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強面さまの溺愛  作者: こんこん
一章
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救出




「…………―――は経過しています。本当に大丈夫なんでしょうね」

「あれだけの傷を負っていたのです、幾分か時間はかかるでしょう…………………おや、思っていたよりも早かったですね」


朦朧とする意識が次第にはっきりと鮮明になり、ロゼば重い瞼を押し上げた。


「やはり御使いの回復力は目を見張るものがある。回復に手を多少加えたとはいえ、この短時間で意識が覚醒するとは、本当に素晴らしい」


目を爛々と輝かながらロゼの顔を覗くヴァーグマンに何か言ってやろうと、ロゼは口を開こうとした。しかし意に反して、口が動かない。口だけではなく、頭から足先まで、全く動かすことができなかった。

唯一動かすことのできる眼をなんとか動かし、どうやら自分は座らされているようだと気付く。足と腕には枷のようなものが嵌められている。しかし足元にある金属の床と枷を繋ぐ鎖はだいぶ余裕のある長さで、拘束というよりはここに繋ぎ止めるだけのもののようだった。そのはずなのに、ロゼの体は全くと言っていいほどに動かない。どうやら薬の類を使われたようだ。

ひたすらに何かを喋り続けていたヴァーグマンは、反応を示すことのできないロゼに飽きたのか、さっさと離れていった。視界の半分を覆っていた彼が離れたことで、部屋の全貌が見渡せるようになる。


ここは、実験施設のようだった。ロゼの座る椅子が一段高い場所に設置されているお陰か、人一人は入りそうな円柱状の天井まで伸びるガラス管が数十と並んでいるのが良く見える。その中には何か水生動物のようなものが入っていたり、管を通された禍々しい何かしらの個体が浮いていたりと様々だった。所々天井を支える柱があり、部屋自体の空間はかなり広い。多くのガラス管が淡く緑色に光っているためか、明かりの少ないこの部屋全体も緑に染まっていた。


「んむ、んんんー!!」


くぐもった声のする方向に目を向け、ロゼは目を大きく見開いた。

幾つもの配管が蛇のように這っている床に、セーナとアドルフがいた。セーナは気を失っているのか、その目を閉じてくたりとした様相で柱にもたれかかっている。先程声を上げたアドルフは、口に布を噛まされ、腕を後ろ手に縛られていた。彼の横には、ノルド領主である青年サムと、神官であったメーレがいた。


―――そうか、ここが本館……!


ロゼは先程サムが言っていた言葉を聞き逃さなかった。本館の地下室に両親がいる、という情報を頼りに、ロゼは本館を目指していたのだ。


思いがけない両親との再会を好機と捉える反面、全く動けない己の状態が悔しくなる。もたれている母は、何か危害を加えられたのだろうか。彼女は案外気の強い所があるから、彼らの気に障るようなことを言ってしまったのかもしれない。幸いなことに怪我は見当たらないが、到底安心はできない。今すぐ傍に行って、二人の安否を確認したかった。


「移転陣の準備は?まだ終わらないのですか」

「は、はい。これだけ大きな物……しかもこの装置も含めてとなると、時間が掛かりまして。神力を込める人員も足りていませんし、あと半刻は掛かるかと」

「そんなに待てるわけが無いでしょう!その半分で終わらせなさい」

「半分でも遅いくらいですよ、ヴァーグマン。神殿の御使い達も木偶ではない。特にあの第一の団長様は、飛行術も身につけている。ここの場所が知れるとかなり厄介ですよ」

「レライ=ノーヴァか。確かにあの男と対面するのは真っ平御免ですね。……ほら、聞いていたのなら早く進めなさい!神力の抽出なら、あの森で伸びていた傭兵の男たちが使える。後でギルドには戦闘中の死亡と報告しなさい、いいですね」

「は、はいぃ」


急かされた研究員らしき男は、顔を青くしながら他の研究員たちと作業に取り掛かり始める。

移転陣、という言葉にロゼは焦り始める。移転されては、ゼルド達の到着を待つことは愚か、こちらの居場所の把握さえも困難になってしまう。両親二人を守りながら孤立無援で闘うことはかなり困難だ。


「さあ、こちらも時間がないですからね。いいですか?ヴァーグマン」

「ええ、始めなさい」


ヴァーグマンの言葉に頷きを返したメーレは、徐にロゼの口へと何かを押し付けた。


「っ?!」

「安心しなさい、ただの酸素注入機ですよ」


口と鼻を覆う透明なそれは管が着いており、その管の先はロゼの座らされている椅子の真下に繋がっている。その真下からは、何本もの管が出ていた。


――――っまさか!


