05 魔物の討伐
魔王の出現以来、どことなく暗い雰囲気が流れていた首都エクスだったが、今朝はわずかに賑わいを取り戻していた。
町中が一つの話題で盛り上がっている。
そう、勇者が帰還したのだ。
戦場で暴虐の限りを尽くした魔王が、勇者を一目みて逃走したことはすでに国中に広まっている。
まさに、勇者は人類にとっての希望の星であった。
シスターエイも例に漏れず勇者の帰りを喜ぶ者の1人だ。
早朝の散歩で勇者帰還のニュースを聞き、弾むように歩きながら診療所内の食堂に入った。
テーブルでは、教会の白いローブを着たマコがパンをモソモソとかじっていた。
「あら、マコ様。お聞きになりました?勇者様がお戻りになられたそうですよ。」
「あー、知っているわ。」
マコは目を泳がせながら気まずそうに答えた。
「昨晩、勇者のお仲間のキレイな人が図書館に飛び込んで来たもの。」
図書館というのは、診療所とは聖堂を挟んで反対側にある教会の書庫のことだろう。
この国の地図をみたいということでマコへ書庫の存在を教えたのだが、暇さえあれば書庫に入り浸り、色々な本を読み漁っているようだった。
昨晩もそうだったのだろう。
あまりの勤勉さにシスターエイも大司教も感心していた。
「オリビア様ですね!もしかして、お話になりました?」
「いいえ。急いでいる様子だったから、邪魔しないように颯爽と出てきたわ。」
「そうですか、残念ですわ。
聖騎士でもあり神官でもあるのですが、いつも勇者様と一緒に居らっしゃって、教会にはなかなかお見えにならないんですよ」
「ふーん。ところで、勇者様はどこに行ってたの?」
「? もちろん、魔王が現れた戦場から戻られたのですわ。」
「あれ?遅くない?」
「いえ、戦場は遥か西の地ですから、早馬でも3日、軍隊なら1週間掛かる距離と聞いています。
予定通りのご帰還かと思いますわ。」
「え~?」
シスターエイは何やらかみ合っていないような違和感を覚えた。
マコは魔王による被害を知っていたので、勇者がその場に居たことを知らないはずはない。
もしや、戦場とは別の場所にでも行っていたとでも思っていたのだろうか。
まあ、いろいろとこの国のことに疎いマコのことである。
もっと戦場がもっと近いとでも勘違いしていたのだろう。と、シスターエイは解釈した。
「こほん。
勇者様もお戻りですし、まもなく戦争での怪我人が大勢帰ってくる頃だと思いますわ。
100名もの神官がここより南西にある街々へ赴いて対応しておりますが、何万という兵士全員を癒すことはできませんし、ベッドも足りないでしょう。」
「これまで暇だったのはそういうことだったのね。
なんだか普通の怪我人しか来ないんだもの。
馬に踏まれたとかいう戦士以外ね。」
「対応できなかった方々はこの街まで馬車で輸送される手はずになっております。
これから、忙しくなりますわ。」
話しているうちに、マコはパンを食べきってしまっていた。
すこし焦ったように、口にパンが入ったまま話し出した。
「もしかしなくても、馬の魔物倒しておかないと危険じゃない?」
はしたないと思いつつも、シスターエイは魔物の話をぼんやりと思い出した。
一昨日のこととは言え、マコの回復魔法が衝撃的すぎて、原因となった馬の魔物の話をあまり覚えていなかった。
「そう、かも知れませんね。ただ、冒険者ギルドに依頼したそうですから、問題は無いかとおもいますわ。」
「えー、リナードって人が心配だわ。
大鷲に乗った勇者に比べれば、陸路で来る怪我人の方がだいぶ遅いわよね。
まだ時間あるでしょ?
どうせ患者さんは全然来ないし、ちょっとギルドに行ってみるね。」
そう言って、シスターエイの脇をすり抜けてマコは食堂を出て行ってしまった。
「あ!マコ様!
