06 オブジェクト
06 魔王の野望
ネオが笑顔でフリーズしている。
冗談だと思いたいが、もし先ほどの『ご提案』が本気だったとしたら、この話を続けるのは危険だ。
聞きたいことは山ほどあるので、別の話に切り替えたい。
「ところで、一週間でどうやって魔王になったんですか?」
ネオは、ハッとした顔になって、背筋を伸ばした。
真剣な表情でネオは語りだす。
「実は、長い間続いている人と魔族の対立によって、もうこの世界では魔族が絶滅寸前なんだ。」
ゲームの世界では力が拮抗している設定だった人と魔族だが、この世界では違うようだ。
「4日前、ここから南にしばらく行ったところで、人間軍と魔族の大規模な衝突があった。魔族にとってはもう後が無い、決戦、だった。いや、決戦になるはずだった。」
ネオは、ひと呼吸してから、続けた。
「僕が人間軍を壊滅させた。」
冗談かと思ったが、ネオの顔は真剣なままだ。
「なぜそんなことを?」
「この世界の魔族は、ゲームの頃と変わらないんだ。」
「変わらない?能力値の話ですか?」
ステータスに偏りがあることと、種族独自のスキルをはじめから保有していることが魔族キャラの特徴だ。
たとえば、種族『スライム』ならば、生命力が異常に高い代わりに、知恵と素早さがとても低い。『エクスパンド』という種族スキルを持っていて、自分の体を膨らませて味方をかばうことができるので、前衛になって攻撃を一身に受けられる。反面、知恵が低いため、スライムを使って後衛として遊ぶことはまずできない。
そんな偏った性能の魔族キャラだが、種族特性を考えてうまく組めば、強力なパーティとなる。
「能力値もそうなんだけど、僕が言いたいのは、魔族も生きているっていうことなんだ。ゲームと同じように、会話はできるし、共に戦うこともできる。笑ったり、泣いたりするし、個性もあるんだ。」
ゲームで一緒に遊んだプレイヤーたちと変わらない、という意味だったようだ。
違うのが見た目だけで、人間と変わらないのであれば――ネオの言いたい事が、何となく分かってきた。
「人間を襲うやつはいるけれど、人間を食べないと死んでしまう種族なんかはいない。共生はできるんだ。それなのに、片方が絶滅して終わりなんて、嫌だ。神様にこの世界を任されたから、色々な生物がいるこの世界を守らなくちゃいけない、という気持ちもあるけれど、なにより、僕は、そんな悲しい終わり方は嫌なんだ。」
純真だな、と思った。
間違ったことが嫌いで責任感も行動力もあるようだ。
でも、まじめ過ぎやしないだろうか。
ネオは、この世界に来た時、『元いた世界になんの未練も無い人間』を探していたと神様に言われたらしい。
未練が無いのかと、ちょっと気になっていた。
だが、ネオの生真面目さを見て少し分かった気がする。
元の世界は、さぞ生きづらかっただろう。いろんなことに妥協して、見て見ぬふりをしていないと、生活もままならなかったのではないか。
それが、この世界に来て、ゲームキャラの体と、神様の力を手に入れた。
ちょっと、たががはずれて暴走しているんじゃないかと心配になる。
「ネオさんは、軍隊と戦えるぐらい強いのですか?」
厳しい表情のままのネオに少し息苦しさを感じて、別の質問をした。
「いや、ゲームと変わらない。種族は『デーモン』、『黒騎士』職の100レベルだよ。」
種族としての『デーモン』は、見た目は人と変わらないが、力と知恵が高く、信仰心と運がひどく低い。『黒騎士』は確かに強力な前衛職だが、攻撃力偏重で、耐久力は並みといったところだ。いくら限界値である100レベルに到達していても、敵に囲まれればひとたまりもないはずだが。
「マコちゃんも『エルフ』で『大司教』レベル100のままのはずだ。マコちゃんは、レベル100にするまでどれくらい敵を倒したか覚えている?」
