07 森の主
リナードは、自身の身長ほどもある両手剣を担いで、首都から南にある森の前に居た。
朝日は森の奥までは届かず、木々の向こうに何か居ないかと目を凝らしても、不気味な闇が広がるばかり。
リナードが振り向けばイゾリエとシスタージーがいる。さらにその背後には広大な麦畑が広がっていた。
結局、他に受諾した冒険者は居なかったため、前衛2名、神官1名のパーティになってしまった。
それでも、リナードは満足していた。
魔物対策の頑丈な武器防具を整えたし、役割分担することができる最低限の面子がそろっている。
一応、準備万端な初陣、という形にできた。
実家に頼めばレベル10に匹敵する騎士の助力は得られるだろうが、それでは意味がない。
ベテラン騎士に頼ってしまってはリナードの手柄に数えられないし、なにより、リナード自身が得た縁で集まったメンバーであることがうれしかった。
リナードの胸は高鳴り、剣の柄を握る手が震えた。
「前回は森に近づいただけで魔物は突撃してきました。
暗い森の中に入る必要はありません。ここで待ち構えましょう。」
木など無いかのように押しつぶして走る魔物相手にわざわざ森で戦う必要は無い。
イゾリエが頷いたのを確認してからシスタージーを見ると、何やら困惑した表情をしている。
「この森、いつの間にそんな魔物が住み着いたのかしら。
何日か前に私が来た時は襲われなかったわ。」
「王に仕える魔術師様の話によると、魔物自体は元々居たそうです。
森の主のようなもので、バヤールと呼ばれているそうですよ。
以前は人間なんて気にも留めない馬だったらしく一応無害でしたが、何かに刺激されて一時的に神経質になっているのだろうという話です。
もしかしたら、奴より強い魔物が森に入って来たのかも。」
冗談交じりにもっと強大な魔物の存在をほのめかした。が、シスタージーは「うーん」と唸るだけだ。
「お心当たりでも?」
シスターは苦笑いをした。冗談を本気にしてしまったのかもしれない。
「もしかして、私かもね?」
「ハハハ、可愛らしい冗談をおっしゃる。」
教会の者は皆堅苦しい性格だが、シスタージーは少し違うらしい。
リナードはこわばっていた肩の力が抜けたことに感謝した。
「イゾリエは私の前に居てくれ。槍でけん制を頼む。隙を見て私が攻撃しよう。
シスターには筋力と耐久力上昇の魔法をお願いする。
立ち位置はもっと後ろへ。麦畑に隠れても構いません。」
「合点!」
「はーい。よろしくお願いしまーす。」
イゾリエは真剣な表情で、新調した極太の槍を構えて森を睨んだ。
シスターはニコニコと楽しそうに、「『ブルズ・ストレンクス』、『ベアズ・エンデュアランス』」とつぶやいた。
リナードの記憶にある支援魔法の名前とは違ったが、効果は確かなようで力が湧いてきた。男2人に各2回、合計4回魔法を使ったがシスターには疲れが見えない。
「では、皆、頼む!」
リナードは叫んだ。
そして、
その言葉に答えるように、森の奥から木の割れる音と地響きが鳴り始めた。
「来るぜ!旦那!」
「ああ!」
遠くから聞こえていたバキバキという木々の悲鳴は、あっという間にそこまで迫ってきた。
リナードは腕に、肩に、背中に力を込めて両手剣を振り上げる。
盾だろうが鎧だろうが関係なく、当たれば相手を戦闘不能にするような重量の大剣を持ってきた。
頭、首、脚、とにかく体に当てれば骨を砕く。
イゾリエが魔物の動きを止めることを信じて、リナードは腹に力を込め、
それと同時に、木々の間から巨大な馬の頭が飛び出た。
その背丈はリナードの2倍近くある。
イゾリエが槍を突き出す。
「おう!馬っころおおおぉぉぉおおおお!?」
馬の魔物のノド辺りに槍は食い込んだ。
だが、槍から聞き覚えのある音が鳴る。
――木々の悲鳴と同じものだ。
目の前で槍がへし折れる。
イゾリエは片膝をついて転倒を免れた。
が、魔物はすでに両前足をあげていた。
『ブォーーッ』と暴風のような鼻息が鳴り、上半身毎ごと前足が振り下ろされた。
舞い上がる砂に、リナードは一瞬目を細めた。
眼を開いた時に見えたのは、地面に縫い付けられたかのように倒れるイゾリエだった。
「イ、イ、イゾリエええええええええええ!」
「ちょっと!一撃でやられたらキュア効かないでしょ!ええーっと――」
後ろでシスターが喚いたが、リナードはそれどころではない。
両手剣は振り上げたままであり、目の前には巨大な馬の魔物。
当たることを祈りながら、踏み込んで全力で振り下ろした。
『パキィッ』
魔物の骨が折れた音ではない。
リナードの両手には、短くなった剣が握られていた。
「馬鹿な!」
魔物の固さとリナードの筋力に剣が耐えられなかった。
目の前で起こった出来事が信じられず、頭が真っ白になる。
「『ホーリーオーラ』『シールドアザー』『メタルスキン』『キャッツ・グレイス』、それとっ、『ヘイスト』、『グレートヒロイズム』!『ゴッドブレッシング』も!」
シスターの叫びが耳に入って来た。
魔法のようだか一つも聞いたことが無い。
神官は支援魔法とは別に、自身の能力を向上させる魔法もあると聞いたことがある。
まさか、自分で戦うつもりか。
「いけない!シスター、逃げてくれ!」
「まずは!避けてっ!」
いつの間にか目の前には、巨大な馬の尻があった。
乗馬の心得がある者にとって、あってはならないポジションである。
馬の機嫌が悪いときは特に。
強靭な後ろ足が動いた瞬間、衝撃は横からやってきた。
リナードが驚愕し首を横にねじったときには、
馬脚がシスターのわき腹に刺さっていた。
華奢なエルフの体は突き上げられ、風に飛ぶ枯れ葉のように麦畑へ消えた。
後脚による蹴り上げは、通常の馬であっても人間にとっては致命的。
より強大な馬の魔物であっては言うまでもない。
「そんな。」
森の主バヤールは後ろ脚でナニかを蹴り上げたことに満足したかのように、振り向きもせずそのまま森に歩いていく。
信じられなかった。
数日前と同じように、仲間にかばわれて自分だけが助かる。
自身の不甲斐なさを信じたくは無かった。
また、同じように負けるのか。
また。
泣きそうになりながら拳を握りしめた。
その自身の拳に、リナードは違和感を覚えた。
どこまでも力が込められるような感覚。
体に手を当てれば、何かに守られているような感覚。
顔を上げれば、胸の底から熱い意思がこみ上げてくるような感覚。
まるで、秘められた力が目覚めたかのように勇気が湧いてくる。
「まだ、終わってはいけないということか。」
リナードは一歩踏み出した。
体が軽い。
「見ていてくれ、イゾリエ、シスター!
私は勝つ!」
勝利の確信と共に、リナードは叫んだ。
馬の魔物が足を止め、返事のように『ブルッ』と鼻を鳴らした。
どこからか、
「分かった、見守っているわ。」
と、今は亡きシスターの声が聞こえた気がした。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。




