11 少女の無謀
「お前、魔王に裏切られてるじゃねえか!」
アストルのツッコミ、いや、指摘に対して、異を唱える者はいなかった。
皆が固唾を呑んでマコの反応を待つ中、当の本人は何か不思議なものを見るかのようにアストルを見ている。
一呼吸おいて、ようやく動いた。
「なるほど、そうなるわね。」
演技で無いのなら、マコは今まさに魔王の謀略に気付いたようだ。
当然、マコ以外は魔王が義父上を使ってマコを始末しようとしたことに気付いている。
そのぐらい明確なことだと思うのだが。
「い、いま、気付いたのか?
では君はなぜさっき落ち込んでいたんだ。」
「あら、落ち込んでなんかいないわ。
ただちょっと、『ネオが変なことしたせいで、私はケガするし、騒ぎは大きくなるし。アホなことするなあ、あいつ。』って思っただけよ。」
まるで忠誠心が感じられない。
そういえば、マコには忠誠心が感じられないと、以前シャール王が言葉にしていた。今回は更に露骨である。
「なるほどねえ。
うん。
うん。
あっちがその気なら仕方が無いわ。」
腕を組みながら何かに納得したようでマコは大げさに頷いている。
先程からだが、異様にわざとらしく振舞っている気もしてくるほどだ。
「王様。
『ドミネイト・モンスター』は命令に従わせる魔法。
高位の魔法なので使ったのは魔王で間違い無いでしょう。
勇者のお父様が私を執拗に殺そうとしたのは、まあ、つまりそういうことなのでしょうね。」
マコの顔に、幾度も見たニヤニヤ笑いが戻ってきた。
「ご覧の通り、状況が変わりましたわ。
強くて戦う意思のある者たちをかき集めるのなら、私も一緒に魔王と戦っても良ろしくってよ。」
衝撃的な提案だった。
そのために先程までシャール王がマコを説得していたのだが、魔王のおかげで望む方向へ進んでしまった。
それにしても、魔王を倒せば、魔族はまた弱い立場になる。彼女の芯と言うか、目的みたいなものはどこにあるのだろうか。
いや、魔族の未来よりは自分の命の方が優先であるのは自然なことか。
だが、王の二つ返事では快諾しなかった。
「もし、断ったならどうするおつもりかな?」
「……そうね、どこか遠くへ行くわ。
東の果てにあるっていう国に興味があるのよね。」
「そうか。」
王は顎に手を添えて悩む素振りをした。
一呼吸置いてから出たのは、予想通りの答えだった。
「よかろう。
もとより、ギルドだけでなく、騎士団や教会、国中から魔王討伐軍を募っていたところ。
そなたが加わるなら盤石なものとなろう。」
「光栄ですわ。」
マコは不敵な笑顔で答えた。
王は口角を上げて微笑み返した。
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シャール王は、ロラン達にマコを見送るよう命じた後、近衛兵を連れて居城へ戻っていった。
広場を見守っていた兵士たちも、王の合図を受けて各々の仕事へ戻ったようだ。
心身共に疲弊していた義父上は、城に常勤しているシスターへ引き渡したので、マコの見送りに残ったのは、ロランとオリビア、アストル、モージである。
「……それではお暇しますわ。」
「待ってほしい。
少し時間を貰えないか。」
慇懃な言葉遣いでこの場を去ろうとしたマコをロランは止めた。
マコは太陽の方にチラリと目を遣ってから、軽く頷いた。時間はあるらしい。
「君と連絡を取りたいときはどうすれば?」
無論、シスタージーという名を聞いているので、教会に尋ねれば勤務場所は分かるのだろうが、出来れば相手の望む連絡方法を取りたい。
「午前中は南門前の診療所で働いてるわ。午後は、まあ、出掛けてるかも。」
「分かった。ありがとう。」
礼を言いながら、ロランはオリビアやモージを見た。
彼らも話したいことがあるだろう。
「あの、マコ様!」
「あっ、はい。何かしら。」
先に申し出たのはオリビアだった。
”様”付けで呼ばれたエルフの少女はちょっと引いている。
ロランは初めて「勇者様」と呼ばれた時の事を思い出した。
恐れ多いとか気恥ずかしいとかでは無く、なにより先に「なぜ?」という疑問が頭に浮かぶものである。
「お力を貸していただけることになり、ありがとうございます。」
「はぁ。」
マコが若干戸惑っているように見える。
そんなエルフに、オリビアは携えていた本を突き出した。
「それで、この本なのですが!
