いきなりAランク
「え、マジで?」
ベルの元料理人発言をきいて、サブマスターはますます目を点にさせた。アゴが外れるんじゃないかと心配になるくらい口が開いている。
「はい」
「なんでこんなとんでもねぇ技持ってて、料理人なんだ!?」
「……自分、不器用なんで」
「おい、理由になってねぇぞ」
鋭いツッコミに、ベルは困惑した。
料理人スキルです、とはいえない。信じてもらえるかどうかも怪しいし、まだ自分でも研究段階だからだ。
だからといって、口下手なベルに上手い言い訳なんて考え付くはずもない。何回か口を開きそうになって、口を閉じた。
「あーいえないなら構わんぞ。そういうのだってあるだろうからな。俺はそこまで詮索しない」
手を鷹揚に振りつつ、サブマスターは苦笑した。
「それに、ワイバーンを一撃で仕留めるような有望極まりない新人は大事にしないとな」
「いえ、そんな」
「試験は文句なしで合格だ。すぐに傭兵カードを用意するから、受付のトコにいてくれ」
「わ、わかりました」
がはは、と豪快に笑いながらサブマスターは出口へ向かった。
指示されてベルも受付へ戻る。
また視線というか注目を浴びていると、サブマスターは程なくして戻ってきた。
「待たせたな。発行できたぞ」
「ありがとうございます」
遠慮がちに頭を下げると、サブマスターは受付を飛び越え、ベルにカードを渡す。
触れただけで、金属製だと分かった。しかも触ったこともない金属だ。
「それは身分証だからな」
「……なるほど。それで、あの」
いい淀みながら、ベルはカードに刻まれた名前の後ろを指さした。
「この、A級って?」
小声でいったはずだが、周囲がいきなりざわついた。今までとは段違いな注目に、ベルは居心地悪さを感じて眉を寄せる。
それは威圧になったようで、周囲から目線を外された。だが、小声はあちこちから聞こえてくる。
「はっはっは。そりゃ、試験の内容がよかったからだよ」
「あの……よく分かりません」
「ああ、そっちか。つまり、だ」
サブマスターは受付のカウンターへいくと、机をごそごそと探って、一枚のボードを抜き取った。
「傭兵には階級があってだな。試験の内容にもよるんだが、新人は基本的にEランクからスタートする。まぁ成績が優秀だったらDランクスタートも有り得るな」
「なるほど」
「そこから実績をつめば、ランクアップの受験資格が与えられ、合格すればランクが上がっていくってシステムだ」
ベルは理解して頷いて、首を傾げた。
新人はEランクからスタート。だが、新人であるはずのベルはAランクだ。ランクがかなりとびぬけている。注目を浴びるはずだ、と納得した。
「ちなみにAランクだと、このギルドなら五本の指に入る実力者になるな」
「……はい?」
トンデモ発言をきいて、ベルは思わず耳を疑った。
「ああ、その認識は間違いないぞ。破格も破格の待遇だ。よかったな! はっはっは!」
ベルは頭を抱えた。
ここにチャコがいれば、その鋭い舌鋒で色々とツッコミをいれてくれただろうが、ベルにその才能はない。ただ、ムチャクチャなことをされている。
たかだか一介の元料理人が、いきなりAランクという傭兵にさせられたのである。
素直に喜べない。
いったいどんな試験を受けたんだ、と傭兵たちが噂を早くもはじめていた。
この上ない居心地の悪さを感じていると、サブマスターがベルの首に腕を回した。
「本当はSランク相当なんだが、いきなりは無理なランクだからな、そこは勘弁しろ」
と耳打ちされた。
どうもワイバーンを一撃で仕留めたというのはとんでもない事実のようだ。だが、それにしてもいきなりA級はやりすぎじゃないだろうか。
抗議の目線を送るが、サブマスターに気にする様子はない。
「とりあえず、しばらくはよろしくな」
「しばらく?」
「ん? なんだ知らないのか。新人の傭兵はギルド登録した支部で一か月間は研修受けることになってるんだぞ」
ぴし、とベルは硬直した。
一か月もこの街に滞在した場合、路銀がかなり不安な状態になってしまう。野宿するしかない、と考えが脳裏に浮かぶ。自分はなんとかしたできるとしても、チャコがかわいそうだ。
「説明、きいてませんけど……」
ダメ元で、ベルは抗議する。
「そうだったか? あっはっは。まぁ気にするな。ちゃんと研修中の衣食住は保証される。家族でもいるのか? だったら一緒に暮らせばいい」
「え?」
「傭兵は基本的に金がないからな。そういう面もカバーしてやるんだ」
衣食住が保証される。
その甘美な響きにあてられ、ベルは頷いた。
「ということで、手続きしようや。今晩から入ってもいいぞ」
「あ、でも宿が……」
「引き払えばいい。その分も保証するよ。何せお前さんはAランクだからな」
サブマスターは似合わなさすぎるウィンクを一つ送ってきた。
「そういうことなら……」
「なんだったら、ついていってやるぜ。お前さん、そういう交渉事とか苦手そうだしな」
ずばり見抜かれていた。
ベルは表情を崩さないままながらも、後頭部をかく。とはいえ、チャコがいるのでなんとかしてくれるだろうが、やはりサブマスターの方が適任だろう。
その厚意に甘えることにした。
「あの、お願いします」
「おう。宿はどこだ? 案内してくれ」
「……はい」
好機の視線を浴びながら、重い扉を開ける。
直後だった。
――ズゥ、ン……っ!
