06 王城の広場
「お邪魔したわ。」
エルフはつまらなそうに言った。
戸惑う兵士たちが入口を塞いでしまっているのを見て、壁に開いた大穴の方へポテポテと歩いていく。
事情を知らない兵士たちは、ロランへ助けを求めるような視線を向けた。
ロランは急いで義父の容態を確認した。
立ち上がることは出来ないようだが、呼吸はしている。
流血をしている様子も無い。
「すまない、義父上の治療を頼む!」
扉の方にいる兵士たちにうずくまったままの義父の面倒を頼み、ロランはエルフの後を追った。
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霞のように消えてしまうのではないかと不安がよぎったが、壁に空いた穴から外へ飛び出してみると、広場の真ん中にいるマコの姿がすぐに目に入った。
ほっとしたのも束の間、ロランは息を呑むことになった。
正面の建物の窓から、数人の兵士たちが広場の様子を伺っている。
当然だ。
ロランは振り返って、自分が出てきた大穴を見た。
焦げ付いた石の部材たちが、遠目で見たって何かの事件があったのは間違いないと思わせてくれる。
マコの魔法による爆発音だって響き渡ったことだろう。
窓から顔を出している兵士たちが弓矢などの武器を構えたりするような様子はまだ無い。だが、各々の部屋には緊急用の武具があらかじめ配備されている。
あからさまに怪しいエルフへの攻撃準備を進めてしまっても不思議では無い。
ロランはマコに向かって走り出した。
丸腰のロランが隣にいれば、間違っても攻撃対象になることは無いだろう。
たとえ威嚇の類であっても、これ以上の無礼を働きたくは無い。
彼女の懐がどのぐらい深いかは知らないが、いままでの経験上、若いエルフは大体人間と同じくらいの感情の起伏がある。
毒は盛られるわ、不意打ちで顔面を斬られるわ、そろそろ怒り出してもおかしくは無い。
……マコは立ち止まって王の居城の方を眺めていた。
マコの方へ走っていたロランの脳裏に、別の不安が沸いてきた。
もう、怒っているのでは?
今日してしまった仕打ちを考えれば、王の居城へ向けて先程の爆発魔法を打ち出されても文句は言えない。
急に、手元に武器が無いことが心細くなってきた。
いや、有っても役には立たないのだろうが。
エルフに近づくにつれ、ロランの脚は重くなってくる。
なんと声を掛けるべきかも考えていなかった。
とにかく謝罪を--と考えだし、何も決まらない内に広場の中央にたどり付いてしまった。
出す言葉も曖昧なまま口を開こうとしたとき、エルフの横顔に不審そうな表情が浮かんでいるのが見えて、ロランも王城の方を見た。
何人かの人影が、王の居城から出てきたようだ。
「あれは、オリビアに、アストルか!」
早足で近づいてくるのは、マコと同じような白いローブを身にまとったオリビアだ。
その後ろで、アストルが歩いてきている。
あと数人、居城の前で動く影がある。
見覚えのある兜のシルエットだ。
王の近衛兵たちだろう。
「マコ様~!」
オリビアは、ついにマコに向かって駆けだしだ。
後ろにいたアストルも、つられて早足になっている。
「マコ様、それはっ!」
マコのローブの汚れが赤黒い血であることに気づいたのだろう。
オリビアは驚き、口を手で覆った。
すこし後ろに来ていたアストルも目を見開いている。
「誰にやられたのですか!?」
「誰をやったんだ!?」
オリビアとアストルがほぼ同時に叫んだ。
同じものを見ているのに、正反対の問いである。
「勇者のお父様よ。」
マコはこちらをちらりと見てから、二人の問いに対し、一言で適切な回答をした。
「「ガノ様!?なんてことを!」」
今度は二人揃って同じ言葉を叫んだ。
だが、オリビアは嘆き、アストルは怒っている。
エルフは微かに鼻で笑うと、右手をあごに添えて少し間を置いた。
「……まあ、仕方がなかったと思うわ。悪気は無いのよ。
各々が正しいと思うことをやって、結果こうなってしまうこともあるわ。」
血に汚れたローブをつまむと、マコは淡々と返した。
事情を知っているロランは、彼女が義父の行いを許したのだと理解できる。
王国のためを思ってマコに斬りかかったのだろう、と。それも仕方が無いこと状況だったのだ、と。
……アストルにはどう聞こえたのだろうか。
「てめえ!開き直ってんじゃあねえぞ!」
「やめろ、アストル!義父上は無事だ!……おそらく。」
腰の剣を抜こうとしたアストルを急いで制止した。
初めて会った時からだが、アストルとマコはとにかく相性が悪い。
ロランにはなんとなく原因が分かっている。
オリビアのように、ひたすら好意的に解釈すれば、マコはコチラ側に手を貸そうとしているようにも見える。だが、どこか味方だとは信じきれない底知れなさをずっと纏っている。
アストルは元レンジャーであり、災難をもたらす危険性が有るモノはあらかじめ排除するような生き方をしてきた。
マコの様な不確定な存在は、とにかく排除したい筆頭なのだろう。
もしかすると、義父も今回はそのような考え方をしてしまったのかも知れない。
ここに来る道中、馬車の中で、ロランは彼女の考えをいくらか聞くことは出来た。
それでも、ロランも彼女に対する何か薄暗い感情をぬぐい切れずにいる。それは、得体の知れない相手に対する恐怖の様にも思えるし、自分より強大な相手がいることに対する不安にも思える。あるいは、それ以外の感情なのか。
マコを睨みつけるアストルと、アストルの挙動を伺っているマコ。そんな二人に対して掛ける言葉を探しているオリビア。
この場をとりあえず収めるため、比較的冷静そうなオリビアにロランは声を掛けた。
「オリビア、あまり騒ぎを大きくしたくない。
どこか彼女を連れていける静かな場所は無いだろうか。」
「……ロラン。その、騒ぎはもう、大きくなっているわ。」
オリビアが背後にそびえる王の居城へ振り向き、ロランを含めた他の3人もそちらを見た。
居城の前に4人ほどの近衛兵の人影が見え、その横には紺色のローブを身に着けたモージの姿も見える。
更に、もう一人、建物から出てくる人物がいた。
「まさか」
その姿を認め、ロランは片膝を地につけて跪いた。
何歩か脇に下がってから、オリビアも跪いた。
アストルは何歩か下がった後、剣の柄に片手を添えて直立不動となった。
ロランとオリビアは忠誠を示す所作であり、アストルは近衛兵の所作である。
この行動の違いは、3人の微妙な役職の違い等からくるものでは無かった。
これから王が面会する相手をどの様な人物だと捉えているか、の違いである。
客人の類なのか、それとも、王に危険が及ぶ可能性のある者なのか。
「は~、かっこいいっ。リアルじゃ初めて見た。」
3人それぞれの臣下の礼を見て喜ぶ少女の声が聞こえた。