覚えているはずがない。
パーティを組んで、延々と敵を狩り続けてレベル上げをするのだ。数えていない。
しかも、他の職業の呪文やスキルを引き継ぐために、転職を繰り返してきている。おそらく、ゲームで敵を倒した数ならネオより多い。
首を振って答えると、ネオは自嘲気味に言った。
「ゲームみたいに狂気じみた『レベル上げ』をする生き物は、この世界にはいないんだよ。」
なるほど。
「ネオさんが強くなったのではなく、周りのレベルが低いということですね。」
「そうなる。でも、ステータスを確認しようにも、もう確認できない。僕を追っている勇者がどれくらい強いかも、よくわからないんだ。」
ケガ一つしていないのに、ネオが勇者から逃げているのはそのためだったのか。
本当に職業『勇者』だとすれば、魔族キャラに特大ダメージを与えるスキルを持っているはずだ。ゲームならHPの数字が減るだけだったが、この世界では、腕がちぎれたり、当たり所が悪くて致命傷になったりしかねない。
「ゲームでは、敵を倒して魔力の一部を奪うことで強くなっていく、という設定だったでしょ。この世界でも同じだから、魔力を計測する方法があれば、大体の強さがわかるよ。」
確かにそんな設定があった気がする。忘れていた。
ゲームでは、簡単な操作で他人のステータスや装備を覗くことができたが、ここでは魔力の量で判断しないといけないのか。しかし、どうやるのだろう。
「人と魔族の戦争に乱入して、大暴れして、10分経った頃には『魔王だ』と叫ばれていた。実際には、魔族の王なんかじゃない。部下だって一人もいないよ。戦争に乱入する直前に、ゲームの世界から召喚したあのドラゴンだけが味方かな。」
考え込んでいると、ネオが話を戻した。
「人間軍が半壊したあたりで、兵士たちから『勇者』と呼ばれている戦士がこちらに向かってきた。その場はドラゴンに乗って逃げだしたんだけど、追われる身になってしまってね。」
「そうして、魔法で撃墜されたんですね。」
「そういうこと。僕はほぼ無傷だったけど、ドラゴンはそうはいかなかった。もともと、ゲームでは『竜騎兵』って名前のボス敵が乗っていた騎乗用のドラゴンなんだけど、まさか落ちるとはね。窮地に陥って、マコちゃんを召喚したんだ。」
「なぜオレを?回復役なら、他にもっと上手な人がいますよ。」
「そのときは、マコちゃんしか思い浮かばなかったんだよ。」
ネオがウィンクをした。
オールバックで彫りの深いダンディな顔がそれをやると、気持ち悪い。
もう一度、単刀直入に切り捨てようと思ったが、先にネオが口を開いた。
「そうだ、マコちゃんに装備を渡しておかないとね。」
そう言うと、ネオは椅子から立ち上がって、窓とは反対側の部屋の隅に向かって歩き出した。
暗くて気付かなかったが、木のチェストが置いてある。
「じゃーん。『竜血染めの黒衣』!」
ネオが黒いドレスを広げて、自慢げにこちらに見せた。
黒い生地に、白いレース、フリル、リボンを過剰なまでに使用した華美な洋服。
『竜血染めの黒衣』――防御力に優れた最上位クラスの装備だ。ゴシックアンドロリィタな衣装として人気が高かったが、オレは所持していなかった。
もっぱら、『エンジェルローブ』という、回復量上昇効果付きの、エプロンドレスを豪華にしたような白い服を着ていたのだ。
「おー、ゲーム世界では未入手だった装備を召喚したりもできるのですね。でも――
着るには、だいぶハードルが高い服です。」
「へ?」
ネオが、不意を突かれたような、間の抜けた声を漏らした。
異世界ものに限らず、ファンタジー小説では避けられない「世界設定の説明」ですが、むずかしいです。




