介だな!」
毒を吐きつつ、リアは戦意を高ぶらせた。大剣に稲妻が迸る。
黒巨蛇のランクはB+だ。
相手にする場合、もちろん複数での対応が求められる。そもそも出現が確認された時点で緊急討伐クエストで招集がかかる。だが、リアは単独で挑むつもりだった。
ここはギルドが管理している森で、失うわけにはいかない。
「こっちは任せろ。そいつは頼んだぞ、ベル。名前を知ってるってことは、ヤれるな?」
ベルは黙って頷く。
「よし。ブラン、プリム。お前らは巻き添えにならないように避難してろ」
「え、ですが、本部には……?」
「いらん。どうせいっても手を貸せる奴等は出払っててどうしようもねぇよ。それに、すぐ片付けて終わりにする」
ブランの懸念を、リアはあっさり切り捨てる。
ギルドの上位メンツは今、火吹き蜘蛛襲撃事件関連の後始末で人員が消費されている。
助けを求めても無駄だ。
「わ、分かりました」
ブランが引き下がったタイミングで、ベルはチャコを下ろす。じっとその目を見つめる。もし怯える様子があるなら、即座に逃がすつもりだ。
「チャコ」
「注意をひけばいいのね?」
まっすぐ見つめ返された上にこうでは、ベルも頼むしかない。
「一瞬で、いい」
「わかった。どっちにしても一瞬しか無理なんだけどね。頼りにしてるよ、おにいちゃん」
頷きあって、二人は左右に分かれる。
ベルは長包丁を抜き構え、目を細めた。あの蛇は非常に素早い。特に反射神経においては機敏で、下手に攻撃を仕掛けても回避される。
おそらく、《屠殺》を使っても、超反応されそうだった。
試すつもりはない。
ベルとチャコは一瞬だけ目線を交わし、互いにナイフを取って攻撃を仕掛ける。
左右からの挟撃に、蛇がびくっと目を大きくさせて硬直した。
これが弱点だ。
異常なくらいに反射神経が優れているからこそ、左右からの同時攻撃には対処しきれず硬直してしまう。
「《屠殺》」
すかさずベルは本命の短い包丁を持ちながらスキルを発動させ、投擲した。
蛇が気付いた頃には、もう包丁は刺さっていた。
目と目の間の中心。
そこは、蛇の神経が集中している器官だ。しかも脆い。ダメージを受けると衝撃で動けなくなってしまう。
たん、と、地面を蹴って、ベルが跳躍する。
軽々と蛇の頭に着地すると、長包丁を首に添えた。
本当によく観察しないと見れない、鱗の隙間。ほんの数ミリ、首には一直線にその隙間がつながるラインあるのだ。
ベルは寸分のたがいもなく刃を当てて一気に切り下ろし、首を切断する。
それで終わらない。
ベルは刃を滑らせ、蛇の胴体を綺麗に開いた。
まるで、ウナギを捌くかのように。
蛇は首がなくても動ける。それを防ぐためだ。
ズゥン、と重い音を立てて蛇が倒れる。
ふう、と安堵して額に浮かんだ汗をぬぐうと、チャコが後ろから抱き着いてきた。
「おにいちゃん、すごいっ!」
「チャコ」
ベルが一回転してから膝を曲げると、チャコは安全に着地した。
「ありがとう、チャコ」
「おにいちゃんがすごいんだよ! 見事に美味しそうにかっさばいたね!」
「チャコ、言葉言葉」
「ん? 構わないじゃない?」
チャコはあっけらかんとしていた。ベルは苦笑するしかない。チャコは本当に賢い子だ。
はしゃぐチャコをなだめるように、ベルは頭を撫でてやった。
「チャコのおかげだよ」
蛇の注意を反らすのは、少々骨が折れる作業だったが、チャコの活躍であっさり解決したのだ。囮よろしく牽制しかいていないかもしれないが、ベルにとっては確かに助かった。
何より、チャコの動きのキレに驚いた。
元々獣人なのだから身体能力が高くても当然なのだが、見違える動きだった。
しっかり飯を食って、しっかり訓練する。
僅か二週間で、チャコは体力を手にした。
