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強面さまの溺愛  作者: こんこん
一章
64/66

天秤に、かける


「………一気に興がそがれたわ」

「ほんとね。俺たち人のモノに手出すほど落ちぶれてないしなぁ………」


何故か常識を語る双子は戦意を喪失したようで、警戒態勢ともとれる低姿勢を普通の猫背にまで戻し、くわりと欠伸した。その顔には分かりやすく興ざめだと書かれている。

「チっ。お前ら自分の立場分かってんのか?傭兵とはいえ働かねえ奴を生かしておくほど俺らは甘くないぞ。きっちり報酬分は働け!」


苛立ちを隠そうとしないまま、サジが長剣を片手に構えロゼの元へと一気に駆け出した。先程の跳躍といい、どうやらサジは脚力に長けているらしい。この短くない距離を一瞬で詰めた男は、その長身に見合う力強さで剣を振り下ろした。

ギィン、と耳障りな音が森にこだます。


「っは、その剣、あいつらの誰かから盗んだか。さっきのことといい、お前を舐めたままだと痛い目にあいそうだな」


手元の剣で応戦したロゼに顔を近付け、耳元で喋り続けるサジ。言葉とは裏腹に、その顔には余裕があった。

一瞬顔を歪めたロゼは刃を反して斜めに滑らせ、サジの手元に切りかかる。余裕の表情を崩さないサジがそれを途中で弾き返し、彼の剣先がロゼの喉元に突き付けられた。しかしその刃が薄い皮膚を切る直前、脳まで響くような重い衝撃がサジを揺すった。


「がはっ」


ロゼの繰り出した片脚が彼の脇腹に食い込み、みしりと軋んだ音を立てる。


「っ()()()って訳か、この女っ……」


嫌な音だった。ロゼは初めて感じた骨を折る感覚に一瞬の間身体が動かなくなってしまった。その隙を逃さず、サジはロゼの側頭部を肘で打つ。かなり強い振動がロゼの頭を襲い、その勢いのままに小さな身体は森へと投げ出される。


「っは、っ」


打ち付けられた身体がズルズルと下がり、木にもたれかかる。しかし幸いにしてロゼは意識を失っていなかった。

反射的に風壁(ウィンドウォール)で防御膜を張っていなければ、頭蓋骨が陥没していただろう。あと一歩で死んでいたという実感が一瞬遅れてロゼを襲い、全身にどっと嫌な汗が吹き出るのがわかった。


「もういい、お前殺す。血と肉があれば最悪どうにかなるんだ」

「やめなさいサジ!殺してはいけません!」


サジの呟きを開き逃さなかったヴァーグマンが二階から制止の声をかける。


「お前たちも加勢しなさい!さもないとギルドに報告しますよ」

「うへぇ、まじかよ。それは困るなあ」

「またギルド長に折檻されるのはごめんだね。さっさと終わらせようカンザ」

「まて、そいつは俺が」

「はいはい、大人しくしてて」


シャサと呼ばれる少年がサジの後ろに回り、その腕と足から何かを外しはじめた。


「これは暫く取り上げておくよ。君ならこんなものなくても、充分強いでしょ?」


シャサが取り上げポケットにしまったのは、アンクレットのような形の魔道具だった。装飾品などはついておらず、光を反射し銀色に輝く表面にはなにか幾何学的な紋様が入っている。それを揺れる視界にとらえたロゼは、先程自身を吹っ飛ばした力の正体を知った。腕を振り回す力だけでは、いくら身体の小さなロゼとはいえここまでの衝撃をもって弾き飛ばすことはできない。どうやら彼は威力増強の類の魔道具を腕と足、それぞれに着けていたようだ。


「っんの、離せっつってんだろが!」


押さえつけられたザジは相当怒り心頭のようで、仲間であるはずのシャサが傷つくことも厭わずに剣を振り回した。ぱっと手を離したシャサを強い力で押しのけ、ザジが走り出した。