最悪の予想は当たったようで、メーレは椅子の下に繋がった複数のプラグをまとめて握り、その先端をああでもないこうでもないと言いながら弄り始めた。注射器のように鋭い先端が光に照らされ、ぎらぎらと輝いている。

先程見たガラス管に入った生物を思い出す。幾つもの管に繋がれた身体。意識がなく、くたりと水中に浮いたその肢体。


「ああ、あった。ええと、これが右上腕。抽出用だから、動脈ですね。これが…………」


管に巻いてある小さなテープに小さな字で書いてある文字を読みながら、メーレがゆっくりと動きを進める。焦るヴァーグマンに比べて、彼には随分余裕があるように見えた。

得体の知れない怖気のようなものを感じたロゼには、ゆっくりと近づいてくる鋭い先端が、剣より余程恐ろしいものに見えた。その先端がロゼの白い皮膚をぷつりと貫き、小さな血がこぽりと吹き出す。

盛られた薬のせいか、全身の痛覚が正常に作動せず、痛みを感じない。しかし血を吸われる感覚だけは嫌に鮮明で、ロゼは吐き気を感じた。続いて手首、鎖骨の上と幾つものプラグを差し込まれ、ロゼは悪寒にひたすら耐える。口に嵌められたマスクの中で浅く呼吸を繰り返すロゼを、メーレはじっと見つめながら作業を進めていく。

遠くで、アドルフの引き攣るような悲鳴が聞こえた。普段厳格な父の、初めて聞いた声だった。


「さあ、これでよし。あとは仕上げですね」


ぐったりとしたロゼをまるで己の作品の出来栄えを見るかのような目で眺めたメーレは、少し離れたところにある台のスイッチを押した。次いで、がこんと何かが外れる音がする。

視界を透明なガラスが占めていく。一段高いところにあると思っていたこの場所は、どうやらガラス管に獲物を閉じ込めるための場所だったらしい。

上から下がってくる分厚いガラスがロゼの視界を全て覆い尽くす頃には、座っていた椅子はパカリと開いた床に収納され、ロゼは冷たい銀色の床に座り込んでいた。


「……さあ、眠る時間ですよ」


固定されたマスクから、独特の匂いのする気体が注ぎ込まれる。同時に、足に冷たい感覚が伝わってきた。


「ふふ、眠れる姫か……それとも人魚か?悩ましいですね。名前をつけるとしたらどちらだと思います、ヴァーグマン」


楽しそうにヴァーグマンに話しかけるメーレの声が、ガラスを隔てて聞こえてくる。こぽこぽと足元で音がする。少し粘度のある液体。見えないが、きっと、おそらく、緑の液体だろう。

特殊な液体なのか、浮力が強くロゼの小さな身体はすぐに浮き始めた。朦朧とする意識の中で捉えたのは、父の、アドルフの絶望に染まったような顔だった。ガラス越しでも分かる悲痛な表情は、次第に上がってきた緑の水面に遮られ、今度目を開けた時にはぼやけて見えなくなってしまっていた。


―――眠い。すごく、眠い。


いま寝ては駄目だと、そう己に言い聞かせ続けるも、襲い来る睡魔には抗えない。

水の中で痛む目を瞑り、深い眠りに落ちそうになった――――その時だった。



強烈な爆発音が部屋を揺らし、ロゼの薄れた意識を僅かに浮上させた。


続いて響く足音、物音、何かを壊すような騒音。


瞼が重い。自分に呼びかける声が、聞こえる気がする。必死に名前を呼んでいる。



重い、ひどく重い。こぽこぽと音のする水が生暖かくて、心地よくすら感じる。プラグから血を抜かれているはずなのに、痛みも感じない。

眠い、気だるい……ああ、呑まれてしまう―――




「――――ロゼ!!」



その瞬間、がつんと頭を殴りつけられたような衝撃を受けた。途端に意識が覚醒する。


手を、と思いプラグが突っ張る。血が水中に滲み出ることもいとわず、ロゼはプラグを引き抜き、かっと目を見開いた。


途端に、ガラス菅の中から竜巻が起こり、パァンと音を立ててはじけ飛ぶ。中からの衝撃には弱かったのか、床には割れたガラスと液体が散らばった。プラグに支えられたままのロゼからマスクを取り、ロゼを揺さぶるのは――――誰よりも愛しい人だった。


「ロゼっ、ロゼ!しっかりしろ、目を閉じるな。頼む――――こっちを見ろ、ロゼ!」


こんなに余裕のない声を初めて聞いたと、呑気にそう思った。怒鳴るような大きい声で、それでも悲痛さを孕んだ響きで、ロゼの心を揺さぶる。


―――ああ、抱きしめてくれている。私も抱きしめ返したい。大丈夫だって、安心させて、めいいっぱいあなたを幸せにしたい。



「………………や、く、そく……ね、ぜったいだから……」


だから、私は絶対に死なない。


ロゼを、彼のものにしてくれる。曖昧でいて、それでいて苛烈なほどの熱を持つこの口約束が、どれ程ロゼの支えになっていたか。この男はきっと知らない。

肩につけた大きな所有印を、何とか動き出した手で撫でる。

この熱を帯びた痛いほどの想いを、どうか真っ直ぐ私に向けて。わずかの隙間も残さずに、くっついて、抱きしめて。


危機的な状況は変わっていない。ロゼは疲労困憊で、薬も盛られている。それなのにこの瞬間溢れ出した想いは止まらず、ただその焦げ茶色の瞳は男に愛を乞う。


粘ついた液体ごしに感じる高い体温を手離したくないと、ゼルドの胸元に擦り寄った。埃と土の匂いに紛れて陽だまりのような匂いがした。嗅ぎなれた、彼の匂いだ。

途端に、より強く抱き締められた。完全に治癒されていない胸が幾らか傷んだが、その何倍もの暖かな気持ちが身体を満たした。


肩口に、は、と浅い息遣いを感じた。僅かに詰めていた息を吐いたような、安心したようなそれに、ロゼは顔を綻ばせる。


――――心配かけて、ごめんなさい。それでも、あなたのおかげで私は強くなれた。ここまで一人で、生き残れた。



「だい、すき」



そして今度こそ、意識を手放した。











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