この本の翻訳が出来た者には、国王から貴族にも匹敵する地位を与えられるという褒賞があります。
なので、その。
私が、マコ様はこの本に書いてあることを読める、と報告すれば、働かなくてもずっとこの国に居られると思うのですが……いかがでしょうか。」
「ええ?」
マコが明らかに戸惑っている。
ロランから見れば、必死に伝えようとしているオリビアの想いを汲み取れなくもない。
このエルフの少女を聖人であると信じているオリビアは、一つでも多くこの国に居てもらえる理由を作っておきたいのだろう。
確かに、マコを味方につけるための方便として、聖人エスが残したこの本を利用して、望むだけの褒美を用意できるように作戦を練っていた。
だが、そんなことは当然マコは知らないし、マコが共闘することになった今では、優先順位が低い話題である。
「ええと、その話は戦いが終わってからでいいかしら?
生き延びるかどうかも分からないし。」
オリビアはハッと目が覚めた顔をして、小さな声で「ハイ」と返事をしながら一歩下がった。
「わしからもいいかの。」
「はいはい。」
次に申し出たのはモージ。面倒になって来たのか、少女の返事はぞんざいである。
「わしにも、そなたの『ファイアーボール』を見せてもらえんか。」
「……なぜ?」
「魔術の知見を得るため、では、いかんかのう。」
「まあ、隠す意味も無いからいいけど。
空に向けて放つわよ。」
しぶしぶといった感じでエルフが右手のひらを真上に向けた。
右肩の辺りに小さい魔法陣が浮かびあがると、『ファイアーボール』らしきものが発現した。
モージや他の魔術師が使う『ファイアーボール』はロランも見たことがある。
だが、エルフの少女が使うそれは、あまりに違っていた。
あまりに、巨大だった。
モージはこの国の魔術師のトップと言って差し支えないが、彼の『ファイアーボール』は人の頭と同じ位の大きさであり、他の魔術師が使えばそれよりも一回り小さい。
それでも、敵を戦闘不能にするのには十分な火力なのだ。
少女のそれは、人の上半身を包み込むのも余裕なサイズだった。
「ほう。ほーう。
ほっほっほ。」
モージは感嘆のため息をついたあと、鷹揚に笑い出した。
笑うしかない気持ちは分かる。
その横でアストルが絶句していた。
その気持ちも分かる。
オリビアの方はというと、目をきらきらと輝かせて感動していた。
強大な者と相対した時に感じる戦士特有の興奮の類であればちょっと分かる気もするのだが、オリビアのは何か別の感情である気がする。
炎の玉はゴウゴウと風を切りながら上空へ飛んでいくと、瞬く間に麦の粒くらいの大きさになって消えていった。
「これは、これは。
石壁には穴が開くじゃろうし、森を焼いてしまうのも仕方が無いのう。」
「あらあ。やっぱりバレてるのね、あれ。
でもまあ、この街に入る前に試しておいてよかったわ。気軽に使ったら絶対何か壊すもの。」
壊れた石壁の方に首を傾けながら、エルフは悪びれもせずに言った。
どうやら、ここに来る前にどこかの森を焼いたらしい。
エルフにあるまじき行いである。
「魔法の威力は、魔術師の才覚に影響を受けるものだが、なるほど、相当なものじゃのう。」
「『知力』が高いって言ったでしょう。」
知力とはそういうものだっただろうか。
「これだけ魔法の威力が高いのなら、魔王にも対抗できると言うことじゃな。」
「いえ、それは分からないわ。」
「……ほう。」
マコが飄々と放った不安な言葉に、場の空気が少し変わった。
ロランは、最低限聞かなければならないと思っていたことを口にする。
「貴方は、この場で魔王を戦うことを決断したようだが、本当に良かったのか?
命を懸けた戦いになる。
それに、もし貴方が魔王に召喚されたのだとすれば、魔王の命令に背くことは出来ないのではないだろうか。」
「私とネオが対戦した場合、勝ち負けは五分五分よ。
いえ、攻撃力が高いのは間違いなくネオの方だから、ちょっと不利かもね。
私にダメージを与えられる者がいると分かった以上、貴方たちをザコとは思わない。
戦力になってもらうわ。
なかなか楽しい対戦になりそうね。」
さらりと返事をされた。
ロランは決意の意図みたいなことを聞いたつもりだったが、若干違う方向の答えである。
だが、戦うことへの抵抗感が無いことは何とか理解できた。
「魔王の命令についても、たぶん大丈夫よ。
詳しくは内緒だけど、私、魔王の指示を無視してこの街に来たのだもの。」




