第5話 ノルベルトの事情
「……ノルベルトって、あのノルベルトだったの……?」
ノルベルト・シルヴェストルと言えば、大陸中で有名な剣士だ。とはいえ、魔王討伐から三年後に姿を消し、以後のことは知られていない。
(そういえば、年齢はちょうどノルベルトと同じくらい……?)
一度大きく息を吸って、状況を整理する。
同姓同名の可能性はあるだろうか? いや、おそらくない。シルヴェストルという姓は珍しいもので、剣聖の出身国であるシルヴェストル王国の王家の姓だ。
では、ノルベルトがたまたま剣聖の剣を持っている可能性は? それもないだろう。剣士にとって剣は命のようなもの。名前の刻まれた剣を、他人へ渡すとは考えにくい。
(じゃあ、やっぱりノルベルトが剣聖ってこと!?)
しかし、だとすればなぜアメーリア伯爵家の執事になどなったのか。
分からないことだらけだが、尋ねようにもノルベルトは眠っている。起こして尋ねたところで、事実が変わるわけでもない。
とりあえず、剣を綺麗に拭いた後、起きるまでノルベルトの寝顔を見ておこう。
◆
「……おはようございます、お嬢様」
ノルベルトが目を覚ましたのは、眠ってからちょうど三時間後だった。
ゆっくりと瞼を開け、じっとルアーナの顔を見つめる。
「そんなに見つめられると照れちゃうわ」
「お嬢様が見ていたんでしょう」
「ええ、好きだもの。そりゃあ見るわよ」
「……まったく」
溜息と共に起き上がると、ノルベルトは部屋の隅にある剣に目を向けた。
「磨いてくれたんですか」
「ええ。駄目だったかしら?」
「いえ、ありがとうございます」
「……それで、その、剣に書いてある名前を見てしまったのだけれど……」
見なかったことにする、という選択肢もルアーナにはあった。しかし、それではノルベルトのことを深く知ることはできない。
「別にいいですよ。お嬢様の考えている通り、俺がノルベルト・シルヴェストルです」
「待ってなにそれ格好いい……っ!」
つい反射的に騒いでしまった。驚きと戸惑いでいっぱいだったが、いざノルベルトの口から事実を聞くとときめいてしまう。
(だって、好きな人が『剣聖』だったのよ? 100人いたら140人はときめくわよ!)
「でっ、でも、どうして執事なんてやってたの? 剣聖なら、いくらでも働き口なんてあるでしょうに」
というか、そもそも働く必要もないだろう。魔王討伐の報酬として、莫大な金をもらっているはずなのだから。
「普通に暮らしたかっただけですよ。目立つのは嫌いなんです、俺は」
そう言ったノルベルトの顔は、なんだかすごく疲れているように見えた。
剣聖といえば、大陸中の誰もが知っている英雄だ。だからこそ、どこでなにをしても目立ってしまうだろう。
それが嫌で、ノルベルトは姓を隠していたのかもしれない。
「……分かったわ、ノルベルト。誰にも言わない。だから、普通の夫婦として暮らしていきましょう」
「はい?」
「剣聖だなんてすごいと思ったけれど、私は貴方がどんな人であれ好きだもの」
「……お嬢様」
ノルベルトはなぜか再び溜息を吐いた。
「俺は37歳で、お嬢様は17歳です」
「そうね。貴方には長生きしてもらわないと困るわ。一緒に死にたいもの」
「……なぜ急に、このようなことを言い出したんですか」
今までそんなこと一度も言っていなかったのに、とノルベルトが呟く。彼の言う通り、今までルアーナは恋心をひた隠しにしてきた。
しかし、これからは隠すつもりはない。
「だって私、これからは自由に生きるって決めたもの」
これまでは、どれだけ虐げられてもアメーリア伯爵家の娘として生きてきた。しかし屋敷を飛び出した今、ルアーナは自由だ。
「だから、好きなものを好きだと言うわ。なにより、貴方にも私を好きになってもらいたいもの!」