揺れる視界の中でなんとか彼を見据えながら、ロゼは考える。このままでは埒が明かない。相手は手練の3人だ、サジでさえ現状で互角であったというのに、この双子まで相手にするとなるとロゼに勝ち目はない。

現状を打破する方法を考えるロゼの手が、ドレスの腰部分に触れる。走る為に割いたマーメイドラインの曲線からは片足が露出していた。その僅か上、コルセットで締め上げた腰に続く腿あたりを擦り、ロゼは前を向いた。


―――――――一か八か、掛けるしかない。


魔道具を外したとは思えないほどの脚力で、サジが飛びかかってくる。先程のロゼからの攻撃がよほど腹に据えかねたのか、その構えにはかなり隙があった。腕の合間をぬって剣の柄で鳩尾を突こうかと一瞬考えるが、今の彼と接近戦でやり合うのは危険だと感が告げている。それに従い、ロゼは手に持った剣で彼の剣の勢いを殺した。ギャリと刃の毀れる音が鳴り、次いでピシリと亀裂が入った。勢いで突進してきただけあり、彼の威力が凄まじい。風を纏わせていなければ一発でやられていたことだろう。

己の勝機ににやりと笑いを零したサジを尻目に、ロゼの視界が応戦しようと走ってくる双子を捉える。


危機的状況に陥ってもなお、ロゼはどこまでも冷静だった。

実地の対人経験が殆どないにも関わらずなぜここまで冷静に動けるのか、それはロゼ自身にも明確には分からなかった。ただ目の前の事象が自分の身に起きていると自覚している反面、どこか冷静に見ている自分がいるのも感じている。両親を助けるためにという焦りがないわけではない。しかしそのお陰でもあるのだろう、今目の前にいる三人の敵はロゼにとって通過点として認識されていた。


『 案外、肝が座っている』


それは確か、ゼルドの言葉だったか。

ガキィン、と刀身が真っ二つに割れるのと同時、押される力を利用し腕を固定したままに身を翻す。


「………ふんっ!」


サジの剣が地面に突き刺さったその瞬間、ロゼは割れた刀身の先をめいいっぱいの力と神力を込めて蹴り上げた。


「ぐぁぁっ!」

「カンザっ、――カンザ!!」


空気ごと横殴りにするような乱雑さでも、威力は十分にあったらしい。その刃はカンザの右手に深々と突き刺さった。利き手であろう右手を飛んできた角度そのままの刃が貫き、カンザが持っていた得物を取り落とす。それを視界に捕える前に、地面に突き刺さった剣を抜こうと一瞬無防備になったサジの首に手刀を落とした。ぐるりと黒目を巡らせ倒れる大男を、ロゼは一瞥する。

相手を失神させることは有用な反面、再起する可能性を残してしまう。

己の弱点をロゼも分かっていた。甘えは身を滅ぼす。ここまできて少しでも殺したくないなどと、傲慢にも程があることは分かっている。


――――――覚悟が足りない。御使いとして、決定的な弱点。


以前から、分かっていたことだった。フランチェスカに、あの優しい上官に己の弱い心の内を吐露するよりも前から。

ロゼの弱さ。至らなさ。欠点とも言うべき、御使いとしての欠落。

それは、必ず直面する、御使いとしてのロゼを振るいにかける試練だ。いつかは乗り越えなければならない壁。


―――――そう、それが、今だったというだけ。


「ごめんなさい、あなた方は雇われただけなのに」


痛みに崩れ落ちたカンザの手当をしようと跪くシャサ。彼らに向け、ロゼは走り出した。彼らは圧倒的に経験が足りておらず、言動もどこか幼い。それでも技量と知識は十分にあり、ロゼは限られた時間の中で彼らを捌ききることは出来ないだろう。そう、殺さない前提であれば。


「お前っ、よくもカンザをっ――!」


怒りの形相で美しい相貌を歪めるシャサと、苦悶の表情を浮かべるカンザ。彼等を見据えながら、ドレスの割いた部分に手を突っ込み太腿部分に触れる。そこにある揺れる硬いものを手触りで確かめ、一気に引き抜いた。コルセットに繋がっていた細い鎖が千切れる音がする。


