05 シャットアウト
マコは、戦いには完勝したのだが、素直に喜ぶことは出来なかった。
巨大な鷲と共に飛んでいく勇者たちを見送ってから、マコは右手を首に当てる。
そして、指先で首筋を何度か撫でた。
「傷一つない……。」
スキル『バックスタブ』は、敵の背後に回り込んで攻撃をすることで、大ダメージを与える技のはずだ。
勇者と会う直前に、ありったけの支援魔法を自分に使用していたマコだったが、レベルにかなりの差が無ければ、『バックスタブ』によるダメージが0になるということはまず無い。
首の無事を確認した後、左腕の手袋を外して、手のひらを広げた。
人差し指と中指の間から、親指の付け根あたりまで、一直線に切り傷が出来ている。ただし、うっすらと血がにじむ程度の浅いものだ。
そもそもゲームでは、『スマイト・ヘレティック』は魔族に対して特大ダメージを与える『勇者』のスキルだ。
エルフやドワーフに使っても、通常攻撃と大して変わらない。なぜ、あの場面で使ったのだろうか。
「あんまり痛くない……。いや、見た目は無傷でも大ダメージを受けているかも。」
実際、ゲームではたとえ残り体力がわずかでもキャラクターには傷一つ無い上、元気に動き回わることができた。
『リジェネライト』」
マコは、徐々に体力を回復させる魔法を自分に使った。
ゲームの頃と同じならば、5秒につき最大体力の2%ずつ回復するはずだ。
何秒で治るかを数えれば、大体のダメージを計算できるだろう。
そして、5秒で傷と痛みが消えた。
それを確認したマコは、うつむいて右手を額に当てた。
「ああ、完全にマナー違反だったなあ。」
ゲームであれば、大人数同士のギルドバトルだろうが、1対1の戦いだろうが、お互いのステータスなどを確認し、いい勝負ができると判断してから専用のエリアで対人戦を行うものだった。
負ける可能性の無い勝負するのは、『初心者狩り』、『弱い者いじめ』などのレッテルを貼られる、忌むべき行為だ。
今回はそんな行為をやってしまった。
それも、自分の力を試してみたくて、こちらから対人戦を挑んでしまった。
「いや、あのオリビアって人が魔力の量り方を教えてくれなかったのが良くない。化物呼ばわりもヒドかった。」
個人的には、きわめて友好的に、笑顔で教えを乞うたつもりだった。
それなのに、化物と罵るなんて。
戦いになっても仕方がないのだ。
「お見事でした、マコ様。」
マコが自分に言い訳をしていると、上の方から低い声が聞こえてきた。
ネオも渋い声だが、それよりももっと低音だ。
マコが上を見上げると、声の主はすぐ見つかった。
建物の屋上から、黒いドラゴンの横顔がはみ出している。
「言葉、話せるの!?」
「失礼しました。マコ様とネオ様の言葉が理解できなかったため、自粛しておりました。」
ネオとは日本語で会話していたことを思い出して、マコはすぐに納得した。
この世界の言葉を使って勇者と会話をしているのを聞いて、ようやく言葉が通じると分かったのだろう。
ゲームでは敵キャラの「竜騎兵」として、背中に乗せた騎士との連携攻撃をしてきたし、他の色々なゲームでも会話ができるドラゴンは多い。言葉が話せること自体は当然なのかも知れない。
ドラゴンは少し飛んで、屋上からゆっくりと降りてきた。
巨体にも関わらずほぼ音もなく石畳の上に着地し、四つん這いで顎を地に着ける。
首をまっすぐこちらに伸ばしているので、土下座を彷彿とさせる格好だ。
「申し遅れました。ネオ様に仕えております、ガットと申します。」
「はあ、ご丁寧にどうも。ネオに仕えているマコです。」
マコもつられて、ネオの部下であると自己紹介をした。
勇者たちに対してもそのように名乗ったが、忠誠心みたいなものは無い。ネオはゲームのフレンド、つまりは友達である。
部下として何かを命令をされたとしても、気に入らない内容であれば従う気はない。
「勇者どもとの戦いに参戦せず申し訳ありませんでした。」
「ああ、それでその姿勢なのね。全く気にしてないわ。」
