一撃必殺
ベルたちは、半日かけて宿場街に辿り着いた。隣町へはまだ距離があって、一日で辿り着けるものではない。この宿場街で一泊するのが通例だ。
まして、ベルは小さいチャコを連れている。一晩中歩くなんて選択肢はなかった。
資金はあるが、贅沢もできない。
宿は自分たちが普段住んでいるのとそう変わらないグレードにした。布団があればいい、というのは、ベルとチャコの共通認識だ。
安さがウリなので、当然夕食など出ない。一応、この安宿の一階は酒場になっているが、正直チャコに食べさせてあげるようなメニューはない。ほとんどが酒の肴だからだ。
だが、今のベルにはオークの肉があった。早速調理するつもりである。
問題は調理場を拝借できるかどうかだが、はっきりとベルには自信がない。口下手を自覚しているだけに余計だ。チャコの交渉手段に期待するしかない。
「……あ」
と思っていたが。
チャコはベッドに転がるなり、あっという間に寝息を立てていた。
無理もない。
いくら獣人とはいえ、こんな小さい体だ。疲れは当然ベルより大きいだろう。ここは寝かせておくのが吉だ。ベルは穏やかに微笑むと、頭を撫でて布団をかけてやった。
とりあえず、ベルは市場へ出向くことにした。
この時間なら、夕市が開催されている。ほとんどが屋台みたいなものだが。
それに、他にも用事はある。
さっと身支度を整えて、置手紙を残してからベルはそっと部屋を後にした。しっかりと施錠は忘れない。
誰にも気づかれず外に出て、まずは市場へ向かう。料理人だけあって、目利きはできる。店の前でさっと物色して(じっと見比べると大抵店主にビビられてしまうから)、目的のものをさっさと買っていく(口下手なので価格交渉はできない)。調味料は料理人だった役得でいろいろと持っているので、必要なのは食材だった。
「芽キャベツに……シイタケ、オニオン。あと、小麦粉とミルク」
どれも安く手に入った。品質だってそんなに悪いものじゃない。
宿場街は街道沿いだけあって細長い。周囲の土地は肥沃で、農業も畜産も盛んだ。位置的に隣町だけでなく、ベルたちが後にした町にも出荷できることも手伝っているのだろう。
だからこそ、安価である程度の食材は手に入る。
袋につめて、ベルは次の目的地へ足を動かす。向かう先は、宿場街でも中心近く。簡素な建物が並ぶ中では荘厳な建物だ。
吊り下げ看板には、傭兵ギルド会館とある。
そう。ベルは傭兵登録に来たのだ。
かなり勇気を振り絞って、その門を開ける。ぎぎ、と重い音。
中はエントランスになっていた。わいわいとそれなりに賑やかだ。
とたん、外と雰囲気が変わる。誰もが鋭い目つきで、入ってきたばかりのベルを睨んだ。
――え、いきなり睨まれたっ。
思わずベルは固まる。だが、ベルも目つきは悪い。硬直したことで、より威圧感が増し、周囲に凄む様子になってしまった。威力は十分で、そっと何人か目をそらすくらいだ。
だが、怯む連中ばかりではない。
いかにもガラの悪そうな男が一人、ベルの方へ近寄ってくる。大剣を背負っていて、ベルよりも体格が大きい。それだけでなく、歴戦の猛者を思わせる覇気があった。
「おうおう、見ねぇ顔だな。ぉん?」
いきなりメンチを切られて、ベルはますます硬直する。恐怖で、ではない。単純にどうしていいかわからないのだ。笑うべき? 逃げるべき? 睨み返すべき? 色々な考えがやってきて、結局表情は硬いまま。
さらに口下手なせいもあって、喋ることもしない。
結果、一切動じない様子になってしまった。
「ほう? 微動だにしないとはイイ肝っ玉してんじゃねぇか」
いえ、それは勘違いです。
などといえる度胸はベルにはない。ただ黙っていると、男はますますニタァと笑った。
どんどんと物騒極まりない雰囲気になっていく。
「お前、名前は?」
「……ベル」
「よぉしベル。ちょっと俺と戦おうぜ。ここにきたってことは、お前も傭兵なんだろう?」
ベルは困惑した。
