第3話 いざ、出発!
「お嬢様、お迎えに上がりました」
ノルベルトが再びルアーナの部屋にやってきたのは深夜二時を過ぎた頃だった。いつもの執事服ではなく、冒険者風の服に身を包んでいる。
「……ありがとう、ノルベルト」
小声で返事をする。ルアーナも家を出る準備をしていたのだ。
といっても、荷物は多くない。数日分の着替えを詰めた袋くらいだ。実母からもらった高価なアクセサリー類は全て、オルガに奪われてしまったから。
「窓から下ります。俺から離れないでください」
ノルベルトは、まるで荷物を背負うようにルアーナを片手で抱いた。
「ええ。一生離れないわ」
「下りたら離れてください」
つれないことを言ったノルベルトが、ルアーナを抱いたまま窓から飛び降りる。庭に生えている木を伝って、あっという間に地上に到着した。
(すごい……執事兼護衛とは聞いていたけれど、ノルベルトっていったい何者なの?)
とても、ただの執事の身のこなしには見えない。実際、ルアーナが幼い頃に屋敷で働いていた執事は、運動が苦手でルアーナの遊びにもついてこられないほどだった。
「こちらです、お嬢様」
手を引かれて、屋敷の裏門前にとめられていた馬車に乗り込む。御者はいない。荷台には、ノルベルトの荷物が置かれていた。
(大きな剣? こんなの、護衛には使わないわよね?)
アメーリア伯爵家の執事に支給される剣は、もっと小ぶりで懐にしまえる剣のはずだ。つまりこれは、ノルベルトの私物だろう。
「お嬢様は荷台で休んでいてください。近くの街では追手がくるかもしれないので、夜通し駆けます」
「……待って、ノルベルト。御者はどうするの?」
「俺がやりますよ」
当たり前のような顔で答え、ノルベルトは馬に乗った。
「かっ、格好いい……!」
「いいから荷台に入ってください」
「ええ!」
慌てて荷台に飛び乗る。するとすぐ、馬車が動き出した。かなりスピードは出ているが、安定感がある。
隙間からノルベルトの姿を覗く。長い髪が風に揺られていた。
(勢いで連れてきてもらったけど……これから、二人で暮らすってことよね?)
屋敷で暮らしている時は、オルガの目があるせいで、ノルベルトと四六時中一緒にいられるわけではなかった。
だがこれからは、オルガの目を気にせず、ノルベルトと共に過ごすことができる。
(どうにかして、私を好きになってもらうんだから!)
◆
ガタッ! と馬車が揺れ、ルアーナは目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。
目をこすると、馬車が停まった。目的地に着いたのだろうか。
「お嬢様、出てこないでください!」
ノルベルトが叫んだのと、馬車の屋根が吹き飛んだのは同じタイミングだった。
「……え?」
ゴオッ! と強い風が吹く。ノルベルトの大剣が飛んでいきそうになって、慌てて手を伸ばした。
立派な造りをしているから、きっとこれは彼の大事な物に違いない。
(よかった、間に合って)
と、ルアーナが安堵したのも一瞬。
「ぐるるるるるる……っ!」
獣の咆哮が、すぐ近くで聞こえた。
「おっ、狼!?」
巨大な牙を持つ黒い獣が、ルアーナめがけて飛んでくる。逃げなくてはと思うのに、腰が抜けて動けない。
「たっ、たす――」
けて、と言い終わるより先に、黒い獣が青い炎に包まれた。
「すいません、お嬢様。一匹、お嬢様の近くへ行かせてしまって」
ノルベルトが荷台に上がってくる。そして、ルアーナの顔を覗き込むためにしゃがんだ。
「お怪我はありませんか、お嬢様」
「な、ない、わ……。そ、それより今のって、魔法……?」
「はい。剣ほど得意ではないですけどね」
ルアーナが抱えていた剣を受け取り、ノルベルトが剣を鞘から抜く。
「あと少しだけ待っていてください。周囲にいる魔物を片付けてまいりますので」
ノルベルトが暗闇に消えた瞬間、魔物の断末魔が四方八方から聞こえた。
(も、もしかしてノルベルトって、めちゃくちゃ凄い人なんじゃないの……!?)




