04 暗黒の剣
たしかに、魔王が要塞を攻撃するとの情報を裏付けるものは何もない。
マコの言葉の真偽を疑う義父の態度も、ロランには当然に思えた。
だが、荒唐無稽な話には思えなかった。
実際、要塞もドラゴニュートの住処も、次の戦場となって然るべき位置にあるのだ。
ハア、とエルフの口からため息が漏れた。
「まあ、私の話には何の証拠も無いのは確かだわ。
でもさ、魔族たちが反撃してきたら、その要塞の辺りで戦争が起きるのは確実でしょ?地理的な要所なんだから。
そこに留まっていたって魔王ネオの犠牲になるだけじゃないの。
無駄に踏ん張ってないで、さっさと逃げましょうよ。」
「……。」
マコの言葉に、義父は返事をしない。
彼女の言葉はもっともである。
だが、兵士たちが要塞から戻ってこない事情というものがある。
いや、正確には戻ってこれないのだ。
「帰還できない理由がある。」
黙ったままの義父に耐えかねたロランは、ついに口を挟んでしまった。
「先の、魔王の出現によって大敗を喫したあの戦い、その傷が未だ癒えていない。
多くの者が命を落とし、それよりも多くの怪我人がいる。
その要塞に軍隊が滞在しているというのは間違いでは無い。
ただ、より正確に言えば、我々はようやく要塞まで戻ってこれた、という所なんだ。」
ロラン自身、差し出がましい発言だと思った。
義父はマコを真正面に捉えたまま動かず、その感情も分からない。
ロランは、少し首をかしげたマコと目が合った。
「ケガ人が多くて動けないってこと?
神官も軍に参加してるって聞いたんだけど。」
「元々、神官の人数は多くは無かった。にもかかわらず、先の戦いでの犠牲もあり、更に減った……。
一人前と呼ばれるものでも、一日に治療できるのは5人前後。熟達の神官でも10人程までが限界なのでは……。」
「……そういうこと?」
ロランの言葉を受けて、マコは義父の顔を伺った。
義父はまだ黙ったままである。
「なら、話は早いわね。」
マコがテーブルをペタンと叩いた。
「要塞に案内してくれたら、私がみんなを治してあげるわ!」
自信満々な笑顔と共に、エルフが耳を疑う言葉を吐いた。
神官が治療出来るのは日に10人が限界と言ったばかりのロランであったが、不思議と、この少女であれば不可能では無いと思えた。
「ただし!
私の回復魔法で治った人は、さっさと要塞から帰ってくること。
約束できるかしら?」
「あ、ああ。首都から要塞までの補給路は確保できている。
自分で歩けるのなら、帰還も難しくはないだろう。」
「あら、良かったわ。
……息子さんは前向きなようだけど、お父さまの方はいかがかしら?」
マコは視線を義父に戻した。
義父は、まだ微動だにしない。
「……。」
少しの沈黙。
そうして、マコが笑顔を引っ込めた頃、ようやく義父の声が聞こえた。
「そうか、そうか。」
肯定の言葉にも聞こえたが、義父の低い声は不気味に部屋に響いた。
「よほど、要塞から軍を撤退させたいらしい。」
「え?
ええ、さっきからそう提案しているわ。」
「そうだろう。
要塞から軍が引けば、当然、制圧するのは容易くなるのだからな。」
「んー?」
「よくも調べ上げたものだ。
ドラゴニュートの巣や要塞の位置関係は軍事機密である。市井では商人が物資補給に関わる粗末な地図を持っている程度。
なるほど、教会の神官に紛れているのは、教会の書庫であれば国内地図が揃っていると踏んでのことか。
そうでなくとも、神官のふりをしていれば、さぞ国民に取り入りやすかっただろうな。」
「……?」
ぽかんとした表情でエルフは義父の言葉を聞いている。
「ましてや、怪我をした兵士たちも含め、軍隊が要塞に留まっていることなど、更なる機密事項である。知るのは騎士団員のみ。
若い騎士でも篭絡したか騙したか知らぬが、大した手腕だ。」
いぶかしむ目に変わっていくエルフの表情を見ながら、ロランは義父が何を言わんとしているのかが分かってきた。
しかし、それは……。
「貴様は我が国に潜り込んだ斥候。いわゆる、スパイである。」
その結論を出すには早すぎる。
「父上、それは!」
「黙っておれ、ロラン。こちらの事情までペラペラと話しおって。
このエルフは、隙を見せぬ我が軍の動きに痺れを切らし、軍隊を動かすための工作を仕掛けてきたのだ。
謀り、騙し、自らの望みを叶えようするのが人の性。このエルフのようにな。」
「父上、もっと話を――」
「黙れ!」
もはや取り付く島もない。
このように早すぎる判断を下すような人ではなかった。まるで、はじめからマコをスパイだと決めつけていたかのような拙速さ。
魔王城で部下を失ったとて、ここまで変わってしまうものなのか。
「まさに聞く耳を持たないって感じね。
これ以上話しても無駄かしら。」
対面にいるマコはマコでこれまた判断が早い。
少しぐらい弁明して欲しいのだが、この状況ではコチラから言い訳を要求することも出来ない。
「帰らせてもらうわね。」
「まだ、用事がある。」
失望した様子のエルフが席を立とうとしたが、義父は呼び止めた。
義父は椅子に座ったまま、おもむろに前かがみになる。
エルフは不審そうにテーブルに手をつき中腰になった。
ロランは止めようとした。
一瞬だった。
義父が右腕を振り上げながら、やにわに立ち上がった。
ガタンッ、と音を鳴らして、エルフは椅子に体重を投げ出した。
ロランは「父上」と叫んでいた。
「ロラン、お前の剣技を初めて見たとき、私は運命を感じた。
それは私の剣技と全く同じ魔力の込め方で発現したものだったからだ。
……性質だけは真逆であったが。」
義父の右腕のその先で、どす黒い魔力をまとった剣が、天井に向かって掲げられていた。
エルフが細くなった左手を顔の前にかざし、興味深そうに見つめる。
義父とエルフの間にあったテーブルは、その上に親指と人差し指を残したまま、真っ二つになり崩れ落ちた。
「まあまあやるわね。」
マコが口角を上げる。その細い顎の先から、鼻の頭を通り、眉間まで、一直線の赤い線が現れる。そして、血が噴き出した。
「避けられたか。」
義父が惜しそうにつぶやいた。




