03 決死の戦い
殺し合いの前に『よろしく』などと言う者はいない。遊びや訓練では無いのだから。
しかし、その挨拶が戦闘開始の合図であったかのように、墓標を軽々と持ち上げ、両手でその下部を掴んで下段に構えた。
まさか、アレを武器にする気か。
そもそも、エルフの少女が、それも神官が、なぜ魔王に従うのか。
信じられない。
その時、私の心を察したかのように、モージが問いかけた。
「エルフがなぜ魔族に味方するのじゃ!」
「それはわたしの勝手でしょ。」
「多くの同胞が殺されておるのじゃぞ!」
「お互い様ね。ところで、それを戦いの理由に持ち出すと、延々と殺し合う羽目にならない?」
ふと、自分の体に力がみなぎってくるのを感じた。
(『マジカルウォール』、『ストレングスアップ』、『エンデュアランスアップ』……)
後方で、オリビアが支援魔法を唱えている。
もはや、戦いは避けられないことを仲間たちは理解している。
私も覚悟を決めねばならない。
「おぬしは何がしたいのじゃ。」
モージの問いかけは続いている。
攻撃魔法が無効化された相手だ。
自分は役に立たないと踏んで、初めから時間を稼ぐつもりだったのだろう。
「魔族と一緒に戦うのは楽しいのよ。それこそ延々とやっていられるの。まあ、今は勇者様と戦うのが先ね。」
微笑みながら、少女がこちらを向いた。
「準備はできた?」
あからさまな時間稼ぎに、わざわざ付き合ってやったという様子だ。
私は、ようやく立ち上がり、剣を構えた。
「ああ、お待たせした。」
「神官が殺せないなんて枷は外れた?
それじゃあ改めて、よろしくね。」
少女は笑顔のまま、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
そして、アストルの声が聞こえた。
「よろしくな、そんで、さよならだ」
アストルは、聖騎士の称号を持っている。
だが、それはレンジャーとしての実力を認められたためと言ってよい。
愛用する片手剣『グラディウス』による死角からの一撃は、多くの魔族の息の根を止めてきた。
私を正面から見つめている少女には、アストルの姿は見えないだろう。
いや、アストルが疾走を始めれば、視界に入ったとしても捉えるのは困難である。
声が聞こえた時にはもう遅い。
少女の背後に突如アストルが現れる。
か細い首に刃が吸い込まれる。
そして。
ドッ、と粘土を叩いたような音がして、グラディウスが首筋で止まっていた。
「は?」
間の抜けた声が聞こえた。
少女の姿が一瞬かすみ、
バン、と破裂音がして、アストルの姿が消えた。
「ええ、さようなら。」
全く感情のこもっていない言葉に合わせて、
左の方から、ガシャガシャと、石畳の上を固いものが転がる音が鳴った。
アストルはもう動かない。
しんと静まり返り、自分の心臓の音だけが響いてくる。
なにが起きた?
少女が両手で掴んでいたはずの墓標は、振り抜いたかのように左手に握られている。
身をひるがえし、アストルに武器を振るい、こちらに向き直ったはずだ。
その一連の動作が、私の目では捉えられなかった。
「オリビア、アストルを頼む。」
「え、ええ。」
おそらく、勝てる相手ではない。
だが、私がやらなければ。
退くわけにはいかない。
眼前に剣を掲げ、邪悪を討つべく、魔力を込める。
「神に背きし者へ裁きを。」
聖なる魔力がデュランダルを覆い、やさしく輝いた。
「本当に『勇者』なのね。それは、あなたの最高の技?」
「ああ。」
少女は目を細めたまま、左手に持った武器を引きずり、一歩、また一歩と近寄ってくる。
そして、こちらの間合いに踏み入る左脚の一歩に合わせ、
私は、真っ向から縦に剣を振るった。
「『スマイト・ヘレティック』」
悪しき心の者を両断する聖なる一撃。
目の前で光の一閃が煌めく。
ゴリゴリと固いものを剣が削る感触。
そして、止まる。
下まで振り下ろすことはできなかった。
墓標が、少女の足元にゴトリと落ちた。
私のデュランダルは、
左の手のひらで受け止められていた。
目を見開いて驚いている少女の顔を見て、私の実力が、彼女の想像をはるかに下回っていたことを知った。
眉間にシワを寄せて、少女が右手を後ろに回すかのように半身になる。
次の瞬間、左わき腹に何かが突き刺さるような衝撃。
吹っ飛び、転げ、腹部からの激痛を感じながら、頭はやけに冷静になった。
鎧の上からの、徒手による一撃でこの威力か。
分かってはいたが、勝てるわけが無かった。
自嘲的に笑おうとしたが、先に腹から何かが込み上げてきた。
笑みの代わりに、血が口から漏れる。
横たわったまま、少女を見た。
「わたしの勝ちね。ありがとうございました。」
少女は不機嫌そうに勝利宣言をし、なぜか感謝の言葉を述べた。




