〈65〉
失言だったか!?
そう思っても、今更無かったことには出来そうもない。
何かを期待するような色を瞳に浮かべたネネが、俺のことを見上げている。
怯えたような雰囲気は消えていたが、素直には喜べそうにない。
「榎並 京子がどうかしたのかな?」
名前は知っていても顔は知らないのだろう。
そう当たりをつけて、振り返りそうになる視線を無理やりおさえつけた。
背後にいる榎並さんの反応が気になるが、ネネの視線を誘導する訳にも行かない。
「キョウコって、知り合いだけでも3人居るからね。ネネちゃんは、その人を捜しているのかな?」
「はいです……。私のご主人様ーーメグミお姉ちゃんのお友達さん、って聞いてますです」
「あなた、めぐみの知り合いなの!?」
真っ先に反応したのは、背後にいた榎並さんだった。
握られていた拳銃が光の粒になって消えていき、榎並さんが俺を押しのけるようにネネへと詰め寄る。
「ひぅっ……!!」
伸ばしかけた手を宙に留めて、ピクリと指先をふるわせた。
怯えたようすのネネを見つめて、視線をそらす。
行き場の失った感情を押さえるかのように、右手がぎゅっと握られていた。
そんな榎並さんの肩を叩いて、もう一度ネネと視線を合わせる。
「大丈夫。このお姉さんも普段は優しいんだよ。今はちょっとだけ焦ってるみたいだけどね」
目を細めて笑って見せると、ネネがチラリとだけ、榎並さんを見てくれた。
小さく視線をさまよわせて、コクンと首を縦に振ってくれる。
角の有無を除けば、どこにでも居る小学生に見える。
「ネネちゃんのご主人様の名前って、宇堂 めぐみさんかな?」
「っゅ!?」
くりくりとした瞳が大きく開かれて、ネネの視線がハッと上向いた。
出しかけた言葉を飲み込んで、ネネの視線が下を向く。
「えと、えと……」
「言うのは禁止されていたりするのかな?」
「いっ、いえ……、そんなことはないです。えっと……」
俺と榎並さん、結花の顔を見渡して、ネネがぎゅっと胸元を握りしめた。
ーーそんな時、
(前線で負傷者が出たらしい。部隊の一部が帰還する。すぐに戻れ)
(了解です。保護対象らしき人物を見つけました。榎並の関係者です)
(……わかった。最速で戻れ)
耳元で聞こえた宇堂先生の声に小さく答えて、ネネの髪に手を伸ばす。
角は相変わらずそこにあるものの、肩から流れ落ちる血は、どうにか止まってくれていた。
「ネネちゃん。相談なんだけど、めぐみさんのお父さんに会わないかな?」
「お父さん、ですか? でも、お姉ちゃんのお父さんって、元の世界に居るって……」
「元の??」
「はいです。お姉ちゃんは会いたいけど、もう会えないって言ってました」
「……??」
「なるほど。めぐみだけは落ちて居たのね」
聞こえてきた声に振り返ると、榎並さんがどこかホットした表情を浮かべて、綺麗な笑みを浮かべていた。