このままでは本気で戦わされそうなので、正直に打ち上げることにした。
「あの、自分は傭兵の登録に……」
「登録? なんだ、志願者だったのか。だったら手が出せねぇな」
ちょっと面白くない、というより、残念そうな表情を浮かべ、男は頭をがりがりとかいた。
事態についていけないでいると、男は大きくため息をついてから、カウンターの一つを指差した。
「ほれ、あそこが登録窓口だ。字は書けるか?」
ベルは頷いた。料理人なので、メニューを書いたり読んだりする必要から、覚えている。
「じゃあこの用紙に書いてくれ。名前と、性別と、年齢と……それとこっちは、どういうクエストを優先的に受注するか、得意な武器とか魔法とかあるなら書いていけよ」
「……ありがとう」
「がっはっはっはっは! 素直に礼をいえるやつは大した器だぜ! けど、礼をいわれるこたぁねぇよ。俺はここのサブマスターだからな!」
豪快に笑いながらベルは肩をしたたか叩かれた。だがきっちりと手加減はされていて、不思議と痛みは出なかった。
それだけで、どれだけ練達されているか分かる。ベルは気をつけることにした。
記入用紙に目を送ると、クエスト欄の多さに気が付いた。思わず手が止まる。
「お、なんだお前さん、傭兵ってどういう仕事なのか詳しく知らないのか」
「あ、はい」
「傭兵ってのは荒いイメージしかねぇからな。大方、魔物と戦ったり、戦争がある地域に雇われたり、そういうのだと思ってたんだろ」
ベルは正直に頷く。
「あながち間違っちゃいねぇ」
サブマスターは何度か頷きながら、難しい表情を浮かべ、解説を始める。
「けど、傭兵の仕事ってなぁ、今じゃ何でも屋なんだよ。魔物退治も引き受けるし、要人の警護をしたり、爺さん婆さんの買い物代行したり、飛脚の真似事や雑草むしり、みたいなこともする」
そういえば、とベルは思い出す。
以前の仕事場で、繁忙期の期間限定で傭兵を雇っていた時期があった。あの時は物好きなヤツがいるののだと思っていたが。
「それと。金を出してもらえれば色々とする俺たちだが、ご法度もある」
「はい」
「野盗や賊の類いの依頼は一切受けないこと。一般市民を殺さないこと。不当な略奪行為はしないこと。不用意に町の治安を乱さないこと」
サブマスターの表情は真剣だった。
ベルは頷き返しつつ、意外な思いだった。傭兵は金さえ積まれればどんな悪事にも手を染める、というイメージだったからだ。
サブマスターは、ベルの素直な感想に気付いたか、フッと微笑んだ。
「二十五年前までやってた大陸戦争の頃は、確かに傭兵は恐れられていた。あちこちで戦争が起こるもんだから、農地も甚大な被害を受けてな。兵站がズタズタだった。正規の兵士でさえろくに飯にありつけない有り様だったんだ」
思い出すかのように、サブマスターは目を閉じる。
大陸戦争。とある鉱山の採掘権を発端とした小国家の争いから発展した、大陸全土を巻き込んだ世界大戦だ。この戦争は終戦後も色濃い影響を残し、ベルもチャコもそのせいで孤児になった経緯がある。
「だから雇われでしかない傭兵には、水しか支給されなくてな。だから生きていくために、敵の領地で略奪行為をしたんだ。そりゃあ容赦なかった。でも、今は違う」
終戦からもう二十五年。
サブマスターはその年月の重さを語るように、顔つきをまた変えた。
「そんなことする必要性はなくなったんだ。でも、働かないと、おまんまは食えない。だから少しでも仕事を増やすため、俺たちはクリーンでいることにしたんだ」
「それでそういう規則を」
「イメージ払拭にはまだ時間がかかりそうだがな。とはいえ、守ってもらうぞ」
「はい」
その件に関しては、異論など一切ない。
ベルはささっと必要事項に記入をし終えた。
「え、お前さん、十八歳なのか!?」
「はい。ダメですか?」
「傭兵は十歳から登録できるからな。年齢は問題じゃねぇよ。けど、その。どう見てもお前さん三十くらいにしか見えないから」
ぐさぁっ!
