04 夜明けの敗走
「ロラン!」
アストルの体のそばに居るオリビアが、悲鳴のように私の名前を呼び、エルフの少女に短杖を向けた。
勝てる相手ではない。
声が出せず、オリビアにむけて首を横に振ってみるが、杖を下げる様子はない。
すると、私を見ていた少女がオリビアに振り向き、声をかけた。
「戦いは終わり。あなたが勇者様や雷じいさんより強いなら続けるけどね。」
一方的な勝利宣言であったが、止められるものは居ない。
オリビアは悔しそうにうつむいて杖を下げ、横たわるアストルの体に視線を移した。
こちらに向き直った少女は、勝ったにも関わらず不機嫌そうに眉をひそめている。左手はデュランダルの刀身を掴んだままだ。
「『キュア』」
少女の魔法によって、体から痛みが消えてゆく。
意図が分からず、少女を見つめると、問いかけられた。
「なぜ、勝てないと分かっていて攻撃をしたの?」
「私は勇者だ。万が一にも可能性があるなら、私がやらねばならない。」
私は上体を起こして迷いなく答えた。
どう答えるか予想していたかのように、少女はすぐに次の質問をしてくる。
「その勇者の生き方、楽しい?」
「まさか。つらく、厳しいものだ。だが、この勇者の力は、弱き者たちを守るために神に与えられた。命を賭して戦うのは、当然の使命だ。」
少女は首を振ると、声を落として話し始めた。
「つらくて苦しいのが”当然の使命”?そんなの、誰かの都合のいいように刷り込まれた洗脳よ。あなたを幸せにはしてくれないわ。」
そして、視線を逸らしてつぶやく。
「馬鹿らしい生き方だわ。」
彼女の口調から感じる怒りは、勇者の使命に対してのものだろうか。
だが、最後につぶやいた言葉は私に向けられたものではない気がした。
少女は何かを思い出したかのように建物を振り返って、言葉を続ける。
「少なくとも、わたしの知っている神様は、そんな使命を与えるようなことは無いの。もっと自由で、楽しく、好き勝手にしましょうよ。」
少女はこちらに向き直り、薄い微笑みを浮かべた。
そして、こちらに右手を差しのべる。
「……私を堕落させるつもりか?」
「む。早く立て、って意味なんですけど。」
少女は右手を引っ込めて、左手で掴んでいた剣を私の横に放り投げた。
「戦利品として貰っておきたい超レア武器だけど、レベルが低い相手に対人戦を挑んだのはマナー違反よね。返す。」
おかしな言い回しだが、つまりは、格下から強盗はしないということだろうか。
話は終わったとばかりに、少女はオリビアたちが居る方へ歩きだした。
オリビアはしゃがみ込み、アストルを診ている。
すこし不安になるが、オリビアが何かされることは無いだろうと思えた。
私は、たった一度のキュアで完治し、全く痛まない自分の体をさすりながら立ち上がった。
そして、デュランダルを拾い上げようとした時、話し声が聞こえてきた。
「早く魔法で生き返してあげなさいよ。」
「こんな状態にしておいてよく言うものね!蘇生なんてもう出来ないわ!」
オリビアの泣きそうな声に、アストルが蘇らないことを悟った。
従兄弟であるアストルとの付き合いは長い。
どこか軽薄さのある男だったが、彼はどんな状況でも絶望を感じさせない雰囲気とユーモアを持っており、心を支えられた者は多かった。
短く黙とうをしようとしたところで、少女の焦ったような声が聞こえてきた。
「ええ!?生き返らないってどういうこと?うわ、なにこれ、でかいカタツムリ。」
「アストルに近づかないで!」
「あなた蘇生魔法使えないの?」
「習得はしているわ!」
「もしかして、魔力か宝石が足りないとか?」
「魔力や触媒の話じゃない!」
たしかに、復活魔法を使うには、膨大な魔力と、触媒となる宝石が必要である。
だが、オリビアの持つ魔力量であれば、魔法の使用に問題は無い。
また、王命によって魔王討伐に向かう私たちには、多くの宝石が各々に貸し与えられている。足りないということは無い。
