第2話「駆け落ちね!」「夜逃げです、お嬢様」
「お嬢様。別れの挨拶にやってきました」
その日の晩、いつものようにノルベルトは窓からやってきた。
今日の昼、彼の解雇が大々的に発表され、明日の朝までに出ていくように、とオルガに言われてしまったのだ。
「ノルベルト……」
「お嬢様、こちらを」
ノルベルトは懐から小さく畳んだ紙を取り出し、ルアーナへ渡した。広げてみると、とある住所が書いてある。
王都の住所のようだが、ルアーナには全く心覚えがない。
「もしもの時は、ここへ手紙を出してください。私の古い友人が住んでいます。きっと、お嬢様を助けてくださいますよ」
ルアーナを見つめ、ノルベルトがそっと微笑む。
元々、彼がクビになったのはルアーナに優しくしたからだ。にも関わらず、こうして最後までルアーナのことを気にかけてくれるなんて。
「……ありがとう。ノルベルト」
「いえ。こんなことしかできずにすいません」
そっと息を吐いて、ノルベルトが頭をかく。銀髪に混じって、一本だけ白髪が見えた。
「……ねえ、ノルベルト。一つだけお願いをしてもいいかしら?」
「俺に叶えられることなら」
「私を、一緒に連れていってほしいの」
「……はい?」
ノルベルトは目を丸くした。
「この際だから、もう全部言うわね。私、貴方が好きなの。恋愛対象として。だから一緒に連れていってほしいの。どこへだって構わないから!」
強引に距離を詰め、ノルベルトの手をぎゅっと握る。ちょっと待ってください、とすぐに押し返されてしまった。
「お嬢様。俺の年齢、分かってます?」
「37歳よね」
「ええ、そうです。お嬢様は?」
「17歳よ。20年なんて、この国の歴史と比べたらちっぽけな年月じゃない」
「比べる対象がでかすぎるんですよ」
はあ、と盛大に溜息を吐き、ノルベルトはルアーナに視線を合わせるためにしゃがんだ。
「こんなおじさんの何がいいんですか」
「全部よ! 見た目もとっても素敵だし、優しいし、仕事だって真面目にやっているのを知っているもの。それに動物にも優しいわ。厩舎の馬だけじゃなく、迷い込んできた猫にだってご飯をあげているし、それから……」
「やめてください。語れなんて言っていません」
「……アピールチャンスだと思ったのに」
ルアーナが唇を尖らせると、またノルベルトは溜息を吐いた。
(やっぱり困ってるわよね……)
ノルベルトのことは好きだが、彼が自分に恋愛感情を抱いていないことには気づいていた。
ルアーナに優しくしてくれたのは、彼が優しいから。
そして、理不尽にいじめられるルアーナを不憫に思ったから。
彼がルアーナに優しくしてくれたのは、たぶん、猫に優しくするのとそれほど違いはない。
(でも、私にとっては大きな事だったんだもの!)
気合を入れなおし、再びノルベルトの手をぎゅっと掴む。
「お願い。一緒に連れていって!」
「お嬢様……」
「お・ね・が・い!」
子供扱いされているのなら、そこを前面に押し出してでも頼み込むしかない。
「……それに、貴方がいなくなってしまったら、きっと私は手紙を一つ出すこともできないと思うの」
ルアーナの言葉に、ノルベルトが気まずそうな顔になった。
「……分かりました。お嬢様の夜逃げを手伝います」
「まあ! 駆け落ちね!」
「夜逃げです、お嬢様」
ノルベルトの訂正は聞こえなかったふりをする。
現時点でノルベルトがルアーナに興味がなかったとしても、これから変えることはできるはず。いや、変えてみせる。
「ノルベルト」
「なんです?」
「ありがとう、私を助けてくれて!」
彼がいてくれたから、オルガに虐げられ続ける日々でも、心が折れることはなかった。
彼がいてくれるから、未来を楽しみにできている。
「……しょうがないお嬢様ですね、まったく」
「あっ、今の顔も好きよ、私!」
さりげないルアーナのアピールを無視し、ノルベルトは話を変えた。
「準備をして、一時間後、お嬢様をお迎えにあがります」




