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魔王幹部少女の好き勝手  作者: もじゃね
マコと人間
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05 悪の剣

 ガノの不意打ちは、椅子に座った状態ではあったが、鍛え上げた背筋から放たれた高速の一閃だった。

 それでもマコは、前のめりになった姿勢から、奇跡的に致命傷を避けたのだ。

 いや、奇跡ではないのだろうと、ロランには思えた。

 全てその目で追い切れていたのだとしたら。


 エルフの顔面から流れた血が、純白だった教会のローブを赤く染めていく。

 

「あやあや」


 マコは回らない舌で呆れたように何か呟いた。

 フォークを落とした貴婦人のように、椅子に腰かけたままゆったりと手元と足元に目を遣っている。

 苦悶もなく、焦るでもない。


 漆黒の剣は振り上げられたままであり、その間合いの中でエルフは立ち上がろうともしない。

 

 ショックで呆然としているか、生きるのを諦めたようにしか見えない。


 そして義父(ちち)は、処刑人がそうする様に、一歩踏み込み体重を掛けて剣を振り下ろした。



 バゴッ、と鈍い音が鳴り、義父の体に木板が衝突した。

 真っ二つになったテーブルの片割れ。マコが蹴り上げたのだろうが、ロランの目では捉えきれなかった。

 いつの間にかマコは立っている。

 椅子の脚を片手で掴み、持ち上げた状態で。

 

 がら空きの胴に、来客用の椅子が叩きつけられた。

 

 義父は、オーガの棍棒を受けたかのような勢いで、先ほどまで座っていた革張りの椅子に叩きつけられた。

 マコの椅子は木片となって辺りに散らばる。


 追撃されれば命は無い。

 ロランは義父の傍らに駆け寄り、すぐさまマコに視線を戻した。

 


 それは、縦に割れた顎を抑えるかのように両手を頬にあてた。

 そして、口をガパッと開けて、蛇のように裂けた舌をベロっと出す。


 その体はほのかな光に包まれている。

 

 それは、義父を睨みつけながら、左手の残った指で舌をそっとなぞった。

 

 手が離れた時にあったのは、元の人間の舌だった。


 ロランは息をのんだ。

 傷を負った人類が行うべき所作ではない。



「あー、元通り。」


 エルフが微笑む。

 

「まともにダメージ受けたのは初めてだわぁ。

 でも全然痛くない。いえ、痛みは感じてる。不思議。


 この体なら、体力残り1でも戦えるわけね。

 よく出来てる。ウフフフフッ。」


 何か言っている。しかし、何が面白いのか。


 あの不意打ちは、義父にとって最初で最後のチャンスだったかもしれない。

 目のまえで見せつけるように治療することで、そんな一撃は無意味であったとでも言いたいのだろうか。

 

 すでに出血は止まり、割れた唇と顎は元通りになっているが、血まみれのローブと欠けた指は間違いなく傷を受けたことを示していた。


「楽しくなってきたわ。」


 奇襲に対する怒りや悲しみは感じられない。

 その顔に浮かんでいるのは間違いなく笑顔。

 ロランは、もはや彼女の感情を理解することはできないと悟った。


「じゃあ、始めましょう!

 よろしくね!」


 その言葉は彼女の戦いの合図である。

 

 義父はまだ立ち上がれない。

 先ほどの攻撃の痛みか。

 それとも、圧倒的な実力差に戦意を失ったのか。

 剣を一振りする間に2回攻撃を受けるのでは戦いにならない。


 エルフは無常にも開いた右手を前に突き出した。

 右肩の辺りに手のひらサイズの魔法陣が四つ、いや、五つは並んで浮かび上がっている。


「まずい!」


 咄嗟に義父に覆いかぶさった。

 彼女の攻撃魔法を見たことは無い。

 だが、尋常でないという確信がある。



「えっ。」


 戸惑いの声は、エルフのものだった。


 ドラゴンのブレスを浴びたかのように背中が熱くなったが、それは一瞬だけだった。


 背後の壁の方で、低い爆発音が何度か鳴った。



「さっきので?嘘でしょ……。」


 

 爆発が起きたほうを見ると、バルコニーが出来たかのように向かいの建物が見えた。

 建物に入る前に通った、あの広場に面しているのである。


 どうやら、マコは魔法の方向を逸らしたようだ。火の玉か何かがロランの背中を掠めて石壁を吹き飛ばしたらしい。


「弱すぎる……。」


 か細いつぶやきが聞こえた。



 

「ガノ様、ロラン様!何があったのですか!」


 ドアの外から使用人の叫ぶ声。


 謎の爆発音が聞こえたのだろうから当然の対応である。


 だが、ロランはどうすれば良いのか分からなかった。

 騒ぎを大きくして彼女を刺激すれば、何が起きるか分からない。

 

 当のマコは、義父の手元を見つめたまま固まっていた。

 様子を伺うような、呆然としているような、曖昧な視線である。


 彼女もまた、どうすれば良いのか迷っているように感じる。


 何か、何か言わなければ。

 

 だが何を?


 義父の奇襲を詫びるべき。

 要塞から軍を引く話の続きもするべき。

 騒ぎになりそうなこの場を収めるためには彼女と口裏を合わせる必要が


 いや、彼女が一番気にしていそうなのは?


「先ほどの、漆黒の剣。」


 ロランが呟くと、マコと目が合った。


義父(ちち)はあれを、私の剣とは逆の性質を持っていると。

 私の剣は、悪しき者を切り裂く剣。

 つまりは……。」


 かつて、ロランの聖なる一撃『スマイト・ヘレティック』を受け止めたマコの左手。

 出血は止まっているが、指の欠けた痛ましさは消えていない。


「私と義父の実力差はそれほど違わない、と、思う。

 それなのに、私の剣では傷一つ付かなかった君が、あの漆黒の剣によって傷を負ったのは、君が聖なる者であることの証左だ。

 ええと、だから……。」


 頑張って言葉は繋げているものの、うまく続けることが出来ない。

 ここからなんとか、君は人族の味方になるべきだ、とでも着地するべきだろうか。


「自分と相手の、善悪のアライメントに応じて威力が変わる技……。

 あの本に書いてあった通りだけど、こういうことね。」


 言葉を選んでいるロランを尻目に、マコが独り言で何かに納得していた。


「知っていたのか?」


「TRPGよ。

 詳しくないけど、私が前いた世界の元ネタってところ。」


「ティーアール……?」


 マコは説明したつもりかも知れないが、意味不明である。



 そのとき、ドンドンドンと、扉が力強く叩かれた。


「失礼します!」


 勢いよく扉が開き、兵士2人と使用人が飛び込んできた。


 そして、動きが止まった。


 広場が見渡せるようになった壁の大穴。

 剣を握ったまま辛うじて椅子に座っているガノ。

 その傍らにしゃがみ込むロラン。

 真っ二つのテーブル、椅子の残骸。

 そして、血まみれのシスター。


「な、何が起きたのでしょうか。」


 当然の疑問である。

 だが、兵士たちに正直に伝えられる内容では無い。

 下手に何か言って、シスターを捕らえておこうなどと考えられても困る。


「大丈夫だ。」


 ロランはこう言うしかなかった。


 兵士たちの視線は、大怪我を負っている(ように見える)シスターへ自然と向いた。


「大丈夫だそうよ。」


 シスターも答えた。


 何が大丈夫なのかはロランにも分からない。


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