問題は死体の損傷の方だ。
即死の一撃を受けたアストルの体が、魂を戻しても生き返ることは出来ないほど、酷い有様であることは容易に想像できる。
蘇生魔法『レイズデッド』は、死者をこの世に呼び戻す奇跡の魔法ではあるが、死体の損傷が酷ければ復活させることはできない。
このことは、復活魔法を知るものにとっては常識である。
全て分かっていて、からかっているようにしか聞こえない少女の言葉だ。
だが、その声色に人を馬鹿にするような感情は含まれていない。
違和感を覚えた私は、剣を拾って、二人を注視した。
その時だった。
「『リザレクション』!」
少女が叫ぶと、背を丸めているように見えたアストルの体がほんのりと光り出し、固く結んだヒモがほどけるように、人の形を取り戻していく。
その過程を見て、私はようやく、アストルの体がねじれ、へし折れることによって、丸いシルエットになっていたのだと知った。
「馬鹿な。」
『リザレクション』――もはや文献に残るだけの、失われた魔法。
数十年も前の遺体や、灰しか残っていない者であっても、この世に再び蘇らせるという、夢物語とされている伝説の魔法。
それが今、目の前で行使された。
甲高い音を立てながら、アストルの胸当てが元の形に戻っていく。
音が止むと、やさしい光が消えて、アストルの荒い呼吸とせき込む声が聞こえた。
私は言葉を失い、その様子を眺めていた。
オリビアも、何も言葉を発せずにいる。
「もう!普通に生き返るじゃない!焦らせないでよ!」
……普通は生き返らない。
うれしそうに、少女はオリビアに向かって笑いかけている。が、オリビアは目を見開き、少女を見つめるだけだ。
驚きのあまり返事が出来ていない。
しかし、なぜ、殺した敵が生き返らないことに焦る必要があるのだろうか。
「あ、宝石は返せないわよ。殺しておいてアレだけど、基本死んだ奴が払うものだし。そもそも、持ち合わせが無いし。あと、戦闘開始の挨拶と同時に『バックスタブ』はちょっとマナー悪かったし。」
オリビアの視線をどう解釈したのか、少女は魔法の触媒となって消えた宝石の弁償について断わりを入れている。
あっけにとられたままでいると、上空から声が聞こえてきた。
「みな!ここは潔く撤退じゃ!グウェイ殿、アストルの亡骸を頼みますぞ!」
見上げると、大鷲グウェイの背に乗ったモージと目が合った。
いつの間にか、グウェイを呼びにこの場を離れていたらしい。全く気が付かなかった。
「ひゃー!でっかい!」
急接近するグウェイによって巻き起こった暴風には全く動じず、エルフの少女は、大鷲を初めて見た子供のようにはしゃいでいる。
地面すれすれまで降りてきたグウェイの右脚に、私は飛びついた。
そのまま、オリビアたちに向かって滑空をする。
少女とのすれ違いざまに私はオリビアを抱き上げた。
グウェイは、もう片方の脚でうまくアストルを掴みあげ、急上昇した。
見下ろすと、少女はこちらを見上げて、手を振っている。
「またねー。」
再会を願う、不吉な別れの言葉に、思わず顔をしかめてしまう。
ふと、建物の屋上にいるドラゴンもこちらを見上げていることに気が付いた。
少女が追ってこないのなら、もし空中戦になってもモージの魔法で迎撃できるだろう。
「痛い、痛い!グウェイ!もっと優しく掴んでくれ!」
「おお!アストル、生きておるのか!蘇生できたのじゃな!さすがオリビアじゃ!」
オリビアは、私にしがみついたまま、何の返事もしない。
「皆。王都に帰ろう。王に報告をしなければ。」
「ふむ。そうじゃな。休息も必要じゃろう。」
結果としては、けが人も死人もいない、異常な完敗。
魔王ネオと、マコと名乗ったエルフの少女。
突如現れた強大な力を持つ二人によって、これから何が起こるのだろうか。考えながら私は顔を上げた。
太陽は出ていないが、空は明るくなり出していた。




