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ルアーナ嬢の執事~夜逃げした伯爵令嬢と元『剣聖』が始める国家運営~  作者: 八星 こはく


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第5話 ノルベルトの事情

「……ノルベルトって、あのノルベルトだったの……?」


 ノルベルト・シルヴェストルと言えば、大陸中で有名な剣士だ。とはいえ、魔王討伐から三年後に姿を消し、以後のことは知られていない。


(そういえば、年齢はちょうどノルベルトと同じくらい……?)


 一度大きく息を吸って、状況を整理する。


 同姓同名の可能性はあるだろうか? いや、おそらくない。シルヴェストルという姓は珍しいもので、剣聖の出身国であるシルヴェストル王国の王家の姓だ。

 では、ノルベルトがたまたま剣聖の剣を持っている可能性は? それもないだろう。剣士にとって剣は命のようなもの。名前の刻まれた剣を、他人へ渡すとは考えにくい。


(じゃあ、やっぱりノルベルトが剣聖ってこと!?)


 しかし、だとすればなぜアメーリア伯爵家の執事になどなったのか。

 分からないことだらけだが、尋ねようにもノルベルトは眠っている。起こして尋ねたところで、事実が変わるわけでもない。

 とりあえず、剣を綺麗に拭いた後、起きるまでノルベルトの寝顔を見ておこう。





「……おはようございます、お嬢様」


 ノルベルトが目を覚ましたのは、眠ってからちょうど三時間後だった。

 ゆっくりと瞼を開け、じっとルアーナの顔を見つめる。


「そんなに見つめられると照れちゃうわ」

「お嬢様が見ていたんでしょう」

「ええ、好きだもの。そりゃあ見るわよ」

「……まったく」


 溜息と共に起き上がると、ノルベルトは部屋の隅にある剣に目を向けた。


「磨いてくれたんですか」

「ええ。駄目だったかしら?」

「いえ、ありがとうございます」

「……それで、その、剣に書いてある名前を見てしまったのだけれど……」


 見なかったことにする、という選択肢もルアーナにはあった。しかし、それではノルベルトのことを深く知ることはできない。


「別にいいですよ。お嬢様の考えている通り、俺がノルベルト・シルヴェストルです」

「待ってなにそれ格好いい……っ!」


 つい反射的に騒いでしまった。驚きと戸惑いでいっぱいだったが、いざノルベルトの口から事実を聞くとときめいてしまう。


(だって、好きな人が『剣聖』だったのよ? 100人いたら140人はときめくわよ!)


「でっ、でも、どうして執事なんてやってたの? 剣聖なら、いくらでも働き口なんてあるでしょうに」


 というか、そもそも働く必要もないだろう。魔王討伐の報酬として、莫大な金をもらっているはずなのだから。


「普通に暮らしたかっただけですよ。目立つのは嫌いなんです、俺は」


 そう言ったノルベルトの顔は、なんだかすごく疲れているように見えた。


 剣聖といえば、大陸中の誰もが知っている英雄だ。だからこそ、どこでなにをしても目立ってしまうだろう。

 それが嫌で、ノルベルトは姓を隠していたのかもしれない。


「……分かったわ、ノルベルト。誰にも言わない。だから、普通の夫婦として暮らしていきましょう」

「はい?」

「剣聖だなんてすごいと思ったけれど、私は貴方がどんな人であれ好きだもの」

「……お嬢様」


 ノルベルトはなぜか再び溜息を吐いた。


「俺は37歳で、お嬢様は17歳です」

「そうね。貴方には長生きしてもらわないと困るわ。一緒に死にたいもの」

「……なぜ急に、このようなことを言い出したんですか」


 今までそんなこと一度も言っていなかったのに、とノルベルトが呟く。彼の言う通り、今までルアーナは恋心をひた隠しにしてきた。


 しかし、これからは隠すつもりはない。


「だって私、これからは自由に生きるって決めたもの」


 これまでは、どれだけ虐げられてもアメーリア伯爵家の娘として生きてきた。しかし屋敷を飛び出した今、ルアーナは自由だ。


「だから、好きなものを好きだと言うわ。なにより、貴方にも私を好きになってもらいたいもの!」

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