01 ロッティング
「フウゥ―――――。」
ガットは誰もいない砦の裏手で、ため息交じりに火を吹いていた。
夕暮れの赤と、火の橙色が綺麗になじむ。
ネオもマコもいなくなってから一週間が経つ。
ガットは、砦からは余り離れずに休暇を過ごしていた。
孤独がつらいという気持ちは無いが、近くに味方が居ないという意味では心許ない気もする。
何せ、ここは魔王の居城として勇者達に場所が知れてしまっている。
いつ人間の暗殺者が現れるか分からない。
しかし、ここを離れるわけにはいかない。
ネオは『帰りを待っていてくれ』と言っていたし、マコは『たまに様子見に来てあげる』と言っていた。
どちらかが戻って来た時、誰も居ないというのは良くない。あの二人の機嫌を損なうのは、人間の暗殺者と戦うより危険。そんな気がする。
それに、この辺りの森は水も食料も簡単に確保できるので住みやすい。
山を越えて安住の地を探すのも危険だ。
色々なリスクと自分の命を天秤にかけた結果、
ガットは城砦の裏庭で伏せて、土くれに向かって火を吐いていた。
土が良い具合に熱くなってきたころ、突然、背中に何かが落ちてきた。
この重みにはおぼえがある。
「ただいまー。屋上に居ないと思ったらこんなところに。
約束どおり、様子を見に来たわ。」
「おかえりなさいませ、マコ様。
お元気そうでなによりです。人との暮らしはいかがですか?」
「どうも。ま、あんまり楽しくはないわね。」
「左様でございますか。」
マコの様子を見て、街での生活は尋ねるのはやめた。
ガットとしては、マコが帰ってきただけで十分である。
もしネオが戻って来た時、『マコ様が人の街から戻ってきません』と報告するのは大変なリスクを伴う。なにせ、街に送ったのは自分である。
「ネオはまだ帰って来てないのね。
日が沈む前にはまた街に戻るわ。
……ここで何してるの?」
「よくぞお聞きくださいました。」
ガットは、背中に乗ったマコを落とさないように前足を上げ、鼻先にある土の塊を指した。
マコよりも背が高い土塊には、丸い穴が開いており、中は空洞になっている。
「土器でございます。」
「ドキって、土を焼いて作る、あの土器?」
「その通りでございます。」
ガットは、自信たっぷりにフンと鼻を鳴らした。
「粘土と岩石を砕いて混ぜてツボの形にこねたものが、この土の窯の中に入っております。
後は、私のブレスで好きなだけ焼けます。」
「は~、なるほど!」
マコはガットの背中から飛び降りると、土窯に開いた穴から中を覗き込んだ。
窯のふちに手を置いて、まじまじと土器を見ている。
……窯はまだ相当熱いはずだが。
「でかいツボ。私がすっぽり入りそう。
ドラゴンって結構器用なのね。
何かに使うの?」
「ふふふ。
これに果実などを入れてしまいこんで置くのです。」
ガットはフフンと鼻を鳴らした。
そして、尻尾を軽く持ち上げて伸ばし、城砦のある一画を指し示した。
土を掘り返した跡が残っており、地面が大きくくぼんでいる。
その先は、砦の地下の壁に開いた大きな穴へと繋がっているのだ。
マコが近づいて行くのを確認してから、ガットは満を持して発表した。
「貯蔵庫でございます。」
「これ、怒られない?」
ガットは少し焦った。
「いえ、私は土を掘っただけです。
冷暗所を作るために、柔そうな地面を探して掘っただけ。
果たして、城砦の地下に繋がったではありませんか。
地下の壁は最初から壊れていました。本当ですよ。」
所有者不明とは言え、いまはネオの城である。
その壁に横穴を開ける勇気をガットは持ち合わせていない。
地面のくぼみを降りていくマコを見て、ガットも追従した。
暗い地下室に首を入れると甘い香りがする。
薄暗い。
「あー、穴広げようか?」
「いえ、土器を出し入れするには十分です。」
穴とはいっても、さすがにガットの全身は入らない。
今は首を伸ばして届く範囲に、果実入りの土器を配置しているだけだ。
「まあ、それなら良いけど。
ここは……なんだか狭くて、牢屋かしら。
さすが砦。こういうのも作ってあるのね。
あら、これが貯蔵している食料?」
マコが暗がりのなかで、十数個も置いてある土器のうちの一つを軽く叩いた。
「ちょっと言いづらいんだけど、
これ、腐るでしょ。」
「ええ、腐ります。
ここにあるモノも腐ってはいますが、この場合はそうは呼びません。
通常、発酵と呼びます。」
暗い地下室に一瞬の沈黙が流れた。
破ったのはマコの声だ。
「ああ、お酒か!」
「その通りでございます。
そちら側はハチミツ酒、あちらはリンゴっぽい実の酒、こちらは山ぶどうらしき酒です。
単純な造り方ですので、いくつかは本当に腐ってしまうと思いますが。」
「へえ~。すごいわ。
よくここまでやったわね~。」
素直に感心しているマコを見て、ガットは嬉しくなってきた。
「『ドラゴンたるもの、オタカラを貯め込ものである。』と聞いたことがあります。
ドラゴンの本能がこうさせるのでしょうね。」
「お姫様や金銀財宝じゃなく、酒を守っているドラゴンってのは初めて見るわね。」
「そうですか?
酒については、昔、食事中に人々がよく言うのを覚えておりました。
――『くうー!酒さえあれば生きていける!』と。
これで私も安泰ですね!」
「信じちゃダメよ!
みんな言ってるから正しい、とは限らないからね!?」




