07 コンバット・レディ
ゲームでは、『マコ』にカッコいい装備や可愛い衣装を着せるのを楽しんでいた。
それは否定できない。
しかし、自分が『マコ』となってしまった現状ではそうはいかない。正直、全身鎧で固めたい。
なにより、あんなに可愛い服はアウトだ。着たくない。同じ女性専用装備でも、『ヴァルキリーメイル』みたいなカッコいい鎧ならセーフなのだが。
意匠に富みつつも体のラインが出るような鎧と甲冑垂れをつけ、ロングスカートをはいたマコを想像しながら、ギリギリセーフの判定をする。
黒衣を判定するべく、椅子から立ってネオの元へ歩き出すと、ネオが不思議そうな顔で問いかけてきた。
「こういう服、よく着ていたと思うんだけど、気に入らなかった?」
「ネオさんが急に女の子になったとしたら、こういった服を着られますか?」
ネオは納得したように頷いた。
「なるほど。どうやって着るのかよく分からないんだね。」
「そこじゃありません。」
平気で着るのかも知れないと思いつつ、ネオが広げているドレスをつまんだ。
「短い……。」
知ってはいたが、スカート部分の丈は短い。バレエのプリマが着る衣装みたいな形だ。膝よりやや上までしかない。
袖は二の腕ぐらいまでしかなくて、袖口をフリルで飾ってある。首元は開いていて、着れば鎖骨が見えるだろう。
いわゆるゴスロリ衣装は、肌の露出が全くないものだと思っていたので、ゲームでこれを初めて見たときは衝撃を受けたものだ。
「この世界では、生物も服も、魔力量が多くなるにつれてどんどん頑丈になるんだ。こういった服を着れば、込められた魔力が全身を巡ることで防御力が上がる。弱い攻撃なら素手で止められるぐらいだよ。露出する部分があっても防御に心配は要らないから安心して。」
「そこも気になってはいましたが、一番の問題では無いです。」
ネオは想像力が足りない。女の子になった男の心、略して“女心”が分かっていない。
「それにしても、今の一瞬で装備を召喚できるなんて、神様の力はすごいですね。」
「え?」
「え?」
「今はその力は使ってないよ。チェストから取り出しただけさ。あ。」
「……なんでこんな装備がチェストに入っていたんですか?」
ネオがしまったという顔をした。
まさか。
「女装癖。」
「違うよ!これはその――」
「窮地に陥らなくても、いつかオレを召喚しようとは思っていた、ってことですか。」
他の女性のために用意していた、と考えるのが自然なような気がしたが、ネオの場合、それはないだろう。
「はい、すみません……」
しょんぼりとして、ネオは正直に謝ってきた。
責めるような言い方はしたが、別に怒ろうとは思っていない。
とっくに怒る気は失せてしまっている。
でも、すぐ許すのも癪だ。
大きめのため息をついてから、ネオの横を通りすぎて、蓋の開いているチェストの中を覗いた。
ドレスの他にもいろいろ入っていたようだ。
肘までありそうな長く黒い手袋、黒のレースで編んだバラのような髪飾り、黒いソックスにこれまた黒いブーツ。
とりあえず、『竜血染めの黒衣』シリーズの腕装備、頭装備、脚装備は揃っている。
だが、他にもいろいろ目に入ってくる。
「もしかして、これ全部身に着ける物ですか。」
「うん、『竜血染めの黒衣』シリーズ以外のアイテムは入ってないはずだよ。」
チェストを覗き込んだまま質問をすると、しょんぼりしたままの声で返事があった。
なんだ、これは。
パンツ、ガーターベルト、ブラジャーと腹巻が一体化したようなやつ、20センチメートルぐらいのレースのヒモとリボン、あとリボン、さらにリボン。すべて真っ黒。
もはや、名前も分からない。
固まっていると、ネオが横から覗き込んできた。
「脚防具のニーハイソックスとパンツとガーターベルトは何とかなりそうだね。こっちは、胴防具の一部であるビスチェか。最初は後ろ前に着て、お腹の前で留めひもを結んでから、くるりと回して背中側に直すといいよ。これも胴防具とセットのチョーカー。首に巻くやつだ。この2つのリボンは、腕防具だね。ここが輪になっているから、手袋をはめた後に手首につけるんだ。すべてに魔力が込められているから、全部つけないと本来の性能が得られないと思う。」
装着方法を事細かに説明してくれた。
怖い。
本当に怖い。
「ネオさん、詳しすぎます。やっぱり……」
「違うってば!神様から知識をもらった時に、常識も全部頭の中に入ってきたんだよ、ホント!」