見えない槍に貫かれたベルはそのままがっくりと膝をついた。
「おおっ!?」
「サブマスター、今のはひでぇと思うぜ……」
「俺も……ツラのこたぁ、意外と傷つくよなぁ」
「顔面凶器としかいえねぇようなテメェらでも傷つくのかよ」
「「サブマスター、そういうとこだよ」」
近くにいた傭兵の二人がそろってツッコミを叩き入れ、サブマスターは声を詰まらせた。
「い、いや、すまんかった。俺はがさつでな。気を付ける。ベル。気を直してくれ」
「……はい」
「書類は大丈夫みたいだな。ベル、時間はあるか? そんなに長くは取らせないんだが」
問われて、ベルは一瞬だけ考えて頷く。
チャコのことが気がかりだが、そこまで長居しないのであれば大丈夫だろうと判断した。サブマスターはにかっと歯を見せて笑う。
「よし、じゃあ詫びとして、これから試験をしよう。傭兵になるには紙で登録するだけじゃあダメなんだ。受注したいクエスト内容にそって試験が決められるんだが……ほう、ベルは討伐系が基本か。よし、じゃあ……コイツだな。武器はあるか?」
ベルが頷くと、サブマスターは早速試験会場にベルを案内した。
傭兵ギルドの建物の裏は闘技場のようになっていて、通路に刻まれた案内文字は訓練場となっていた。
「本当は傭兵希望者を何人か集めてするんだがな、特別だ」
「……何をするんです?」
「簡単だ。今からここに魔物を召喚する。それの討伐をしてくれればいい。ほれ、いくぞ」
サブマスターは早速懐から魔法陣の刻まれた紙を一枚取り出して地面に落とし、抜いた大剣を突き刺す。じわり、と、淡い光が滴る水のように落ちていく。
召喚魔法を見るのは初めてだ。
ベルは物珍しさに注目していたが、はっと我に返る。
腰に差していた長包丁を抜いて構えた。
しっかりと見ていたサブマスターはにやりと笑う。満足している様子だった。
「いい心構えだ。それがデキるやつとデキないヤツとでは合格率が違うからな。それじゃあ、スタートだ! でてこい!」
サブマスターがさらに大剣を突き刺す。直後、おびただしい魔力が吸い込まれていく!
「って、え、なんだこの魔力量っ……!」
一番最初に驚いたのはサブマスターだった。
魔法陣の刻まれた紙が発光する。それはあまりにまぶしく、ベルは一瞬だけ視界を奪われた。
「ぐるるぅ……」
そして姿を見せたのは、ワイバーンだった。
その巨体に、ベルはもちろん、サブマスターさえも驚愕し、息をのんだ。
「いかん、召喚獣間違えた! おい、ベル! 逃げろ! ここは俺がやる!」
大剣を抜き、サブマスターは焦燥を見せながらも大剣を抜いて構えた。
ワイバーン。
亜竜の一種で、前脚がそのまま翼になったタイプだ。飛行が得意の種族だが、戦闘能力もドラゴンらしい高さだ。当然ながら、単独で挑むべき相手ではないし、まして試験で出すような魔物ではない。
サブマスターでも、一対一は避けたい相手だ。
「グルオオオオオオオオオオオオーーーーンっ!」
空気さえ戦慄く咆哮。
衝撃波が放たれ、闘技場が揺れた。風圧にベルもサブマスターも吹き飛ばされそうになった。だが、サブマスターは一瞬にして持ち直し、覇気を高めた。
大剣からオーラがにじむ。
「《打撃》!《衝撃》!《破砕》!」
三重に戦技を放ちながら、サブマスターは一瞬にして間合いを詰め、ワイバーンの太い足に切りかかる!
凄まじい衝撃と轟音。
大木さえへし折りそうな威力のそれは、だが弾かれた。ノーダメージではなく、ワイバーンも痛みを訴えながら下がるが、サブマスターは大きく弾き飛ばされる。
――まずい。
ベルは本能的に悟る。このまま逃げれば、この人が倒されてしまうかもしれない。そうなったら大騒ぎになるだろう。傭兵登録どころの話ではない。
なんとか、しなければ。
脳裏に浮かぶのは、チャコの顔だった。
「スキルの三重使用を弾くとか、くっそ硬ってぇな! 超高等技術だぞ!」
その体格に反して機敏な動きを見せ、サブマスターは空中で姿勢を整えて着地。隙を見せないように大剣を構えた。
そこへ、ベルが飛び込んでいく!
「おい!?」
サブマスターの制止も無視して突っ込むと、ワイバーンがすかさず反応した。
鋭い眼光と、おぞましい程の牙。
震え上がりそうになるが、ベルはスキルを発動させる。ワイバーンのシメ方は、知っている。
「――《屠殺》」
身体が動く。
ずっと研いできた長包丁にも気力が迸り、すさまじい切れ味を出しながら、ワイバーンの足のつけ根を切り裂く!
ワイバーンが悲鳴をあげるより疾く跳躍し、逆鱗である喉仏の上側を突き刺した。
ごぽり。
と、粘着質な音をこぼして血が溢れ、ワイバーンは力を失い、ぐらついた。
素早く包丁を抜いて、ベルは飛び退く。
「……な、な、んだ、と……?」
前のめりに崩れ落ちたワイバーンを呆然と見ながら、サブマスターは目を点にさせながら呟く。
ワイバーンを一瞬で仕留めたのだ。
優秀な奴等とパーティを組んで、苦労しながら倒した過去を思い出し、サブマスターは寒気を覚えた。
「ベル。お前さん、なにものだ……?」
「……元料理人、です」
ベルは正直に、たどたどしく答えた。
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