11 面接の終わり
お茶を乗せたトレイを片手に、ギルドの女性職員が入室してきた。
早速ロラン、シスター、フローレの前へとソーサーとティーカップが置かれていくが、不穏な空気が伝わったのか、どこかぎこちない手つきになってしまっている。
フロリマールは立ったままだったのでそれも少し戸惑わせてしまったが、そそくさとカップとソーサーを手渡して退室していった。
どうやら、アストルは自分の分は注文しなかったようだ。たしかに、お茶をたしなむようなイメージは無い男である。
また、部屋に静けさが訪れた。
真っ先にカップに口をつけたのはロランだった。
こういう時は、客人にお茶を勧めてから飲むものだが、冷静に見える勇者様も内心穏やかでは無いようだ。
勧められるまで待っていては更に慌てさせることになりかねないため、ロランが自分のミスに気付く前にフロリマールも飲むことにした。
香りの強い高級なお茶である。
フローレもカップをそっと口に運んだ。
「落ち着いたかしら。」
沈黙を破ったのは、落ち着き払ったシスタージー。
「ああ、すまない。」
それに答えたのはロランだった。
アストルはロランの後ろでムスッと黙っている。
「君が、魔族のことをどう思っているのか教えてもらえないか。」
ようやく面接らしいことを言ったな、とフロリマールは思った。
つまり、魔族と戦う理由を尋ねた訳だ。
「んー。
私が会った魔族だと、そうねえ。
騙し打ちみたいなことをする、汚くて、攻撃的で、食い意地が張ってる。
あとは、
見た目は良いんだけど、やっぱり攻撃的で、復讐心が強い。
って感じかしら。」
今日の朝食を思い出すかのようにスラスラとエルフは話した。
その回答は意外だったようで、ロランの顔には驚きが現れている。
「……概ね、悪い印象を持っていると解釈して良いだろうか。」
「あら、そうかしら。
人間らしいじゃない?」
「なっ。」
誰もが絶句した。
再度、部屋に静けさが訪れた。
普通ならば、ここはいかに魔族が悪辣であるかを語る場面である。
しかし彼女は魔族の特徴を非難するかに見せて、人間を皮肉ったのである。
だが、彼女の声色には人をあざけるような調子は無く、いたって平然。むしろ、これまでよりは真面目に答えたように聞こえた。
もはや、自分たち若い人間が長命のエルフにおちょくられているだけに思えてきた。
「自分では、君を説得できそうに無い。」
再び訪れた沈黙を破ったのはロラン。さすが勇者である。
「……君に、会ってほしい人がいる。
私の義父だ。」
そういえば、シスタージーはこの国の偉い人と話したい、と言っていた。
政治や軍事の話なら、フロリマール自身やフローレは部外者なのでこの場では話しにくいだろう。
そして、ロランの父親といえば、シャール国王の信頼厚い義弟、ガノ様である。
話す相手としては申し分ないだろう。
エルフの返答はすぐには返ってこなかった。
緊張に乾いたのどを潤すためか、それとも急かさないように気を使ってか、ロランは再びカップのお茶を飲んだ。
だが……。
「え、嫌よ。何考えてるの?」
「あ、いやこれはゲホッゴホッ」
赤の他人に愛の告白をされた乙女のごとく、エルフは断った。
取り乱したロランは咳き込んだ。
最近この国に来たエルフが、勇者の親族関係まで知っているとは思えない。
突然父に会ってほしいなどと言われたら、明後日の方向に解釈するのも無理はない。
「待ってくれ、シスター。ロランの父君はこの国の要人だ。
あなたの話したかった相手じゃないか?」
詳しい事情は知らないフロリマールだが、流石にフォローに回った。
「ええ?なんだかなあ。」
「いや、是非ゴホッゴホッ」
「ちょっと、大丈夫?
このお茶飲んでいいわよ。私いらないから。」
ロランのカップはもう空になっていた。
シスタージーが自身の目の前にあったお茶を、カップを載せたソーサーごとロランに差し出す。
その時だった。
「やめろっ!」
これまでにない大声を上げたのはアストル。
焦りに満ちた視線はエルフの差し出したカップに注がれている。
終始、余裕を見せていたシスタージーも流石に動きをとめ、不審そうにアストルを見つめた。
「その茶は飲むな、ロラン……。」
フロリマールには直ぐにその意味が分かった。
ロランも気付いたようで、アストルの行為にショックを受けているのが明らかだった。
「まさか、アストル。
何か入れさせたのか!」
「……。」
沈黙の意味は肯定である。
「なぜそんなことをしたんだ!」
立ち上がり激昂するロラン。
しかし、アストルも引きはしなかった。
「これが、これが最善だろう!?
俺たちはこうやって生き残ってきた。
何考えてるかわかんねえ、不確定な、狂ったエルフに頼ったりはできねえ!」
まくしたてるアストルに、ロランもフロリマールも何も答えることができない。
「勝つためなら、不安な、危険の芽は取り除く!確実で、着実に!
敵が深追いしてこちらに乗り込んできたんならっ、罠でもなんでも使って潰すんだ!
