02 義父の居室
王城を守る門の前で馬車は止まった。
ここからは徒歩で進まなければならない。
門の前にはいつもの衛兵の他に、別の人影があった。
「アストルか。」
先に馬車を降り、続いて降りようとするマコに対してすかさず手を差し伸べる。
だが、やはりマコはこちらを見向きもせず、そのまま飛び降りるように馬車を出た。
「謝罪はしない。」
マコと面と向かいあうことになったアストルが真っ先に言った言葉がそれだった。
「私に?そりゃあ謝る必要はないでしょう。
私は飲んでないんだから。」
「……そうかよ。」
無礼と言えるアストルの言葉だが、マコの調子は先ほどまでと相変わらずだ。
「……ロラン、済まなかった。」
ロランの方に一歩進んで向き直るとアストルは謝罪した。
「アストルを咎める気はないよ。彼女も気にしていないようだ。」
「……そうか。」
アストルの肩越しに、口角を上げてウンウン頷いているエルフが見えた。
誰も何も言わなければ、アストルが処罰されることは無いだろう。
「……ガノ様との面会だが、使用人を通して頼んでみたが、ロランとエルフ、二人だけなら入室を許すそうだ。
俺は同行できない。」
「分かった、ありがとう。」
義父は、王の勅命を受けてマコに会うために魔王城まで行ったが、部下を失って撤退した。それ以来、日中ほとんど人前に姿を現していない。息子の前にもだ。
変わったのはそれだけでなく、目の前で使用人に食事の毒見をさせたり、装備を自室に持ち込んで自ら手入れをしているという話もある。
まるで人間不信。身の危険を常に感じているかのようだ。
(まさかマコが王都にいることを知っていたのか?
いや、それなら王や私たちに知らせるはず……。)
いずれにしろ、義父はエルフを説得するという使命を負ったままである。
ロランの手に負えない以上、義父の力を当てにするのが順当に思えた。
「俺は王へ面会に行く。このことを報告しておく。それと、どうやらオリビアとモージ様がいま面会中らしい。
二人とも色々調べものをしていたからな。何か成果があったのかもしれねえな。」
「たのむ。」
そうして、アストルは足早に門を超えて中へ入っていった。
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門を抜けると、左右正面を石造りの建物に囲まれたささやかな広場に出る。
空は見えるが周りの建物は背が高く、見張りのための塔まで生えているので圧迫感がある。
敵に攻め入られた時、建物からこの広場に一方的に攻撃ができる実用的な空間だが、実際に活用されたという記録は無い。
「今日は王様には会えないの?」
あたりを物珍しそうに見まわしながらロランの後ろをついてきていたマコが、不意に無邪気な質問を投げかけてきた。
「そこまで無謀ではない。」
「そうよね、誰とでも簡単に面会する王様なんて居ないわよねえ。」
身勝手な疑問に対して、すこし冷たい言葉が出てしまった、と反省したが、マコは気にするどころかそれが当然だと言わんばかりにうなずいている。
正面の建物は玉座の間や王の居館に繋がっている。おそらくオリビアやアストルは今そちらに居るだろう。
ロランたちは義父の居室がある右手の建物へ入っていった。
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特に凝った意匠もない廊下は幾つか枝分かれしており、近衛兵の控えの間などに面している。いつもの様に右へ左へと曲がり、義父の居室に着いた。
鉄板を打ち付けた丈夫そうな木のドアの前には、使用人が一人控えていた。
「お話は伺っております、ロラン様。と、お連れの方。
申し訳ありませんが、武器はこちらでお預かりします。」
「わかった。」
腰に帯びていた騎士団の短刀を使用人に預けた。
いつもであればロランの武器まで回収することは無いのだが、今の義父はロランすら疑う気持ちがあるのかも知れない。
ため息をついて横を見ると、マコは顔の横で両手を広げ、丸腰のアピールをしていた。なお、ロランはその拳の威力を知っているので全く安心できない。
何も知らない使用人は、マコのつま先から教会のローブ、ボサボサの頭の先まで順に見つめた後、納得したようにうなずいた。
そして、扉をノックする。
「ガノ様。ロラン様とお連れの方がお見えです。」
「……入れ。」
部屋の中から暗い声が聞こえる。
使用人が開けた扉の向こうには、数日ぶりに見る義父の顔があった。
「父上、そのお姿は……?」
最後にあった時とは見違えるほどに深いシワを刻み、髭は整えられず、明らかに瘦せこけた顔がそこにあった。
やつれた顔とは対称的に、服装は革と金属板で出来た実戦用のいかつい装備を着けている。戦時用の装備と比べれば軽装とはいえ、居室で普段着にするようなものではない。
客人を出迎えるためであろう彫刻入りの木製のテーブルと革張りの椅子の横に立ち、こちらの様子を睨むように窺っている。
「だいぶ久しいような気がするな、ロラン。
さあ、中へ。」
ロランが部屋の中に入り、マコも後ろについてきた。
「そちらのエルフが、例の?」
ロランはゆっくりと頷いた。
「ええ!例の、マコと申しますわ!」
「……これは、これは、元気なお嬢さんだ。
どうぞ、そちらの椅子に掛けて、楽にしなさい。」
「どーもどーも。」
本来ならロランがマコを紹介すべきだったのだが、あっと言う間に社交辞令が省略されてしまった。
さっさと来客用の椅子に座ったマコは、こちらと義父の顔とを交互に見比べてから言った。
「なんか雰囲気暗くない!?」
元気なお嬢さんだな、と、ロランも思った。




