第9話 シルヴェストル王国
「見て見て、ノルベルト! 水の球が作れるようになったの!」
はしゃいだ声でルアーナがノルベルトを呼ぶ。彼女の手のひらの上には、小さな水の球ができていた。
反対の手でつついてみても、ぷよぷよとするだけで崩れない。
「お見事です、お嬢様」
「全部、貴方のおかげよ!」
初めてノルベルトに魔法を教わった日から、ルアーナは毎日コツコツと水魔法の練習をしていた。
魔法の練習、といっても、桶に張った水の上に手をかざし、詠唱をしていただけだが。
「魔法って、これを敵にぶつけたりして使うのよね?」
「……ええ。そのためには勢いよくぶつけなければなりません。どうしても、火に比べると水は攻撃力が低いですからね」
「そうなのね……」
「ですが水魔法は、最もお嬢様に覚えてもらいたいものです」
どうして? と聞き返したタイミングで、水の球が弾けてしまった。あーあ、と呟いたルアーナの手を、ノルベルトがそっとハンカチで拭いてくれる。
(諦めろなんて言うくせに、もっと好きにさせるようなことばっかりするわよね、ノルベルトって……)
無自覚なのか、自覚的なのかは分からない。ただ、どちらだとしても好きだ。
「見ていてください」
ノルベルトはそう言うと、手のひらの上に小さな水の球を作った。彼は詠唱をしていないし、桶の水も減っていない。
「慣れると、水の形を変えるだけではなく、空気中の水を集めることができるんです」
「空気中の水を……」
「旅の最中、これほど役に立つ魔法もないですよ。水不足と無縁になれるんですから」
「確かに……!」
魔法といえば戦い、というイメージがあったけれど、そんな使い方もあったなんて。
驚いてルアーナが目を丸くしていると、ノルベルトが優しく微笑んだ。
「魔法は、お嬢様の人生を豊かにするために使ってください」
「私の人生を……」
「敵なんて、俺が処理しておきますから」
さらりと言って、ノルベルトは荷物の整理を始めた。しかしルアーナとしては、あまりにも心が躍る言葉を受け入れきれない。
我慢できずベッドの上に飛び乗り、布団を持ってバタバタと暴れる。
「お嬢様、どうしたんですか」
「ノルベルトがっ!」
「俺が?」
「格好良すぎて幸せー!!」
ノルベルトが溜息を吐いた。
「……趣味が悪過ぎますよ、お嬢様」
◆
屋敷を出てからちょうど10日。ルアーナ達は、ようやく目的の場所へ到着した。
シルヴェストル王国。国といっても小さな街で、元々はルアーナの出身国であるレーゲンボーク帝国の一部だったのだ。
100年ほど前、当時のシルヴェストル公爵が多大なる武勲を上げ、その結果、国としての独立を認められたのである。
「綺麗な街……!」
国の中へ入ると、カラフルな屋根が眩しかった。レンガ造りの家が並んでいて、屋根がいろんな色に塗られている。
「ここなら、それなりに顔が利きます。お嬢様が今後なにをするにしても、協力できますよ」
「ありがとう、ノルベルト。まずは仕事を探さなきゃよね」
「……仕事、ですか?」
「だって、生きていくためにはお金が必要でしょう? それに、貴方にプロポーズするための指輪だって欲しいわ」
「……お嬢様」
「待っていてもしてくれないのなら、自分からやるしかないもの!」
未来永劫ノルベルトの傍にいるつもりではあるけれど、ルアーナはもう伯爵家の令嬢ではないのだ。
賃金も支払えていない以上、『お嬢様』としていつまでもノルベルトに甘えるわけにはいかない。
(せめて、自分の生活費くらいは自分で稼がなきゃ!)
「……プロポーズの件はおいておきますが、お金のことを気にする必要はありませんよ。それなりに貯金はありますから」
「えっ、それって、ずっと私の面倒を見てくれるつもりだってことっ!?」
ルアーナが飛び上がってノルベルトの顔を覗き込むと、しまった……とでも言いたげな顔でノルベルトが顔を背けた。
「……俺は大人です。屋敷を連れ出した以上、責任がありますから」
そう言って、ノルベルトが歩き出す。待ってよ! と慌てて追いかけ、ノルベルトの腕に抱き着く。
「ありがとう、ノルベルト。だけど私、貴方に支えてもらうだけじゃなくて、私もちゃんと、貴方になにかしてあげたいの!」
それに、せっかく自由の身になったのだ。今までのように、なにもせず家にこもっているだけなんてつまらない。
「……分かりました。お嬢様がやりたいことを、一緒に探しましょう」
「ええ! あ、ちなみに一番やりたいことは『ノルベルトのお嫁さん』よ?」
すかさずアピールしてみたが、ノルベルトは無反応だ。相変わらず手強い。
(だけどそういうところも、やっぱり大好きなのよね!)




