09 人間の定め
戦争の後、この国はどうするつもりか。
ロランにはひどく抽象的な質問に思えた。
言葉の意味を尋ねるまでもなく、マコは話し続けた。
「私、とっても”不安”ですわ。
ながーい魔族との争いの中で、他の国と戦争はしなくなりました。それどころか、人も物も、たくさんの支援を受けていますわ。
それはそうよね。お隣の国にしてみたら、もし、この国が魔族に負けたら、次に攻め込まれるのは自分たちの国ですもの。
ドワーフもエルフも一緒。この国に手を貸すようになったのは、魔族との戦争が本格化してからですわよね。」
モージの声がぼそりと聞こえた。「よく勉強していらっしゃる」と。
マコは不敵な笑みを取り戻し、自らのこめかみを指でトントンっと叩いた。
「私、自慢ですけれども『知力』が非常に高いのですわ。
書庫で本を読んでいてね、知識が入ってくるとスッと脳に刻まれる感覚、点と点があっという間に線で繋がる感覚があるの。これが『頭が良い』ということなのかしら。」
そうモージの皮肉に答えてから、「おっと閑話休題」と一言。
ここにいる全員がマコのペースに巻き込まれているのを感じているのはロランだけではないはずだ。
「”不安”、”不安”ですわ。
魔族との戦争が終わったら王国はどうなってしまうのでしょう。
魔族という共通の敵がいたから、人とドワーフもエルフも、仲良く手を取り合って共存できているのに、もしその敵がいなくなったら?
昔に逆戻りじゃないかしら。」
人間の国同士でのいざこざなど想像だにしていなかった。
マコは胸の前で両手を組んで、まるでシスターの様な祈るポーズを取った。
「ですから、聡明な王様。
私からもお願いですわ。
ここらで魔族を滅ぼすのは諦めて、末永く小競り合いを続けましょう?
共通の敵と共存し続けて、人間同士は仲良く繁栄していきませんか?
そのためであれば、私、人間を守るため、時には共に戦ってもかまいませんわ。」
これだ。
マコが望む未来は、人族と魔族の共存。この望みを言うためにここまで来たのだ。
それにしたってこの言い方では、魔族の討滅を防ぐために、人間同士による戦争という恐怖を煽っているようにも捉えられる。
「……人はそこまで愚かではない。」
シャール王が口を開いた。
「魔族を討ち果たせば、必ず平和が訪れる。
その喜びを噛みしめ、過去の過ちを繰り返すことは無いだろう。」
ロランも「そうだ!」と声を上げて同意したかった。だが、なぜだろうか。これまでのやり取りを思い返すと、喉から言葉が出なかった。
「……いいえ、人は非常に賢いですわ。」
マコは、いびつな否定の言葉を口にした。
「一時の平和は訪れるでしょう。
ですが、必ず人同士で争いが起きますわ。
人間は賢いから、恋人を、家族を、家を、国を、守るためにあらゆる手を尽くしてしまう。そうせずにはいられない。
私のいた世界がそうだったように……。」
組んだ両手が震えている。
乙女のか弱い震えではない。
ミシリと鳴るほどの力みが、怒りにも似た感情が両手に込められているのを感じた。
それに伴って彼女の頭も徐々に垂れていく。
「なぜ過ちが繰り返されるのかしらと。
なぜ人間同士で殺し合うんだと、何度思ったことか。
あなたたちは取り返しのつかないことをしようとしていると、どうすれば伝わるのかしら。
強大な人類の敵がいて、そいつと対抗するために全人類が共闘するようなファンタジーを思い描く気持ちは、どうすれば伝わるのかしら。」
マコの手元から、バキンッと金属が折れるような音がした。
指が二本欠けていた彼女の左手が、更に無惨にひしゃげていた。
目の前の異常事態は目に入っていたが、ロランは、馬車の中でマコが放った言葉を思いだしていた。
『だって、人も魔族もいる世界のほうが、絶対面白いんだもの。』
そうか、彼女の世界に魔族はいなかったのか。
彼女は魔族が失われた世界で、人同士が争う様を見てきたのだ。
もし、取り返しのつかない過ちを人が犯そうとしているのなら、それを止めようとする彼女のあり方は。
彼女は正義なのか。
「あら失礼。」
かつてロランの一撃を難なく受け止めた左手が痛ましい様になっているが、マコは些細な粗相をしたように一言で済ませた。
左手を淡い光が包み、徐々に元の形を取り戻していく。だが、欠けた指までは治らない。
冷笑的になったり、怒りを露わにしたり、かと思えば一瞬で飄々とした様子に戻ったエルフ。
皆があっけに取られていた。ただ、シャール王だけが泰然とした姿勢を崩さなかった。
ロランも不思議とそれほど驚いてはいない。そういえばマコと初めて会った際も、信念の話を異様に軽い調子で話していた気がする。
「この期に及んで魔族根絶の手伝いなんてお願いされたものだから、ちょっと興奮しちゃいました。
そもそも、魔王ネオが強すぎるせいで、もう魔族全滅なんて望むべくもないでしょう。
まあでも、私のお願いは頭の片隅にいれておいて欲しいわ。今後の方針として、ね。」
誰も返事をしないのを確認してから、マコは話を続ける。
「さて、はっきりしておくと、私は魔王退治には参加いたしません。
でも、要塞から軍隊を撤退させるんなら、皆さんの治療の方には協力してもいいわ。
こんなところでどうかしら?」
「ううむ。」
話が終わったとアピールするように、マコは、ふう、と息をついた。
シャール王は直ぐには返事をせずに唸っている。
頭の中で、近い未来の戦略を練っているのか、それとも、いまマコにどう返事をするか考えているのか。きっとその両方だろう。
返答によっては、王がマコと会う機会は二度と無いかも知れない。
そしてそれはロランも同じであると気付くと、ほっとするような、少し寂しくもなるような、不思議な気分になった。




