08 人間の性
王国軍が撤退しても戦争が終わらない、と言うシャール王の言葉は、ロランにとっても意外だった。
マコの話を聞いていた時は、もし軍が撤退し、魔王が進軍を止めるのなら、この戦いは終わるかも知れないと微かに脳裏をよぎっていた。
ただし、義父のように、魔王が進軍を止めるというのが嘘だと判断するのであれば、戦争は終わらないと考えるだろう。
だが、王からは、マコの言葉を疑うような雰囲気は感じられない。
王は、ロランに話しかける時のような、優しく、まっすぐな眼差しをマコに向けている。
「そなたは聡明だ。
故に、王という立場から見える景色を正直に話そう。
そして、何卒、理解してほしい。」
マコの返事は無かったが、視線は王から外れていない。
シャール王は話を続けた。
「怒り、憎しみ、復讐心、あるいは名誉欲や向上心、そして正義。今や誰もがそんなものを理由にこの戦いに向かっていく。
だが、始まりは違ったのだ。
戦争は、”不安”から始まる。」
ロランは息を呑んだ。
事の発端を考えたことが無かった。いや、今まで考える暇も無かったと言うべきかも知れない。
「将来にわたって住む土地を、魔族に奪われるかも知れぬ。
明日の食料を、魔族に奪われるかも知れぬ。
今日、命を、魔族に奪われるかも知れぬ。
この”不安”は妄想ではなく、実際に起こり得るものだ。
生きていくために、この”不安”を取り除かなくてはならぬ。」
ロランが物心ついた時には人族と魔族はもう長年争い続けており、当然に魔族と戦うことが正義であった。
「そして、この”不安”は人に限ったものではない。
魔族もそうなのだ。
人族から、なわばりを、糧を、命を、奪われるかも知れぬ。
どちらが先に手を出したのだろうな。
何が戦争の発端になったのかは、もはや余にも分からぬ。
何もかもが戦争の発端になり得るのだ。」
自分が正しいからこそ、傷の痛みも、仲間を失う悲しみも、ロランは耐えてこられた。
「そなたは、短い間ではあろうが、人族と魔族の両方の有り様を見ているはず。
だからこそ、どちらかを正義だ悪だと決めつけず、一方にだけ肩入れするわけでもなく、調和を取ろうとしている。
しかしな、それでは、それだけでは……。
そなたのやり方では戦争は終わらぬ。
”不安”が消えぬ。
”火種”が消えぬ。
人族か、魔族か、それは分からぬ。
だが、誰かの生きようとする意思が、またすぐに戦火をまき起こすことになる。」
息が詰まる。
自分の戦いは何のためか。
それは、王国のため、家族のため、オリビアや仲間のためだ。
だが、それが戦火に薪をくべていたのだとすれば。
ロランには何ができるのか。
呼吸が乱れそうになった時、エルフが小さく息をついた。
「……そこまで知っていて、王様はどうするつもりなのでしょう?」
優しい眼差しだった王の瞳に、力が宿っていく。
「人と魔がある限り戦いが起きるのであれば、現実から目を逸らすわけにはいかぬ。
余は人の王である。
王国の民のため、戦いを終わらせるためにも、魔族を滅ぼさねばならぬ。
それは、守るべき民から、徴税し、徴兵し、死地へ赴けと命令すること。
それが、王たる余がやらねばならぬことなのだ。」
それが王の答えだった。
そしてそれは、ロランのすべきことの答えでもあった。
王の命を受け、魔族を滅ぼすこと。
それが、間違いのないことなのだ。
王の力強い眼光に答えるように、エルフも目を逸らしてはいなかった。
軽薄とも取れる笑みようなを浮かべていたマコとは思えないほど、真摯に受け止めている。
「マコ殿。
どうか、人族を守るために、我らと共に戦ってほしい。
かつての偉大なる聖人たちも、そうであったように。」
それは、人のより良い未来を願うシャール王の、純粋な願いの言葉に聞こえた。
マコも、返事を即答することは出来ないようだった。
静まり返った広場の中で、オリビアが「マコ様……」と小さく呟いた。
アストルは居心地悪そうに横目でエルフを睨んでいる。
近衛兵たちは微動だにしない。
ロランは息を呑む。
「王様。」
エルフが伏し目がちに口を開いた。
「まずは、熱烈なお誘いの言葉、ありがたく存じますわ。
けれども、ちょっと確認させてくださいまし。」
エルフは口を小さく開いて深呼吸すると、王をまっすぐに見つめた。
「”不安”が戦争の原因の一つになるのは分かりますけれど、
それは相手が魔族かどうかは関係ございませんわ。
相手が同じ人間であっても、その”不安”は募ります。
先ほどの王様のお話、”魔族”を”人族”に置き換えても成り立つのですわ。」
シャール王の眉がピクッと動いた。
マコは話すのを止めない。
「魔族がいなくなったら、人族と人族で戦争が起きますわ。
私が以前いた世界もそうでした。
この世界でもそうでしょう。
この国以外に、北や東にも人間の国があり国境がある。
そうなった経緯があるのでしょう。」
「確かに、人間同士での戦争が絶えなかった時代もある。
それは否定すまい。
しかし、今はもはや人間の国同士の関係は良好そのもの。ドワーフやエルフの国とも同盟国になった。もはや、敵は魔族だけの時代となった。
それで、確認したいこととは何なのだ。」
相変わらず落ち着いて見えるシャール王だったが、先程より若干早口になったのはロランにも分かった。
こほん、とマコが咳払いをした。
「王様。
魔族との戦争が終わったら、この国はどうするつもりなのかしら?」




