10 ヘルプフロムダークネス
フランリング王国の王都から遥か西。
険しい山々に囲まれた盆地で、多種多様な生物がうごめいている。
人族に追いやられ、行き場をなくした魔族達だ。
幸いにして、この盆地には山も森も川も存在する。
各々の種族が住みやすい場所を求めて、洞穴を探したり、住居を作ったりしていた。
山際の森の中を進むドラゴニュート達も、そんな住処を探す魔族の一つである。
ドラゴニュートの女王キティンは、前を行く仲間たちの背中見て、今は亡き兄である、先代の王の姿を思い起こしていた。
顔や胴の部分は人族に似て皮膚に覆われているが、その両腕両脚は緑色の鱗に覆われ、背中には竜の翼と尾。頭部には細く長く柔らかい鱗が生え、日が当たると、光が透けてエメラルド色に光るのだった。
異母兄妹で年が離れていた兄上には、いつも甘えてばかりいた。
そんな兄は、人間の勇者に敗れ命を落とした。
以来、先々代の王である父上が後見人となって、まだ19歳と若いキティンが女王に担ぎ上げられている。
はじめは気を奮い立たせ、親譲りの剛腕を振るって人族と相対していたキティンだったが、結果として残るのは動かなくなった仲間の体だけ。
もはや、槍を手にとって仲間を鼓舞するような気力は残っていない。
最近、たまに父上が悲しそうな眼でこちらを見る。
うつむけば父上や兄上によく似た自分の体が目に入るが、歴代の中でも最も弱弱しい王の姿として、他者の眼には映っていることだろう。
ぼんやりと歩いていると、後方から騒ぐ声が聞こえてきた、
声の調子からして、喜ばしい騒ぎではなさそうだ。
「なにかあったか?」
振り向いてみても、長蛇の列に並んだ仲間たちと目が合うだけで、森の木々に阻まれた後方は見えない。
「陛下、まずはこちらに!」
近衛兵の1人が前方を指さした。森が途切れて広場の様になっているようだ。
見晴らしの良い方が多少は安全だろう。
「私たちを襲う様な輩はいないとは思うが。まあ、父上が居れば問題ない。」
10人程度の近衛に囲まれて歩きながら、キティンはつぶやいた。
まず、他の魔族が襲ってくることは無いだろう。
昔は魔族同士で争っていた時代もあったらしいが、人間という共通の敵に脅かされるようになった今では、魔族の間には種族を越えた仲間意識が芽生えている。
それにドラゴニュートは、ゴブリンやオークといった他の魔族より身体能力は高い。
食料が無くなって飢えたとしても、ドラゴニュートが千人もいる集団は狙うまい。
なにより、この集団の最後尾には父上がいる。
老いたとはいえキティンより聡明で戦闘力もあるのだから、任せておけば安心である。
日の当たる森の広場で集団の行進を停止させ、女王は「問題無し」の報告を待つことにした。
列の後半がいつまで経っても追いついてこないのを不思議に思いながら。
ほどなくして、全身を灰色の鱗で包んだリザードマンが走ってきた。
列の後方にいた者の1人だろう。
ドラゴニュートとリザードマンは、その見た目の微妙な違いからお互いを見下したり見下されたりして、歴史的には仲の悪い種族同士であった。
だが、魔族対人族の戦争が始まってからはその見た目のおかげで親近感を持っている。
山の向こうの平原で起こった人族との戦争以降は共に行動していた。
「何があったのだ?」
キティンは優しく問いかけた。後方にいた父上が事態をどう収めたか事後報告を聞くだけのつもりである。
「ネ、ネ、ネオが来ました!」
「何!?」
リザードマンの口から、とんでもない名が飛び出た。
魔族の命運を決める決戦の場で、人を蹴散らし、魔族を救った者の名前。
戦える者はすべて集結していたのだから、子供や老人を除いて、魔族でその名を知らぬ者は居ない。
しかし、彼は人間の勇者と戦わずに撤退した。
その結果、ネオの撤退に合わせて魔族もクモの子を散らすように撤退し、今は盆地で住処探しをしている訳だ。
人間の雑兵を薙ぎ払うだけなら、キティンの兄だってできた。
勇者を倒せなければどうしようもないのだ。
「ネオが、何の用だ?」
