第14話 伯爵様に伝えてくれ
屋敷を抜け出し、愛するノルベルトとの生活が始まったのだ。今さら、虐げられるだけの実家へなんて帰りたくない。
(でも、帰らないと、ノルベルトに迷惑がかかってしまう……)
ただでさえ、レーゲンボーク帝国は今、シルヴェストル王国を併合しようとする動きもあるのだという。
であれば、シルヴェストル王国の王族であり、『剣聖』であるノルベルトの醜聞は、あっという間に広められてしまうだろう。
「ルアーナ様」
兵士達が、じわじわと近づいてくる。ノルベルトのことを思うなら、彼らと一緒に屋敷へ帰るべきなのだろう。
けれど帰れば、きっと前よりもさらに虐げられて暮らすことになる。見張りだってきつくなるだろうし、早々に誰かと結婚させられるかもしれない。
「私は……私は、自分の意志でここにきたの。誘拐されてなんてないわ」
「そう言えと、誘拐犯に脅されているのでしょう?」
「違うわ。もし誘拐されていたのなら、こんな風に自由に出歩けるはずがないじゃない」
はあ、と兵士は大袈裟に溜息を吐いた。
おそらく、彼も事実を知っているのだ。知った上で、アメーリア伯爵の描いたシナリオに従って行動している。
(私がなにを言ったところで、きっと変わらない……)
ぎゅ、と両手の拳を強く握り締める。目の前の男達に怒っても意味がない。
「ルアーナ様」
決断を促すように、再び名前を呼ばれる。
「……帰らないわ」
ルアーナの言葉に、兵士は目を細めた。そして、腰に帯びた剣を抜く。
「手荒な真似はしたくありませんが、これも伯爵様の命ですので」
素早く懐から短剣を取り出して構える。魔法結界が発動されたが、兵士達は怯むことなく襲いかかってきた。
パリンッ! と音を立てて、結界が崩れる。
(えっ!?)
「私達はレーゲンボーク帝国の兵士ですよ。その程度の魔法、効きません」
ルアーナ自身を傷つけるつもりはないのだろう。剣をしまうと、兵士はルアーナに手を伸ばしてきた。
反射的にその手を払いのけ、祈りながら叫ぶ。
「水の精霊デルフィーニよ。神聖なる水の力、生命の根源たる水の力を哀れな子羊に与えたまえっ!」
水がない状態で魔法を使うのは初めてだ。訓練は十分にできていない。だから、なにも起こらないかもしれない。
(だけど、なにもしない理由にはならないもの!)
手のひらに力を込める。すると、手のひらが痺れるような感覚があった。
――そして、数秒後。
ルアーナの手から放たれた水の球が、兵士の顔面にぶつかった。
「ぐっ!?」
いきなりのことに驚いたのだろう。兵士が一歩後ろへ下がる。しかし、顔面が水で濡れただけだった。
(でも……私、今、ちゃんと魔法が使えてたわよね!?)
嬉しくなって、こんな状況なのに笑ってしまう。
「もう一回、水の精霊デルフィーニよ……」
ルアーナが再び詠唱を行おうとした瞬間、兵士達が地面に倒れた。
「――え?」
「お嬢様、お迎えに上がりました」
ノルベルトである。
彼が近づいてきたことも、彼が剣を振るったことも、全く気づかなかった。
(まるで、風みたい……!)
地面に倒れた兵士達がノルベルトを見上げる。顔を歪めながら、誘拐犯め、とノルベルトを罵った。
「お嬢様。こいつらは、俺がお嬢様を誘拐したと?」
「……ええ」
「……なるほど。伯爵様はそうきましたか」
一瞬で状況を理解したノルベルトが、倒れている三人のうち、リーダー格の兵士を強引に起き上がらせた。
「伯爵様に伝えてくれ。これは誘拐ではない。駆け落ちだと」
「……はい?」
「そして、もう一つ。ノルベルト・シルヴェストル――我が国の次期国王が、ルアーナ・アメーリア伯爵令嬢に対し、正式に婚約を申し入れると」
はあっ!?
と真っ先に大声を出したのは兵士達ではなく、大混乱に陥ったルアーナであった。




