06 貴族と規則
「ありゃ、小手や脚防具を忘れました。ちょいと戻ります。」
新調した槍しか気にしていなかったようで、イゾリエは奥の部屋に戻っていった。
リナードは適当に返事をして、受付の方を眺めた。
束ねていない自分の長い金髪をいじりながら、シスタージーが受付嬢に話しかけていた。
「短いけど、登録する経歴はこんな感じかな。じゃあ、この馬の魔物退治に行ってくるわ。」
「登録していただくこと自体には問題ありませんが……この依頼のレベルは7に設定されていますので、安全のためにも送り出すわけにはいきません。」
「レベル?」
手のひらサイズの金の毛玉ができたあたりで髪の毛から手を離したシスタージーは、腰に手を当てて胸を張った。
「たった7?
平気よヘーキ。腕っぷしには自信があるの。
試してもらってもいいわよ!」
白いローブをまくると、黒い手袋をつけた右手で拳を作り受付嬢に見せつけている。
受付嬢の口角は上がっているが、目は笑っていない。
受付カウンターの下からギルドの規則が書かれた木の板を取り出すと、指さしながら優しい声で話し始めた。
「『レベル』と言うのは冒険者としての実力の目安になるものです。
試験では無く、実績を参考にしてギルドが冒険者毎にレベルを決めます。
達成した依頼や倒した魔物の強さ、冒険で得た財宝の量が判断材料になりますね。
大体の目安ですが、レベル5で一人前、レベル10で一流の冒険者です。」
「えー?……はあ。私の実力を示すには、魔王を連れてこないといけないかも。」
「うふふ、冗談がお上手ですね。」
細い腕をブラリと垂らして肩を落としたシスタージーは、受付嬢に軽く礼を言うとフラりとこちら側に振り向いた。
若干うつむいていた後、顔を上げて歩き出したシスタージーは、ようやくリナードに気が付いたようだった。
「あら、おはよう。えーと、リナードさん。
ごめんね、魔物退治、一緒には行けそうにないわ。」
『一緒には』という言い回しが少し気になったリナードだったが、今はそれどころではない。
「ご機嫌うるわしゅう、シスター。
失礼とは思いましたが、立ち聞きしてしまいました。
少し待っていてください。私からもギルドにお願いしてみます。」
「無理しなくていいわ。規則なんでしょう?」
「まあまあ。」
シスターにはそう言って、リナードは受付に向かった。
顔には出さないが、内心には焦りがあった。
リナード自身は、あの勇者ロランと同じくシャール王の甥にあたる。ロランやアストルとは従兄弟である。
にもかかわらず、いまだに戦場が立ったことは無い。
ロランより若い上に名門クレーモン家の長男であるため、もしものことが無いよう大事にされてきた。仕方がない事ではあると頭では分かっている。
しかしながら、城壁に守られながら剣の腕を磨くうちに、壁の外ではロランが益々功績を残し、魔族との戦争は終焉寸前になってしまった。
魔王だっていつロランに倒されるか分からない。
自分に民を守る力があるのかと言う不安と、ロランへの憧れとささやかな嫉妬、貴族としての誇りが混ざり合って、リナードの肩にのしかかっていた。
手っ取り早い解決方法が、リナード自身の力を示すことである。
そしていま、ほぼ不意打ちとはいえレベル7の戦士イゾリエを吹っ飛ばすほどの魔物が現れた。
この魔物を退治してリナードの実力を示すためにも、神官の助力はなんとしても得たいところだった。
「失礼、先ほどのシスターのことだが。」
リナードが声を掛けると、受付嬢は真剣な表情になって応じる。
依頼主と言うよりは、貴族に相対するときの顔である。
「いかがなさいました?リナード様。」
「話は聞かせてもらった。
彼女は診療所で働くシスターだ。それも、事務仕事ではなく回復魔法を使って治療している。
診療所での経歴を考慮すれば、冒険者レベルは相当高くなるのではないかな?」
たまに斥候や採集の能力だけで冒険者レベルを上げていく者は居るものの、通常であれば、レベルは本人の能力に比例していく。
リナードが知る限り、神官であれば、回復魔法を一日10回使えることがレベル10の大体の目安である。
シスタージーが何度魔法を使えるかは知らないが、診療所は治療の記録を残しているので調べればすぐに分かるだろう。
「それが、あちらのシスターは最近この街に来たそうで、治療は一日3、4回しかしていないとのことです。
ギルドの規則ですと、大体レベル3か4になります。」
「そうだったのか。
では私が実力を保証しよう。彼女が最高位の回復魔法を使うのを見たことがある。
それではダメかな?」
「申し訳ありませんが、せめて、日に7回は魔法が使えるという証拠がありませんと……」
「ふむ。」
今日にも討伐に出かけたいというのに、こんなところで魔法を7回使ってもらう訳にはいかない。
かと言って、日を改める時間も無い。
リナードは最後の手段を使う。
「クレーモン家の頼みであっても、ダメかな?」
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「お待たせしたね、シスタージー。
今回だけは特別に、討伐に参加していただけます。
ギルドの施設や馬車も使えますよ。」
「見ていたわよ。あなた、貴族の騎士だったのね。」
「はは、貴族で無ければ騎士にはなれません。」
「そんなことしていいの?」
「こういった時に柔軟な対応をしてもらえるのが貴族の特権ですよ。」
リナードはシスターの真似をして、腰に手を当てて軽く胸を張った。
が、シスタージーはつまらなそうに目を細めるだけである。
「いやあ、しかし貴方のような敬虔な神官の力をお借りできるとは。まさに神の導きに違いありません。」
彼女の気を損ねてしまったかと焦ったリナードは、神への感謝を口にした。
が、その言葉を聞いたシスターの眉間にはしわが出来てしまった。
「はは、は。もし誰も来てくれなかったら、奴隷でも買って連れて行くところでしたよ。」
何が機嫌を悪くさせたのか分からないので、笑ってごまかすことにした。
しかし、今度はシスタージーの目は丸くなった。
「奴隷なんて居るの?」
「い、いえ、冗談ですよ。
奴隷なんて要りません。
大盾でも持たせれば囮にはなりますが……
今回は装備も万全にしていきます。私とイゾリエだけで充分ですよ。」
魔物退治に奴隷が要る、などというのはみっともない。
手を振りながら否定していると、背後からガチャガチャと鎧の音が聞こえた。
振り向けば、予想通りイゾリエが立っている。
「旦那!お待たせしました。
おや、シスター様ですよね?どうしたんです?」
おそるおそる様子を伺うと、シスターはうつむいてしまっていた。
何か回答を間違えただろうか。
「ここは、そういう世界なのね。」
呟かれた言葉の意味もリナードにはよく分からなかった。




