第13話 取引
「ノルベルト。昼食を買ってくるから、ノルベルトはゆっくりしていて」
「……ですが」
家に帰ると、ノルベルトは疲れきった様子で椅子に座っていた。
なにより、きっといろいろなことを考えているのだろう。
(私がいたら、気が散っちゃうわよね)
「大丈夫よ。市場はすぐそこだもの。それに、ノルベルトがくれた短剣があるじゃない」
ノルベルトがくれた短剣には魔法が付与されていて、振ると魔法結界が発動される仕組みだ。
それに、市場は人通りも多いし、ここは魔物がわんさかいる危ない森でもない。
「これからずーっと、常にノルベルトが一緒にいるのも無理でしょう? 私としては、大歓迎だけれど!」
今後生活していくにあたって、四六時中一緒にいるのは不可能だ。
それはノルベルトも分かっているのだろう。分かりました、と小さく頷いた。
「なにかあったら、すぐに叫んで周囲に助けを求めてください」
「分かったわ。心配してくれてありがとう、ノルベルト」
◆
買い物用の籠を持って、家の外へ出る。少し歩くと、噴水が設置された広場があり、そこで市場が開かれている。
広場の奥にも道が続いて、そこには飲食店や食料品店が並んでいた。
「……わくわくしてきたわね」
今まで、こんな風に自分で食事を買いに出たことはない。屋敷でずっと暮らしていたルアーナにとっては、日常生活全てが新鮮だ。
(お昼ご飯だし、まずはパン屋を覗いてみようかしら)
そう決めて、目についたパン屋へ入る。店の中に入ると、バターの良い匂いがした。
適当にパンを見繕い、レジで会計を済ませる。自分で金銭を支払って買い物するのも初めてで、妙に緊張した。
パン屋を出たルアーナは、さて次はどこへ寄ろうか、と立ち止まって考える。
――その瞬間だった。
「ルアーナ・アメーリア伯爵令嬢」
聞き覚えのない声だ。慌てて顔を上げると、レーゲンボーク帝国の軍服を着た男が三人立っている。
「……なにかしら」
不安になり、一歩後ろへ下がる。彼らはルアーナを囲むように一歩近づいてきた。
「安心してください、ルアーナ・アメーリア伯爵令嬢。私共はアメーリア伯爵の命を受け、貴女を誘拐犯から助けにまいったのです」
「……はい?」
「貴女が行方不明だと、伯爵からうかがいました。そして、オルガ様の証言によると、執事のノルベルトが貴女を連れ去った可能性が高いと。そこで我々はルアーナ様の捜索を任されたのです」
一度深呼吸をして、男が口にした内容を頭の中で整理する。
どうやらオルガは離れてもなお、ルアーナに嫌がらせをするつもりのようだ。いや、嫌がらせをするために、呼び戻そうとしているのかもしれない。
おそらくオルガは、ルアーナのノルベルトに対する恋心に気づいていた。だから、ルアーナがノルベルトについていったと想像するのは容易かったのだろう。
(そして、お父様には違う情報を伝えた……? いや、違うわ)
父は昔から、ルアーナに無関心だった。オルガのように嫌がらせをしてくることはなかったけれど、助けられた覚えはない。
そしてなにより、父は家を一番に考えていた。
(どこぞの貴族に嫁がせる駒として、私を取り戻そうとしているんだわ)
執事と駆け落ちをした令嬢なんて、まともな結婚相手が見つかるはずがない。だからこそ父はオルガの進言に乗っかって、『ノルベルトがルアーナを誘拐した』なんて事実をでっち上げたのだ。
「そして、アメーリア伯爵から一つ、伝言があります」
「……なんでしょう」
「ルアーナ様が我々とお戻りになれば、誘拐犯であるノルベルト殿の罪は問わない、と」
(……そういうことね)
これは、取引なのだ。
ルアーナがおとなしく帰れば、ノルベルトの罪は問わない。しかしルアーナが帰らなければ、ノルベルトを罪人として訴える。
きっと、父はノルベルトの素性も調べているだろう。
(元『剣聖』が誘拐騒ぎを起こしたなんて、とんでもない醜聞になるに決まってるわ……)
「ルアーナ様。我々ときてくださいますか?」




