〈66〉
豪華なシャンデリアの光を頭上に感じながら、革張りのソファーにゆったりと身を沈める。
心の底に溜まった疲れを、天井めがけてふぅー……、と吐き出した。
高そうなテーブルにカップが置かれ、くるみ色の水面が静かに揺れている。
「温かいミルクココアだよ。孫が作ってくれて以来、疲れたときはこれでね」
「いただきます」
呼び出されるのに慣れた理事長室だが、今日は俺が橘さんを呼び出した立場であり、これまでのように大勢の男たちの姿は無い。
正面に座る橘さん以外は、背後に控えている秘書らしき女性だけだった。
「それでは失礼します」
その女性も、ドアの前で頭を下げてから部屋を後にする。
2人きりになった部屋の中で、橘さんが自身の前にあるカップに口を付けて、小さな微笑みを浮かべて見せた。
「孫の将吾や宇堂くんから聞いているとは思うが、改めて聞きたいことはあるかな?」
ホッと息を吐き出して、橘さんが俺の顔を見詰めてくる。
橘さんを呼び出した理由は別にあるのだが、本人の口から聞けるのであれば聞いておきたい事はあった。
「そうですね。まずは柳の目的と、橘さんの目的を教えてもらえますか?」
「……そうだね。薄々気が付いて居るとは思うけど、柳――というより政府の上層部かな。彼らは、新たな技術の発展を望んでいるよ。少々どころか、倫理など初めから存在しないかのようなやり方でね」
「橘さんは、そうじゃない、と?」
「どうだろう。全くもって違うとも言い切れる訳じゃないよ。技術大国である日本の発展なら、心から望んでいるさ。だけどね。限度という物はあると思っているよ。孫と同じ年代の者を"力”も無いまま、死地に送り込むなど、到底許される物ではない。そうは思わないかな?」
まぁ、告発するには、証拠も力も無いのだがね。
そう小さくつぶやいて、橘さんがミルクココアの水面を揺らす。
その瞳は儚げで、どこまでも沈み込むような淡い色が浮かんで見えた。
「俺をスカウトしたのは、子供たちの盾にしたかった。言い方は悪いですが、あってますよね?」
「……その通りだよ。待遇に嘆きながらも毎日終電まで働いていたキミなら、子供たちを率先して守ってくれると思ったからね」
「なるほど」
まぁ、わからなくもない。
結局はみんなも巻き込む事にはなったが、自分の行動を振り返ると、橘さんの思惑通り、と言ったところも多いだろう。
少なからず思うところはあるが、俺がもし橘さんの立場だったらと考えると、まぁ理解は出来る。
少なくとも、宇堂先生が言うところの“敵”よりは、よっぽど良い。
「橘さんの立場は理解しました。そこで相談なのですが、少しの間で良いので、“敵”の注意を引き付けてもらえませんか?」
「…………なにかするつもりかね?」
「えぇ、まぁ、そんなところです」
橘さんから視線を外して、机の上に一本のフラッシュメモリをことりと置いた。
「出来れば派手に動いてない頂けると嬉しいです。あなたのお孫さんや、宇堂先生は使えると判断したみたいですよ」
テーブルの上を滑らせるように、橘さんへ投げ渡す。
近くにあったノートパソコンに差し込まれ、橘さんの表情が真剣な物に変わっていく。
「これを、どこで……」
「とある少女が持っていました。異世界から来たご主人様が大切に持っていた物のコピーだそうです。実験の様子から予算の流れ、責任者が国と交わした取り決めなどなど」
「…………たしかに使えるな。だが」
「えぇ、決定打には欠けるのでしょう。宇堂先生から聞いてます。とどめは、こちらで刺しますよ」
心持ち静かにすっと席を立ち、ミルクココアを流し込む。
「それでは、よろしくお願いします」
そう言い残して、俺は校長室を後にした。