ベルの方も、実は動きがよくなっている。ただでさえ飢えをしのぐ程度でしか食べられないのに、筋肉質な体型を維持するため、偏った栄養事情だったのだ。
見抜けているのは、リアだけだが。
「す、すごい……! 本当にたった一人で……あ、あの、あなたは!?」
駆け寄ってきたのは、ブランだった。
「ベル。ベルホルト、です」
詰め寄られるように距離が近い。ベルは少し及び腰で逃げつつも名乗った。
「ベルって……あのA級をいきなりとった前代未聞の新人! 実在していたんですね! なんて素晴らしい!」
ブランは目を輝かせながらベルの両手を取ってはしゃいだ。その純粋な反応に、ベルはますます困ってしまう。
こんな時、どうすればいいのか。
すると、すかさずチャコが笑顔で割ってはいった。必然的にブランはベルから離れる。
「そうですよー。実在してるんです」
「あ、いきなり近付きすぎでしたね、無礼をお許しください」
すぐにブランは頭を下げた。
ブランはかなり聡いようだ。すぐにチャコの視線に気付いて改めてくれた。
悪い人じゃあない。と、ベルは判断する。
ただ、明るいのだ。陽気というか、周囲を明るくするような、みんなの中心になれる人柄だろう。とってもベルは苦手だ。
「しかし、本当にすごい。僕らは手も足も出ないで、ただ逃げ惑うしかできなかったのに。尊敬します! 弟子にぜひしていただきたい!」
「あ、あの、それは」
さすがに危険を察知してベルは否定にはいるが、うまい言葉が見つからない。
「その、自分……不器用、なんで」
結局この言葉が出てしまった。
「そっか、そうですよね。まだそこまで親しくなっていないワケですし。よし! それならば親交を深めましょう!」
ブランはやはり聡かった。しかし、同時に距離感の掴めない青年だった。一瞬の動きで間合いを詰め、またもやベルの両手を取ってぐいぐい顔を近づける。
その熱量に、ベルは困ってしまう。チャコも呆気に取られてしまっていた。
「ブラン……ダメだよ。二人とも困ってる」
控えめな声で窘めたのは、プリムだった。緊張しているのか、もじもじしている。
思わずベルは親近感を抱いた。
本能的に察したともいえる。
「ごめんなさい。うちの弟が迷惑をかけまして」
「へっ!? あ、ああ、いえいえ」
「ねぇ姉さん、迷惑かかってないって」
「ブラン。おすわり」
「わふっ」
──《《座った──っ!?》》
ベルとチャコの心の叫びが重なる。
驚愕に硬直していると、ブランの頭からぴょこんと耳が、さらに尻からふさふさの尾が出てきた。
「この子、見た通り狼なんです」
犬かと思った、とは口に出せなかった。
「だから、距離感とか謎で……本当に、ごめんなさい」
「い、いえ。仲良くするのは悪いことじゃないので……その、同期として、仲良くしてくれたらいいかなーって思ったりします」
頭を下げるプリムに、チャコが慌ててフォローを入れた。
ブランとプリム。色々な意味で、ベルとチャコとは対照的だ。
「そういってもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
やっと微笑んでくれたプリムに、ベルとチャコも相好を崩した。
リアが蛇を討伐したのは、その直後のことだった。
「ったく。人が頑張ってぶちのめしてるって時に……まぁ、仲良くなるのはいいことだけどな」
重い音を立てて崩れ落ちた、体中から煙を上げて黒焦げになった蛇を背中に、リアはため息をついた。
的確に急所をついて綺麗に倒したベルと違い、稲妻と大剣を叩きつけて強引に仕留めたようだ。荒業も荒業だが、リアだからこそ可能な芸当といえた。
「ふむ……けど、お前らなら、大丈夫そうだな」
ベルはあごひげを撫でながら、にやっと笑った。