いつ到着するかなんてわかりませんよ!」
シスターエイはすぐに追いかけて食堂を出た、が。
「……もう居ませんわ。
それにしても、大鷲ってなんのことでしょう。」
マコの言動は気になる所が多いが、何度も会話するうちに聞き流すことに慣れてきた。
気にも留めずに食堂へ戻ろうとしたところで、
「エイちゃん!ギルドってどこ!?」
驚いて飛び上がった。
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冒険者は魔物退治のプロである。
魔物は、魔族と違って知恵が低く、集団をつくって軍隊を形成したりもしないのだが、魔力を持っているためにとにかく強い。
野生動物の一種のようなもので、国の軍隊では対処しきれない。
かと言って、その被害は無視できるものできず、誰かが山や森の巣窟に出張って退治しなければならない。
そうして出来上がったのが、冒険者と冒険者ギルドという仕組みである。
冒険者だからと言って国の兵士より強いわけでは無いのだが、過去には驚異的な力を持つ冒険者が度々現れ、いくつもの街を救ったという。
中には、神から遣わされたとして、教会が聖人として扱う者もいるほどだ。
冒険者ギルドの奥にある一室で、華美な鎧を着けた騎士と屈強な肉体の戦士が並んで立っていた。
「イゾリエ君、本当に大丈夫か?
体もそうだが、その槍だってまだ使い慣れていないだろう?」
金色の髪をなでながら、リナードはその碧眼でイゾリエの槍をまじまじと見つめた。
馬の魔物にへし折られた槍より、柄が2倍も太い。
「平気ですぜ、旦那。
むしろ絶好調でさぁ!
今までの古傷が気にならないぐらい調子が良くて良くて。」
そういいながらイゾリエは肘を曲げて力こぶを作ると、ニカリと笑ってみせた。
「全く、回復魔法と言うのはすさまじいな。
実は、訓練は欠かしたことはないのだが、実践に出してもらえないものだから、なかなか怪我をした経験が無くてね。
話には色々と聞いていたが、想像をはるかに超えるものだったよ。」
「あのシスターさんには感謝してますぜ。もちろん、旦那にも。
でも、いいんですかい?
旦那はシャール王の親戚でもある大貴族様。
こんな馬一匹の討伐のために危険な目に合うこたぁねぇと思うんですが。」
「なんども言わせないでくれ。民のためだ。
それに、このご時世、貴族といえども戦いの経験は必要だよ。
ロランも帰ってきたことだし、そろそろ徴兵されていた民が帰ってくるだろう。
それまでには憂いは断っておかないとね。
今回は冒険者も雇っている。
魔物どころか魔族相手でも平気さ。」
リナードは胸を張って、自信満々に答えた。
もちろん、リナードの家の金で冒険者に依頼を出したのである。
イゾリエも冒険者であるため、前回と違って今回は雇われた形になる。
「さて、ちょっとギルドの受付に行ってみよう。
協力してくれる冒険者が集まっているはずだ。」
「あいよ。」
リナードはピカピカした鎧をうまく装備できているか確認しながら部屋を出た。
イゾリエは急ぎで作らせた極太の槍を大事そうに抱えてついてきている。
「さて、神官様も一人は来て頂けると心強いのだが、すこし欲張りかな。」
早朝にリナードが入って来たときには、受付嬢以外は数名しか居なかった。
イゾリエには自信ありげにして見せていたリナードだったが、本心では、神官どころか依頼を受ける冒険者が現れるかも不安であった。
ギルドのホールは食堂と酒場と事務的なギルド用の窓口が一緒くたになっており、夜にはズラリと並んだテーブルで冒険者達がワイワイと騒いでいる。
今回はタイミングが悪い。
国の軍隊と共に魔族討伐の戦場に赴いた冒険者は多い。それも、魔族との最後の戦いになるかも知れない記念的なものであった。
手の空いた冒険者など誰も居ないことすらありうる。
リナードが不安に襲われながら廊下を抜けると、だだっ広いホールは予想通り閑散としていた。
見回してみると、依頼を張り出している掲示板の前には一目見て上等と分かる装備をした者が2名。
そして、見覚えのあるシスターが、受付嬢と何やら話しているのが目に入った。