常識なのか、それ。
でも、そういうことにしておこう。そうだと信じたい。
「何か足りないものはある?今日は、あと1回だけなら、ゲーム世界から物を召喚できそうだ。」
ドレスをチェストに戻しながら、ネオが聞いてきた。
1回だけか。特殊効果をもつアクセサリも欲しいが、後で良い。まず必要なものがある。
「武器、ですね。」
「ああ、そういえば無かった。何がいい?」
「『アーメントゥーム』をお願いします。」
「ええっ、アレかい?似合わないと思うなぁ。」
そう言いながら、ネオは部屋の真ん中に移動して、目を閉じた。
「召喚魔法と創造の力と織り交ぜて使うから時間がかかるんだ。ちょっと待っていてね。
『コーリングアーメントゥーム』!」
そんな魔法は見たことも聞いたことも無かったが、召喚魔法を使った時と同じように、直径3メートルぐらいの光の魔法陣が、ネオの足元に現れた。
ゲームで『コーリングイフリート』を使えば、トカゲのような精霊が、すぐ魔法陣から飛び出してくるが――
……
……
興味を惹かれてじっと見つめていたが、たしかに遅い。
かなり便利な能力だとは思うのだが、戦闘中には使えなさそうだ。
足りない物があるからと言って、戦闘の前に使うのもまずい。黒騎士の魔力はそれほど多くないはずなので、召喚魔法なんて使っていたら、他のスキルの使用に支障をきたすだろう。ゆっくり休める時間を確保してから、じっくり召喚していただきたい。
30秒ぐらい経って、『アーメントゥーム』が魔法陣からゆっくりとせりあがってきた。
アーメントゥームとは、本来は、古代ギリシャ時代の投げ槍のような武器だ。
だが、『スプリームファンタジー』では違う。
古代の武器を再現することに命を懸ける、とある職人から依頼を受け、いくつかの貴重な鉱石を納品することで手に入る武器である。だが、その名称ゆえに、職人が勘違いをして作ってしまった、という設定の武器だ。
「終わったよ。」
そう告げるネオの目の前には――
十字と円を組み合わせた、170センチメートルほどの墓石が建っていた。
これが、『アーメントゥーム』。持ち手と思われる部分はやや細いが、墓石にしか見えない、一種のネタ武器だ。
メイス系武器の中では最大級の攻撃力を誇るが、属性攻撃やステータス上昇などの付加効果は一切無い上に、装備している間は素早さが下がる。墓石を振り回すのが良くないのか、信仰心も少し下がる。
普通の後衛はこんな武器は使わないし、オレも普段は魔法の効果が上がる杖を装備するのだが、ネオと2人だけでパーティを組むときはこれを装備していた。
2人だけのときは、強敵に挑むことはまず無いので、回復量をアップさせるより攻撃力を上げたほうが効率は良かったからだ。
これで戦えるようにはなった。防具に少し不安はあるが。
「これで、魔王の最初の部下としては及第点でしょうか。」
「え?もしかして、一緒に戦ってくれるのかい!?」
ネオが目を見開いている。
「あれ?当然そうだと思っていました。」
もしかして、装備を与えたあとは、ご自由にどうぞ、とでも言うつもりだったのだろうか。
たしかに、『一緒に冒険にいこう』という言葉には返事をしていなかった。
冗談交じり?の口説き文句も拒絶した。
ちょっと、可哀そうだったか。
「ありがとう。うれしいよ。」
先ほどからのウィンクは酷いものだったが、今たたえている笑みは、やや年季の入った顔にも合って、様になっている。
「フフフ、何なりとご命令を、魔王様。オレの気が向いたら従いますので。」
「ハハ、それは従うっていうのかな。じゃあ早速、命令というよりお願いなんだけど……」
ネオは右手で自分の頭を掻いて、躊躇しながら続きを言った。
「自分のことは『オレ』じゃなくて、『わたし』って言うことにしない?」
そこは自分でも気になっていたところではある。
この可愛らしい声で『オレ』というのは、自分でも違和感があった。いつ切り替えようか迷っていたぐらいだ。
「はい、そうしますね。」
笑顔で答えると、ネオもつられたように笑顔になった。
ついでだ、ネオがちょっと浮かれている今のうちに、懸念を一つ解消したい。
「あのー、わたしからもお願いしていいですか?」
「なんだい?」
「わたしと、ずっと友達でいてくれますか?」
「もちろんさ!むしろ、こちらからもお願いしたいよ!」
「ありがとうございます!じゃ、友達から『先』はナシってことでよろしくお願いします!」
言質は簡単に取れた。