「それが、埒が明かないから女王様に会わせろと!」
「埒が明かない?よく分からないな、始めから話せ。」
「その必要は無い。」
聞き覚えのある低い声が響いた。
その場は静まり、誰もが息を飲んだ。
木々の間から出てきたのは、黒髪を後ろにすきあげ、人間かエルフのように見える男だった。
人間だとすればだいぶ体格に恵まれた偉丈夫。キティンよりやや背が高い。
襟付きで腰丈の黒い上着には金細工のような装飾が施されており、同様の黒いズボンと合わせて厳格な雰囲気に包まれている。
汚い布に包まれた手荷物が似つかわしくない。
「ごきげんよう、女王陛下。ええと。お会いできで光栄だ。」
「面会を許可した覚えは無いが、何の用か?」
「これは失敬。あー。今日は我輩の話を聞いてもらいたく、参った次第だ。」
「話してみよ。」
居丈高なようで、言葉を探しているかのような話し方をするネオに対し、キティンは気丈に振る舞う。
「ゴホン、では率直に申し上げる。
こんなところで終の棲家を探すのは今すぐ止めて、領土を取り戻すためにサッサと進軍して頂きたい。」
「なにを言う。それは出来ない。」
「それはなぜか、お聞きしても?」
ネオはこちらの答えを予想していたかのように、眉をひそめた。
キティンは父上と相談したい気持ちに駆られたが、それは侮られてしまう。ネオだけでなく、民にも。
「背後からここまで来たのなら見たであろう。
我らドラゴニュートはもはや千人ほどしか残されておらん。
ここに居るのが全員なのだ。リザードマンも同様。
こんな状態で、人間の斥候だらけの平原に舞い戻ってみよ。
仲間の命と一緒に、種族の未来を失って終わりだ。」
「その点はご安心を。
魔族の未来のため、他の種族も説得しております。
たしかに、元いた領土は人間の斥候だらけですが、今は人間も戦争の傷が癒えてはいない。
軍隊なぞ来ませんから、好きなところまで奪い返すことができましょう。」
「軍隊が来なくとも、勇者が来たら同じことだ。
奴の姿をみて逃げ出さん魔族はいないさ。」
皮肉を込めてキティンが返答すると、ネオはあからさまに不機嫌そうになった。
首をひねり、手首を回しながら話しだす。
「やはり、どいつもこいつも揃ってその話をする。
確かにあの時勇者を倒せば趨勢はひっくり返っていただろう。
だが、あのタイミングで魔族が優勢になっていれば、もっとヤバい人が敵に回る可能性があったのでね。
追い返すだけなら何のことは無いから安心していただきたい」
「よく理解できないが、勇者を追い返すのが『何のことは無い』とはな。
口だけなら何とでもいえる。」
「さて、『口だけなら何とでもいえる』か。難しいな。」
「簡単なことだ。」
悩んでいるようなネオに対し、キティンはシンプルな解決策を提示してやることにした。
「「お前の力をみせてみよ。」」
キティンとネオの声が重なった。
肩をゆっくりと回すネオを見て、それが戦闘前の準備運動だとキティンは気付いた。
こうなる事を予期していたのか。だが、なぜ。
「先ほどもこの会話をしましてね。
我輩は遠慮なくその相手に力を誇示した訳だが……。」
肩を回すついでのように、ネオは手に持っていた汚い荷物をキティンに向かって放り投げた。
「いやあ、手加減が苦手でね。
力を見せる相手がいなくなってしまった。」
ボール状の何かは転がり、浅黒い汚れのついた布がはだける。
転がるモノは日光を浴びて、見慣れたエメラルド色に光った。
キティンの心臓は跳ね上がった。
「周りのドラゴニュートが敬意を払っているようだったから、そいつが王かと思ったのだが、女王が他に居ると聞いて安心したよ。交渉出来なくなるところだった。」
うるさいほどの心音のせいで、
ネオの言葉はよく聞こえない。
キティンは足元で転がるのを止めたソレを見た。
――そして、父上と再会した。
「いや、いやぁ、いやあああああああ!
おとうさあぁあああああああああああああああああああああああん!」
「なんだ急に?女王の癖にうるさい子だ。
まったく、親の顔が見てみたいな。」




