07 人間の王
片膝をついて石畳を見つめていると、ロランはだんだんと冷静になっていった。
シャール王は平服、いわゆる普段着であった。
謁見時に身に着けるような刺繍入りの長衣でもなく、ましてや鎧の類でもない。
すなわち、これは正式な謁見ではなく、私用での面会であるということ。
護衛の面で不安がありそうにも思えるが、見た目は布でも魔力が込められた特注だから相当に丈夫であるし、周りに控える近衛兵は直ぐにも戦場に出られるような金属鎧と槍を身に着けている。それに魔術師モージまで傍に控えているのだから、そこらの魔族がココに現れたとしても遅れを取るようなことは無い一団である。
……マコに通用するかは分からないが。
近づいてきた王達の足音が止まった。
「楽にしなさい。」
シャール王のしずかな声が聞こえた。
謁見では無いのだから、臣下の礼を取ったままなのは不適当になるかもしれない。
ロランは立ち上がった。
オリビアも立ち上がったが、アストルは微動だにせず片手を剣に添えたままである。
マコは先程から立ったままで、重ねた手を腹の前あたりに添えている。良く見えないが、欠けた左手の指を丁度隠しているようにも思えた。
「会えて光栄に思う。余はシャール、この国の国王である。」
10歩分ほど離れた位置から王が言葉を掛ける。
「はじめまして、マコですわ。」
同時に、マコは腰を曲げて頭を前に倒し、そして戻した。
見慣れない所作を見て、近衛兵たちが身じろいだ。
ロランも不審に思ったが、頭という急所を相手に晒す動作は、自分たちの忠誠を示す所作に通ずるものを感じる。自分たちがしらないだけで、敬意を表す異国の礼法である可能性がある。なにより、『今の何?』と聞ける空気ではない。
「何か伝えたいことがあるということは、そちらのアストルから聞いておる。
だがその前に、何が有ったのか聞かせてもらえぬか。」
王が手を広げてマコの汚れたローブを指し示した。
自分が説明すべきかと、ロランは王に目配せしてみたが、目が合った王は微かに首を振った。
「私のことはご存じなのでしょうね。
……先ほど、あちらの館でガノさんという方とお話ししましたの。
魔王ネオが南西の砦に攻めてきますから、残っている平民を逃がしてください、と提案したつもりだったのですけれど……。」
マコは、指の欠けた左手を持ち上げて、鼻から顎までを中指でなぞった。
「『お前はスパイだ』ということで、顔面を縦に斬りつけられてこのザマです。
お見苦しくて申し訳ありませんわ。」
ニコニコと説明するマコ。アストルが目を見開いて驚いている。
知ってはいたが物騒になっていく話の流れに、ロランは頭を抱えたくなった。
王の顔もみるみる渋くなっていく
「それで、当然反撃したのですけれど、想像以上に防御力は低いようでして。
続けて『ファイアーボール』を唱えたのですけど、殺してしまいそうだったので向きを急いで変えましたら、あのようになってしまいましたわ。」
王と目が合い、ロランは『本当である』と言う意味をこめてゆっくり頷いた。
ただし、その魔法が『ファイアーボール』だったのかまでは分からない。少なくとも、ロランの知るその魔法は敵を燃やす類の魔法であり、石壁を壊すような性質ではない。その傍らで、モージが眉間にシワを寄せているのが見えた。
「我が家臣が失礼なことをした。
大変申し訳ない……。」
王はそこで一呼吸置いた。
公的な場では無いとは言え、その場にいる者は、当然ロランも含め、驚いた。
王とは、軽々と謝罪の言葉を述べていい立場の存在では無い。
しかも、周りの建物から様子を窺う兵士も含めれば、かなりの人数に王が過ちを犯したと認めた形になる上、相手には貸しを作った形になってしまう。
「……どうか、寛大な心で許していただけると助かる。」
マコの様子を窺いながら、シャール王は許しを請うた。
だが、マコは左手の一部を失うほどの後遺症を負っている。相手につけ入る隙を与えるだけだと、だれもが思うだろう。ロランも、マコが代償に何かを要求するのでは無いかと不安になる。
「構いませんわ。むしろ、私に怪我を負わせるほどの実力者ですから、重宝なさってください。」
マコはあっさりと承諾した。
その場にいる誰もが目を見張った。
王はこの返答を予期していたから下手に出ていたのか?
いや、どう答えるのか確認するために問いかけたと考えるべきか。
「ご厚情、痛み入る。」
「……。」
「……。」
短い沈黙の後、マコが口を開いた。
「お時間をいただけるのであれば、私の話を聞いてくださると助かりますわ。」
「もちろんだとも。
だが、立ち話もよろしくない。
正面の建物に来賓室がある。そちらまでご足労いただけるかな。」
「……いえ、この場で構いませんわ。」
マコが首を捻って周囲の建物を順にみた。
「ココの方が安全かと。」
「お心遣い、感謝する。」
多くの兵士が見守る広場の中央。
王にとっては当然、この場の方が身の安全を感じられるだろう。
マコにとってはどうだろうか。
先程室内で義父が不意打ちを仕掛けたことが頭によぎる。人の目が多いほうが安心だろうか。マコの味方とは限らないのだが。
「早速ですが、ガノさんに話したところから、お伝えしますわ。」
マコはそう言うと、先程義父と一緒に聞いた話を改めて説明してくれた。
魔王ネオが、ドラゴニュートの元住処付近に国境を引くつもりであること。その近隣にある要塞を攻め落とすつもりであること。
そして、マコはその要塞から撤退するよう提案しに来た事。
シャール王は興味深そうに相槌を打ちながら聞いていた。表情や素振りはやや大げさなぐらいである。
「と、いうことで、いかがかしら。」
マコの話が終わると、シャール王は片手をこめかみに当てて、これまた大げさに悩みだした。
交渉術の一つと言っていいのだろうか。普段から王と話す機会はあったし、表情豊かな人物であることは知っているが、こうして客観的に見ていると、演技の入った仕草をしていることが分かり新鮮である。
王は、「ふーむ」とひとしきり唸った後、ようやく口を開いた。
「そなたが協力し、もし軍を撤退させたとしても、戦争は終わらぬ。」
了承でも拒否でもない、予期せぬ言葉だった。
今まで微笑みを湛えていたマコも、きょとんとしていた。