腹の底に響く轟音。互いに顔を見合わせ、音がした方を見やる。夜なので分かりにくいが、仄かに赤い。
ざわり、と、ベルは全身をこわばらせた。
知っている。あの赤い感じ。覚えている。この、狂騒にもにた騒ぎ声と、かすかに漂ってくる、焦げ臭さ。
「火事だ……! チャコっ!」
しかも、あの方角は宿泊予定だった安宿がある。そこに、チャコが寝ている!
狂乱しそうになりながら、ベルは全力で加速していく。
そこにサブマスターが追い付いてきた。
「おい、どうした!」
「宿に……チャコが……妹が……!」
「何!? 急げ!」
逃げてくる人たちをかきわけ、ベルは走っていく。
近づけば近づくほど、火はハッキリと見えてきて、所在も確定していく。
嫌な予感が、的中した。
「あの宿はっ……!」
「ビンゴってことか! おい気をつけろ、何か感じるぞ」
「え?」
「この気色の悪い気配……間違いねぇな、魔物だ」
サブマスターは遠慮なく武器を抜く。
轟々と燃えているのは、宿の屋上だった。赤い火の明かりで下から照らされているようにシルエットを出しているのは、蜘蛛。
黒い体躯に、赤い足。そして、緑に光る眼。
ベルは一目で看破した。
「あれは……火吹き蜘蛛」
「おいおい、なんでここにあんなヤツが! しかも一匹だけじゃねぇぞ!」
サブマスターは周辺の屋上を全て見渡す。
好戦的な笑みを浮かべ、自ら敵意をむき出しにした。とたん、過敏に反応して蜘蛛どもが姿を一斉に見せた。
その姿に圧倒される。
十匹。いや、もっといる。
ざわり、と、戦慄した。人ほどの大きさのある巨大な火吹き蜘蛛は、とてつもない身体能力を持つ上に、炎を操る。危険度がBランクに認定されている魔物だ。発生が確認されれば、即座に緊急討伐が行われるレベルである。
「こいつぁ、ウダウダいってる余裕なんてねぇな」
「……チャコ。チャコは、どこに……」
戦慄しながらも、ベルはチャコの姿を探していた。だが、もう周囲に人はいない。
不安でたまらない。チャコは無事なのか。
ベルは仕方なく、懐から手のひらサイズの石板を取り出す。ぐ、と念じると、わずかに反応する。サブマスターはそれを見逃さなかった。
「おい、ベル! それは……奴隷主の証!? お前、奴隷なんて飼ってるのか?」
驚きの問いかけに、ベルは珍しく眉間にしわを寄せながらも、頷いた。
ぎり、と石板を握りしめる様子から、明らかに嫌悪を抱いている。
「妹の、ためです」
ぽつりと、ベルは答える。
「どういうことだ?」
「妹は、チャコは、奴隷市に、捨て値同然で売られていました。それを……俺が買いました。助けるために」
目を閉じれば、今でも思い出す。狭くて不衛生極まりない牢屋に閉じ込められ、今にも死にそうなくらい痩せ細ったチャコ。
それなのに、生きたいと強く願う目をもっていた、チャコ。
ベルは衝動的にチャコを引き取っていた。それ以降、ずっと行動を共にしている。
「俺も……元、奴隷で、助けてもらったから」
「ベル……」
孤児は、奴隷にされることが多い。
「本当は捨ててしまいたいけれど、この石板があれば、チャコの居場所がわかりますから」
だが、それは同時にチャコへ苦痛を与えてしまう。本来は逃走防止用として使われるものだからだ。
ベルとしては使いたくない。だが、緊急事態だった。
意識を集中させていると、気配が伝わってくる。
「……感じたっ。上……?」
はっと見上げる。
燃え上がる中、まだ火の手が迫っていない宿の屋根。
のそりと姿を見せたのは、ひときわ大きい蜘蛛と、蜘蛛の糸にからめとられた、チャコ。
「――チャコっ!」




