第15話 契約
「ちょ、ちょっと、ノルベルト……っ!」
「しー。今はとりあえず静かにしていてください」
「ひゃ、ひゃい……」
こんな状況でも、ノルベルトの『しー』の威力はすごい。それだけは確かだ。
ルアーナが動揺とときめきで黙り込んでいると、ノルベルトが懐から紙とペンを取り出した。そして、さらさらとなにかを書く。
「これを伯爵へ渡せ。それならもう、お嬢様に帰ってこいとは言わないだろう」
兵士はノルベルトから受け取った紙をじっと眺めると、少し考えた後に頷いた。
「……かしこまりました。アメーリア伯爵様にお伝えします」
そして、兵士達が去っていく。
彼らの姿が完全に見えなくなった後、ノルベルトがルアーナの手を握った。
◆
「で、先程の話ですが」
家へ帰ると、ノルベルトが先程の件について説明を始めてくれた。
「伯爵が『誘拐された』ことにしたのは、その方が都合がいいからでしょう。お嬢様を今後、政治的に利用するために」
「え、ええ、そうだとは思うわ」
順を追って説明してくれているのは分かるが、『婚約』という二文字に頭が支配されてしまい、ろくに物事を考えられない。
「要するに伯爵は、できる限り条件のいい相手とお嬢様を結婚させたいわけです」
「……え、ええ」
「自分で言いたくはありませんが、俺はそれほど条件の悪い相手ではありません。いくらシルヴェストル王国の財政状況が悪いとはいえ」
「……つまり、私を守るために言ってくれたってこと?」
「お嬢様と俺、二人をです」
ルアーナが帰らなければ、ノルベルトが誘拐犯になってしまう。
しかしルアーナが帰れば、再び虐げられる日々が始まる。
その状況を、ノルベルトが破壊してくれた。『婚約』という予想外の言葉によって。
ノルベルトのことが大好きだし、何度も求婚を繰り返してきた。けれど、このような形で婚約の話を持ち出されると、どんな顔をすればいいか分からなくなってしまう。
「……婚約の話は、嘘……ってことよね」
「嘘というわけではありません」
「えっ、結婚ってことっ!?」
ガタッ! とテーブルを叩いて立ち上がったルアーナを見て、ノルベルトは困ったように笑った。
(この場面で笑うなんて、狡い)
ノルベルトは、ルアーナが笑顔ではしゃいだ瞬間に笑った。
まるで、ルアーナには笑顔が似合う、とでも言うように。
「分かりやすい言葉でいえば、契約婚約です」
「契約結婚じゃなくって!?」
契約結婚、という言葉は貴族社会ではよく聞くものだ。利害が一致する者同士の白い結婚である。
「俺の婚約者という立場があれば、お嬢様の身も安全でしょう」
「ねえ、契約じゃなくて普通に結婚がしたいのだけれど!」
「……お嬢様。何度も言っていますが、俺は37歳で、お嬢様は17歳です」
「貴族の結婚なら珍しくない年齢差ね」
16歳の娘が、70歳の男と結婚することさえある世界だ。ルアーナとノルベルトの年齢差など、たいしたものではない。
「この契約の期間は3年間です」
「3年……」
「その後は、必ず俺がお嬢様を自由にしてみせます。3年の間は、俺の婚約者として他の異性との接触はお控えいただくことになりますが」
「きゃー! 俺だけ見てろ、なんてノルベルトも大胆ね!」
「……お嬢様」
ルアーナが唇を尖らせると、ノルベルトが溜息を吐いた。
「もし3年後も俺を好きだと思っていたら、その時は、年齢だけを理由に断ることはしません」
「えっ……!? つ、つまり3年後に結婚……!?」
「了承する、とも言っていませんよ。ただ、お嬢様からの求婚を断る際、年齢だけを理由にすることはない、というだけです」
頭をフル回転させ、ノルベルトの言葉を咀嚼する。
(私は3年間、ノルベルト以外の異性と親しくできない。私はノルベルトの婚約者だから。つまり、ノルベルトも、私以外の女性と親しくできないってことよね?)
婚約、という素晴らしい言葉に『契約』なんてものがつくのは非常に残念だが、悪くない話だ。
3年間、ノルベルトが他の女性と関係を深めることはない。その間に距離を縮め、ノルベルトに好きになってもらえばいいのだ。
「ノルベルト」
「はい」
「覚悟していて。3年後、絶対私からの求婚に応じてもらうからっ!」




