02 フラッフィ
ネオが魔族を探しに行ってから10日。
ガットは城砦で安穏な日々を送っていた。
3日ほど前にマコが訪れただけで、特に他の訪問者も無い。
そのマコも、すぐに街へ戻ってしまった。
ガットは土器の蓋を作るため、近所の森から木を数本引っこ抜いて、城壁の外側に集めていた。
適当に木の皮を剥いて適当に縦に切り裂けば木材らしきものにはなる。
後は、断面は台形でも半円でも、平面さえあれば蓋にはなるので、寸法などは考えず適当に爪で整形すれば出来上がりだ。
ガットは、邪魔な枝をバキバキと折りながら、自分の腕力に感心していた。
元の世界に居た頃より、格段に力を出せるのだ。
どうやら、ネオと一緒になって戦争に乱入したおかげで、体内を巡る魔力量が増加しているようだ。
吹けば飛ぶような弱い兵士たちだったが、とにかく数が多かった。
それなりに魔力を得られたのだろう。
とくに問題もなく作業は進み、温かい日差しの下で丸太をバリバリと引っかいていると、森から10頭ほどの黒い馬の群れが現れた。
最後に馬を見たのは10日前、城砦都市近くの森にマコを降ろした時である。
森に降り立つ時にノコノコと歩いている赤毛の馬を見かけたのだが、こちらに気付くとすぐに逃げ出してしまった。
それ以来は見ていない。
このあたりの森では馬を見かけたことが無いのである。
何事かと馬の群れをよくよく見れば、先頭の馬の背中にはネオがまたがっていた。
後ろに続く7頭の馬の背には緑の鱗のドラゴニュートが1人ずつ。
さらにその後ろの2頭は、ソリのようなモノを引いていた。
一見イカダにもみえるような雑な造りの木のソリには、なにやら半透明の立方体がのっている。
ネオもガットに気付いたようで、まっすぐこちらに近づいてきた。
後ろの馬もネオのあとをついてきたが、各々の様子が何かおかしい。
まず、ドラゴニュートのうち、一番立派な白銀の鎧を着けた女性は何やらボーっとしていて、ガットの方に顔を向けてはいるものの目が合わない。
後ろに付いてきた灰色の鎧を着た男女6人はその様子を見て、悲しそうで不安そうで、怯えたような表情をしている。
一番後ろの半透明の立方体はプルプルしていた。
「今、戻った。」
2本の角が生えた馬に乗ったまま、ネオは重低音の声を響かせた。
「おかえりなさいませ、ネオ様。」
「マコは元気か?」
「その件でございますが……」
ガットは正直にすべてを話した。
もちろん、最初は行くのを拒んだこと、マコに脅されたことも話した。
マコに「脅迫されて仕方無く送り届けた、と言って良い。」と、言われたということもしっかりそのまま話した。
「なるほど、ふむ。ふっ。」
ネオは、呆れたように軽く鼻で笑った。
「いかがなさいますか?」
「いかがも何も、いま我輩がすべきことは無い。
今度帰って来た時に『頼みがある』とでも言えば、マコは話を聞いてくれよう。」
「お帰りになるでしょうか。」
「なるとも。」
ネオはマコが人類側に味方することは無いという確信があるようだったが、ガットにはその理由は分からない。
余裕の笑みを湛えるネオを見つめていると、その視線がガットの手元に動いた。
「ところで、その丸太は何だ?」
「よくぞお聞きくださいました。」
自信満々に、ガットは酒造りのことを話した。
近所の森でハチミツ、リンゴ・山ぶどうのような果実を採集したこと。
土器を作ったこと。
この木で蓋を作るつもりであること。
だんだんとネオの顔が「いったい何をやっているのだ」という呆れ顔になってきた気がしたが、酒造りはマコに褒めてもらった、言わばマコのお墨付きである。気のせいであろう。
柔らかい土を掘り返したことで城砦の地下の空間を見つけ、そこに酒の原料をため込んでいることを話したあたりで、ネオの態度が変わった。
「何だと?」
「い、いえ、誤解です。
私が壁に穴を開けたわけではありません。
穴は最初から開いておりました。」
「その点は問題ではない。
砦の一階から地下に続く階段が土に埋もれていることは我輩も知っていた。
どこかに穴でも開いているのだろう、とな。
だが、土が柔らかかった、というのが妙だ。
確認だが、そこだけ土が窪んでいたから掘ったとか、砦の裏手は全体的に土が柔らかいなどということは無いか?」
「いえ、見た目は平たく整地された庭でした。
浅めの穴でも日陰を作りやすそうな場所を爪でつついて回って、一か所だけ柔らかい所を見つけた次第です。」
「……そうか。
まあ、よい。」
ネオはそのまま黙ってしまった。
この話はここで終わりだとは思うが、ガットの酒造りがきっかけで気まずい空気になっている。
別の話題に切り替えたくなった。
「あの、ネオ様。後ろの方々は一体?」
「ああ、これか。」
ネオが後ろを見ると同時に、放心状態のドラゴニュートを背に乗せた馬がトコトコと前に出た。
「まず、隠居しようとする魔族たちの『説得』はあらかた成功した。
そして、人類との戦いに向け、魔族を率いる将軍になり得る者を見繕って連れてきたという訳だ。
まずはこの娘。ドラゴニュートの女王キティンだ。」
ドラゴニュートの女の子がフニャフニャと右腕を上げた。
ガットを見上げてはいるが、相変わらず目が合わない。たぶん、遥か後方の空に焦点が合っている。
「だいぶ、頼りなく見えますね。」
ガットが一言感想を述べると、後ろに控えた6人のドラゴニュートが一斉にこちらを睨み、一瞬で意気消沈した。
「魔力の消費が多くて嫌だったのだが、訳あって『ドミネイト・モンスター』で精神を操っている。
はあ。抵抗力ゼロでこの魔法が効くのは初めてだ。しばらくこのままかも知れん。
ちなみに、うしろの6匹は近衛兵だ。」
近衛兵たちとも目が合うことはない。
うつむいてしまっているからだ。
ドラゴニュートの祖先は、魔法の儀式を受けたドラゴンの卵から生まれたという説がある。
もしかすると、ガットとは遠い親戚かも知れない。
「何があったかは知りませんが、そう気を落とさないでください。
ああ、砦で果物でも食べませんか?
……ちょっと腐りかけていますが。」




