第4話 初めての街
ドサッ、ドサッ、ドサッ……何かが地面に落ちる音が続く。そして、剣を持ったノルベルトが戻ってきた。
「ノルベルトっ!」
「お嬢様」
トン、とノルベルトに肩を叩かれる。
「お静かに。騒げば魔物が寄ってきます」
そう言って、ノルベルトは唇の前に人差し指を立てた。
「……しー」
「うっ……!」
慌てて口を両手で抑え、叫ぶのを我慢する。
(な、なによ今の!? ちょっとさすがに格好良すぎるんじゃないの!?)
魔法も剣術の腕も、驚くべきものだった。しかしそれ以上に、人差し指を立てたノルベルトの『しー』の威力がすごかった。本当に。
「……この森は早く抜けた方がいい。荷台は捨て、馬で移動しましょう。お嬢様、いいですか?」
「ひゃい……」
なんでもいい、ノルベルトが一緒にいてくれるのなら。
あまりにも甘いルアーナの眼差しに、ノルベルトは呆れたように溜息を吐いたのだった。
◆
ノルベルトと二人乗りをし、馬に乗って夜の森を駆ける。時折、片手でノルベルトが迫りくる魔物を切り捨てた。
(夜の森では魔物が出る、とは聞いたことがあったけれど……本当なのね)
魔王が死んでしばらく経った今も、夜になれば森に魔物が出る。だから、魔法を使える人間は軍で優遇される。
知識としては知っていることだが、魔物を見たのも、魔法を見たのも初めてだった。
生まれてからずっと、ルアーナはあの屋敷で過ごしていた。
本来なら社交界デビューを済ませている年齢だが、ルアーナは使用人のような扱いを受けていたから、そんな機会もなかったのだ。
「お嬢様。疲れたなら眠っていいですから」
「だ、大丈夫よ。もったいないじゃない」
「なにがですか」
呆れたように言いつつも、ノルベルトがなるべく揺れないように馬を進めてくれていることが伝わってくる。
たくましい胸板、汗の香り、そして時折ルアーナの頬に触れる銀色の髪。
本当に、全てが好ましくて仕方がない。
ノルベルトの温もりに身を委ね、いつの間にかルアーナは意識を手放していた。
◆
「お嬢様、着きましたよ」
身体を揺さぶられて目を覚ます。いつの間にか空は明るくなっていた。
周囲を見回すと、どうやら、どこかの街に到着したらしい。
「いったん、ここで休みましょう。服も買い替えた方がいいでしょうから」
「あっ、私、着替えは何着か持ってきたわ」
「……きっとお嬢様が持ってきた物は目立ちます」
「あ……」
ルアーナが持ってきたのは、タンスの中に入っていた服のうち綺麗なもの――つまり、オルガのおさがりである。
汚れたから、もういらないから、流行ってないから。そんな理由で押し付けられた服ではあるが、確かに街で着ていればそれなりに目立つ。
「とりあえず宿へ向かいましょう」
「ええ。あっ、ノルベルト」
「なんです?」
「部屋は一緒がいいわ」
「……お嬢様」
「おっ、お金もかかっちゃうし! そ、それに怖いもの、そう、怖いわ、私」
真っ赤な嘘というわけではない。見知らぬ土地で、見知らぬ宿に一人で泊まることに対する恐怖はある。
もちろんそれ以上に、ノルベルトとの同室を望む強い気持ちがあるわけだが。
「……分かりました。そうしましょう」
やれやれ、とでも言いたげな顔でノルベルトが頭をかく。
少々くたびれた表情の彼も、やはり素敵だった。
◆
ノルベルトが選んだのは、街の宿屋街にある小さな宿だった。高級宿というわけではないが、品のいい宿だ。
三階の奥がルアーナ達に割り振られた部屋だった。
部屋の中に入ると、荷物を置いたノルベルトが大きなあくびをする。
「お嬢様。少しだけ寝させてください。さすがに、おっさんに徹夜はこたえるんですよ」
そう言うと、ノルベルトは二つあるベッドのうち、入口に近いベッドに横たわった。数秒後、寝息が聞こえてくる。
音を立てないように近寄り、寝顔を確認する。眠っていると、普段より幼く見えた。
(ノルベルトは私と違って、一睡もしていないんだもの。疲れて当然だわ)
彼が眠っている間、なにかできることはないだろうか。
勝手に外出して心配をかけるわけにはいかないから、朝食の用意は難しい。
「……あっ」
部屋の隅にたてかけられた剣を見て閃いた。
魔物との戦いで、剣はかなり汚れていたはず。布で磨いて、綺麗にしておいてあげよう。
(それにしても大きな剣ね。あっ、名前が彫ってあるわ)
近くで見ると、柄の部分に名前が刻まれていた。
『ノルベルト・シルヴェストル』
「え?」
――ノルベルト・シルヴェストル。
魔王を倒した勇者一行の戦士、剣聖ノルベルトの名前である。