そうやって生き残って来ただろ、化け物みたいな奴ら相手に、俺たちは!」
”敵”と呼ばれたエルフは動揺する様子すら見られない。
どんな修羅場をくぐってきた、百戦錬磨の神官なのだろうか。
ゆっくりと、シスターは持っていたソーサーをテーブルの脇へと持っていく。
それを阻んだ手があった。
ロランである。
シスターがひっこめようとしたカップを取り上げ、自らの口元に持っていくと、勇者は一息にカップの中身を飲み干した。
「なにしてんだロラン!」
取り乱すアストルを意にも返さず、立ったままのロランはシスターに顔を向けた。
「私たち人間は、あなたの言う通り、騙し討ちもするし、攻撃的で、復讐心も抑えられない。こうやって生き残ってきた事実を否定することもできない。
それでも、どうか、どうかお願いしたい。
私たちを見捨てないで欲しい。」
「なんだか、妙に私を過大評価しているんじゃない?
本当に敵かも知れないのに。」
「あなたが聖なる一撃を何の痛痒もなく受け止めたあの時、邪悪な存在では無いことは確信していました。それどころか、わたしより遥かに正しい心を持っている可能性すらあると。
あなたの考えは今でも分かりません。
それでも、うっ、ぐっ!」
脚から力が抜けたように崩れ、テーブルに片手をついた。
「そ、それでも、だからこそ、あなたには敵になってほしくはない……。」
「し、シスターさまっ。お願いします!治してあげてください!」
気を振り絞って話し続けるロランを見て、フローレがたまらず声を上げた。
「考えが分からないのはお互い様よね。
でも、すごいと思うわ。毒って分かってるお茶を飲むなんて、私にはとてもできないもの。
さて。」
シスターがテーブルの上でロランの片手を掴むと、エルフと勇者の体がほのかな光に包まれた。
だが、ロランが力を取り戻す様子はない。
「あら、この世界の『ニュートラライズポイズン』は治るのが遅いとかあるのかしら。
じゃあ『レストーション』も。」
ほのかな光を発したまま、シスターの肩に円盤状の光の模様が浮かび上がった。魔法陣である。
以前フローレが見たがっていたそれであるが、今は勇者の容態に皆注目している。
「かはっ、はあ、はあ、はー、はー。」
息を吹き返したかのように、ロランの呼吸が整っていく。
麻痺毒の類だったのかもしれない。
かろうじてソファに座りなおしたロランに向かって、エルフは飄々と言った。
「じゃあ、あなたのお父様に会いに行きましょうか。」
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苦虫をかみつぶした様な表情のアストルは真っ先に部屋を出ていき、ロランはシスタージーとフローレ、そしてフロリマールにも礼を言った後に出て行った。
城に向かう馬車を手配しておくそうだ。
フロリマールとフローレの二人はココでお役御免である。
おそらくアストルは、エルフと喧嘩になった場合に備え、一緒にいてほしくてフロリマールたちを引き留めたのだろう。
シスターと少し話すぐらいの時間はできたが、だいぶ気まずい。
フロリマールは、勇者たちとシスターの因縁について聞いてみたかったが、ロランが話そうとしなかった内容を聞き出そうとするのは気が引けた。
「あの、ありがとうございました。ロラン様の治療をしてくださって。」
フローレが礼を言った。
そういえば、あのときシスターに頼んだのはフローレだった。
「そうだ、治療費は後で俺たちが納めにいくよ。フローレが依頼したようなもんだからな。」
フロリマールもフローレに続いた。
どこの診療所に勤めているか聞いておきたい気持ちもある。
だが、シスタージーには通じなかった。
「いえ、要らないわ。
今日は何も起きなかったもの。
ギルドの職員はお茶に毒なんて入れてないし、勇者も状態異常になったりしていない。もちろん私も、治療なんてしてないわ。
そうでしょう?」
フロリマールは舌を巻いた。
毒を飲まされようとしたのは自身であるのに、毒を盛ったギルドの職員も、それを命じたアストルの行為も許すを言っているのだ。
そして、『口外するな』と、フロリマールたちに釘を刺しているのも忘れてはならない。
「ええ?良いのでしょうか……。」
フローレが意を汲めていなさそうな返事をした。
「いいの、いいの。
というか、診療所とかギルドの仕事以外の時に治療魔法を使うと、結構怒られるのよ。
ほんと、先輩シスターがね。めんどくさいのよ、ほんと。もう。」
真意を分かっていないフローレに気付いたのか、シスターはあえてヘラヘラしながら謝礼が要らない理由を付け加えた。
フローレには後で言っておく、という意味を込めて、フロリマールがシスターに目くばせをすると、シスターは不審そうにコチラを見た。
傍観者として横から見ているだけだったので当然だが、シスターからはそれほど信頼されてはいないようだ。
「じゃあ、私はお先に失礼するわ。そろそろお城行きの馬車も来るでしょ。
もしかしたら、次に会うのは魔王討伐の時かもね。
時間が無いから、あなたたちも戦支度しておいたほうが良いと思うわ。」
そういって、シスタージーは応接室を出て行く。
会釈しながら見送ったフロリマールだったが、シスターの最後の言葉もまた気になった。
(時間が無い?あなたたちも戦支度したほうが良い?)
少なくとも、ギルドの職員もロラン達も、魔王討伐隊の出立がいつになるという話はしてはいなかった。