土下座みたいな体勢だと思っていたら、本当に土下座だったらしい。
雷魔法で墜落したという話をネオから聞いていたマコは、ガットのことを戦力というよりは、乗り物として見ていた。
「雷じいさんの一撃で墜落したのでしょ。出てきていたら危なかったわ。」
「ええ、わたくしもそう思い、のんびり観戦しておりました。」
「む?」
姿勢も言葉も、しっかりと謝罪をしていたのだが、なんとなく反省はしていない気がする。
しかし、全く気にしていないと言い切ってしまった後で、反省しているか、などと確認するのは変だ。
もやもやした気分になっていると、ガットが口を開いた。
「ところで、なぜ勇者の仲間を復活させたのです?それも、蘇生できないと言われた際は、かなり焦りを感じていた御様子。」
「へ?」
人を殺したくなかったからに決まっている。
生き返るという前提があったから遠慮なくぶっ飛ばしたのだ。
死んだ後に生き返らせている訳なので、人殺しであることは間違いないが、マコとしては、ほぼチャラになると思っている。
それにゲームでは、ギルドバトルが終わった後は、相手プレイヤーは戦友のようなものだった。
支援魔法をかけたり、友好を深めたりしてから解散するのは珍しくない。
もっと言えば、赤の他人であっても、通りがかりに他のプレイヤーに対して回復や支援の魔法を使ってあげるのも良くあることだ。
時代劇などで通り魔のことを「辻斬り」と呼ぶことにちなんで、「辻キュア」とか「辻レイズ」とか呼ばれていた。
たしかに、自分で殺しておいて蘇生魔法を使ってあげる、というのは初めてであるが、マコとしては、異常な行為であるとは思っていなかった。
「死体が転がっていたら蘇生させるのは、回復役としては当たり前の善意よ。」
マコは正直に理由の一つを答えた。
もちろん、人を殺したくないと言う気持ちもあって、蘇生できないと聞いたときは焦ったりしたのだが、そう答えてしまえば、最初から戦うなという話になってしまう。
戦いはしてみたかったのだ。
「善意、でございますか。勇者に対しては、使命に従って行動することを馬鹿らしいとおっしゃっていましたが、善意に従うことについては問題無いのですか?」
「……何ですって?」
「マコ様ならば、あの場で勇者どもを全滅させることもできたはず。ですが、もしや善意によって逃がしたのでは?
次は貴方を倒せるよう、しっかりと準備をしてくるでしょう。結果として、マコ様の身に危険が及ぶ選択であると言わざるを得ません。」
「……。」
マコは言葉を失った。
ガットの言っていることは正しい。
と言っても、言葉を失った理由は、後々のリベンジを恐れたからではない。
蘇生の魔法を使ったこともそうだが、思い返せば、勇者を殺さないよう素手で殴ったことも、レア武器のデュランダルを返してやったことも、そして、勇者達との戦闘はマナー違反だったと罪悪感を覚えたことも、自分の良心によるものだ。
戦ってみたいという気持ちを満たすだけなら、全滅させても特に問題ない。
むしろ、後のことを考えれば皆殺しにするべきだった。
ついさっき、煩わしい決まり事は捨て去って自由に生きると決めたのにも関わらず、良心が邪魔をして、自分に利益が無い行動をしてしまっている。
このままでは、元の世界にいた頃と同じ、つまらない人生になるのではないだろうか。
本当に自由で、好き勝手な生き方が出来ないような気がして、マコはうなだれて額に手を当てた。
「私の行動が馬鹿らしいと言いたいの?」
「滅相もございません。わたくしはマコ様のご無事を祈るのみでございます。もし、マコ様の身に何かあれば、わたくしがケガをした際に治療をする者が居なくなります!」
『のんびり観戦した』と言われた時もそうだったが、ガットの言葉からは、我が身が一番大事であるという意思が遠慮なく表れている。
マコは気付いた。
ガットは、知性的な馬鹿正直者だ。
「……自分の悩みが馬鹿らしく思えてきたわ。」
「馬鹿な真似をするのは、是非、マコ様の代わりが見つかってからということに。」
「うっさい。」




