第7話 美しい景色
「はあ? 旦那? さっきのが?」
「そうよ。私の旦那様を侮辱するなんて許さない!」
ルアーナが怒鳴ると、背が高い方の男がにやりと口角を上げた。
「許さないなら、どうするって言うんだ?」
にやにやと笑いながら、ルアーナに手を伸ばしてくる。反射的に短剣を握ると、声を上げて笑われた。
「そんな持ち方でなにができるんだよ」
「世間知らずの可愛いお嬢さんだなあ」
俺が教えてやるよ、と男がさらに近づいてくる。触れられるのも嫌で短剣を振った瞬間、短剣が眩しく光った。
そして、ルアーナに触れようとしていた男が大きくのけぞる。何度手を伸ばしても、男達はルアーナに触れられない。
まるで、ルアーナと彼らの間に見えない壁があるみたいだった。
「……なに、これ……?」
「魔法結界ですよ」
いつの間にか、厠から戻ってきたノルベルトが後ろに立っていた。
「うちのお嬢様に、汚い手で触るな」
冷ややかな声で言い放つと、ノルベルトは素早く二人の男の足を払った。見事に転倒した二人は、ノルベルトに睨みつけられ、ひぃっ! と短い悲鳴を上げる。
「今逃げたら見逃してやる。逃げなかったら……」
ノルベルトが言い終わるより先に、男達は這いつくばるように逃げていった。
「大丈夫でしたか、お嬢様」
「あっ、ありがとう、ノルベルト……!」
「……それから、俺はお嬢様の夫ではありませんよ」
どうやら、厠にまでルアーナの声は聞こえていたらしい。
「ごめんなさい。つい動揺して、未来の関係を口にしてしまって……」
「……まったく」
ノルベルトが椅子に座る。そのタイミングで、美味しそうなご飯が運ばれてきた。
焼き立てのパンに、じゃがいもとハムのサラダ、塩コショウのかかった大きなソーセージ、キノコがたっぷり入った野菜スープ。
(どれも美味しそう……!)
屋敷でオルガ達が食べていた食事に比べると質素だけれど、今のルアーナにはなによりも美味しく見えた。
フォークに手を伸ばし、まずはソーセージを口へ運ぶ。噛んだ瞬間、じゅわっと肉汁が溢れ出た。
「美味しい……美味しいわ、ノルベルト! 私、こんなに美味しいご飯は初めてよ!」
「それはよかったです」
微笑むと、ノルベルトも食事を始めた。一口が大きい。パンをもぐもぐと食べる姿は、なんだか可愛らしかった。
(そういえば、ノルベルトが食事をしているところを見るのは初めてだわ)
嬉しくて、つい笑ってしまう。これからも、知らなかったノルベルトの姿をたくさん見たい。
「ノルベルトと一緒だから、きっとこんなに美味しいのね!」
「……お嬢様」
「なーに?」
「俺も、美味しいと思います」
目線も合わせずに、ノルベルトはさらりとそう言った。
しかし、恋する乙女に対する威力は抜群である。
「す、好き、好きだわノルベルト、結婚して……」
心臓を抑えながら求婚すると、ノルベルトは呆れたように笑った。
◆
「じゃあ、行きましょうか」
翌日の朝、ルアーナ達は宿を後にした。
馬に二人乗りをして街を出る。馬車は、新調するには高すぎたのだ。
(それに、この方がノルベルトとくっつけていいわ!)
「ねえ、ノルベルト。そういえば、どこへ向かっているの?」
「シルヴェストル王国です。俺の故郷ですから」
「まあ! 結婚の挨拶の為ね?」
「違います。いろいろと融通が利くからですよ」
最初はもう少し動揺してくれていた気がするけれど、ルアーナが結婚と口にしてもノルベルトは平然とした顔で流すようになってしまった。
全く意識されていないようで少し悔しいけれど、大人の魅力にはときめいてしまう。
「お嬢様」
「なにかしら?」
「少しスピードを上げます。危ないので、俺にしがみついていてください」
「永遠にしがみつくわ……!」
ぎゅ、とノルベルトに抱き着く。宣言通りスピードが速くなった。
ルアーナのピンク色の髪が揺れる。ノルベルトのように、髪を結ぶべきかもしれない。
「……あ」
「どうしました、お嬢様」
「馬の上から見る景色って、こんなに綺麗なのね!」
昨日は真夜中だったから、周りはほとんどなにも見えなかった。でも、今は違う。
周りは見渡す限り草原が広がっているだけだ。でも、すごく綺麗に見える。
「……これからきっと、お嬢様はもっと美しい景色に何度も出会いますよ」
そう言ったノルベルトの声は、とろけそうになるほど優しかった。