「ごめんなさい」


彼等との距離が10メートルとなったところで、ロゼは右手を振り上げた。明らかな投擲の構えに身構える少年達から目を逸らさず、ロゼは掌に神力を込めようとする。

――――その時、どん、とロゼを強い衝撃が襲った。


「っ……――!」

「背中を見せるとは随分と余裕ぶっこいてくれるじゃないかよ、ええ?死にやがれこのクソが!」


再起したらしいサジの声が、ロゼの耳に直接吹き込まれる。

途端に身体中を有り得ないほどの血が上り、喉を逆流して口から零れた。ごぼりと吐き出した血が粘度をもって器官にまとわりつく。次いで去来した胸部への強烈な痛みに、ロゼは声なき声をあげた。


頭が、視界が、明滅する。襲い来る痛みは際限がなく、ロゼの胸部に刺さった刀身をサジが捻る度にじくじくとした痛みが肉を伝って脳を揺さぶった。


まだなにかごちゃごちゃと、罵声をあびせられている気がする。

痛い、苦しい、息ができない。しかしそれでもロゼは、冷静だった。


「こ、ろしたく、なかったのに」

「あ゛?お前、この期に及んで何を――っ?!」


ロゼの傾いた身体が刀身から抜ける。

体内に循環する神力を手のひらに集中し、力を振り絞って上空へと投げ出した。しかし想像以上に力がなかったのか、地面が近づく視界で捉えきれる程までしか上がらなかったらしい。



――――瞬間、視界が全て白に染まった。



鼓膜が破れそうなほどの爆音が森に轟き、風圧が木々を薙ぎ倒す。




もうもうと立ち込める煙の中、ロゼは倒れ込んでいた。

爆心地の中心から随分と飛ばされたにも関わらず、その身体には爆発による傷は一切なかった。

自身を覆っていた防壁の膜を解き、ロゼははっはと息を吐いた。


倒れ込んだ視界の中に、三つの肢体が転がっている。あれ程までに漲っていた生気も今はない。怒りに歪ませていた顔もここからは見えなかったが、それは今のロゼにとって幸のように思えた。


ロゼが投げ上げたのは、ゼルドの神力と体液を込めた小さな手榴弾だった。それは普段持っているだけでは起爆せず、風使いであるロゼの神力を通すことによって爆発する。直径が指の間接ひとつ分程しかないそれは、込められた神力に合った効力を発揮する。

これをロゼに渡す時、ゼルドは「最終手段にしろ」と言っていた。ただ危険性が高いからだと思っていたが、もしかしたら彼はこうなることが分かっていたのかもしれない。

――――未熟だと、彼はロゼのことをそう思っているだろう。

その通りだった。ロゼは人の命の重みを、自分がそれを握りつぶせるだけの力があるということをまだ実感できていない。

それでも、今回はそうも言っていられなかった。

ロゼは天秤にかけたのだ。あの三人の命と、両親を救うために残された時間、そして自分の命を。

秤は後者に傾いた。御使いとしても、この判断は正しかったと言えるだろう。


胸を裂かれた時よりも重い痛みが、ロゼの心に伸し掛る。この手で殺したと言う割には、あの瞬間は呆気なかった。ただ神力を込めて投げただけ。あまりにも軽く、一瞬だった。



「――おい、お前達!何をしている、さっさと回収しなさい!」

「で、でも。こいつ、さっき爆弾みたいなのを投げて」

「この様子じゃあ指一本うごかせないでしょう、さっさと運びなさい。さもなくば、お前達も()()の中に加えますよ」

「っひ、わ、わかりました。直ちに!」


駆けつけてきたらしいヴァーグマンが、部下の男たちに命令を下している。

彼の言った通りロゼは指一本動かせず、強引に持ち上げられる。その際におきた胸の傷の引き連れたような鋭い痛みに、気を失うようにして意識を手放した。











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