第12話 ノルベルトの覚悟
シルヴェストル王国の城は、城というにはあまりにも質素な建物だった。アメーリア伯爵家の屋敷と同等、下手をすれば、それ以下の広さかもしれない。
しかし、掃除は隅々まで行き届いている。ルアーナ達が案内された客間も、埃一つ残らぬほど磨き上げられていた。
待つこと数分。セルジオに支えられて現れたのは、銀髪の男性だった。
ノルベルトと同じ銀髪だが、彼と違って短く切っている。瞳は青く、ノルベルトと口元の雰囲気が似ていた。
ノルベルトが歩く色気だとすれば、彼は歩く清涼感、といったところだろうか。
「久しぶりだね、ノルベルト」
微笑んで挨拶をした直後に、けほけほ、と咳を繰り返す。顔色も悪く、セルジオの支えなしには立っていられないようだった。
「……兄上」
「ああ。君の兄上だよ、たった一人のね。薄情な弟は、もう何年も顔を見せてくれなかったけれど」
からかうように笑うと、ノルベルトの兄――ミルコは、テーブルの上に置かれた水を飲んだ。
「彼女は君の恋人なんだって? ずいぶんと若い子だね」
「違います」
「そう? 残念だ。兄として、君には早く結婚をしてほしいから」
顔は少し似ているものの、纏う雰囲気はまるで違う。
「早速だけど、本題に入ろうか。君には話したいことが沢山あるからね」
そう言うと、ミルコはシルヴェストル王国の現状について話し始めた。
◆
「――というわけで、君に後を継いでほしいんだ」
ミルコによると、シルヴェストル王国は現在、かなり厳しい状況にあるようだ。
端的に言ってしまえば、独立を保てなくなるかもしれない、ということだった。
元々、シルヴェストル王国が独立を認められたのは、独立時のシルヴェストル公爵の功績によるもの。
年々その功績が持つ重みは減っており、レーゲンボーク帝国に併合すべきだという声も大きいのだという。
おまけに、シルヴェストル王国の財政状況もよくないらしい。
「シルヴェストル王国を、私の代で途絶えさせるわけにはいかない。だが見ての通り、私は病を患っている。しかも、子供もいない。今後、生まれることもないだろう」
「……兄上」
「剣聖である君が王になれば、レーゲンボーク帝国もすぐに我が国を併合しようとはしないはずだ。その間に、君には我が国の財政を立て直してほしい」
真剣な眼差しで、ミルコがノルベルトを見つめる。
「頼むよ、ノルベルト。君にしかできないことだ」
確かに、ミルコの言う通りだろう。『剣聖』というノルベルトの過去が重視されるのであれば、彼以外に適任はいない。
(……だけど)
気づいたら、ルアーナは立ち上がっていた。
「陛下。失礼ですが言わせてくださいませ。ノルベルトには、ノルベルトの人生がありますわ。国のために、ノルベルトになにかを押しつけるのはやめてください」
「王族というのは国のために生きる者だよ、お嬢さん」
「……そうかもしれません。でも……」
「それに、ノルベルトが即位すれば君は王妃になるんだよ?」
王妃。少し前まで虐げられていたルアーナにとって、縁遠すぎる言葉だ。
「私は、王妃になりたくてノルベルトと結婚したいわけではありません。ノルベルトの妻ならなんでもいいんです。どれほど貧しい暮らしだろうと、ノルベルトさえいてくれれば」
旅の道中、ずっと快適な生活をしていたわけじゃない。ぼろい宿に泊まることも、質素な食事をすることもあった。
けれど、ルアーナはずっと楽しかったのだ。
「……ノルベルト。君は、とてもいい奥さんを見つけたみたいだね」
「ですから、違います」
はあ、とノルベルトは溜息を吐いた。
「今後のことについては、考える時間をください」
「うん、もちろん。いい返事を期待しているよ」
そう言うと、ミルコはセルジオに支えられながら去っていった。彼らが客間からいなくなった後、ノルベルトが困ったように笑う。
「お嬢様。俺のことを考えてくれてありがとうございます」
「当たり前よ! 貴方が好きなんだもの」
「ただ、兄上を責めないでください。今までの間、俺が自由に生きてこられたのは、全部兄上のおかげなんです」
ノルベルトの顔を見て、ルアーナは察した。
(……ノルベルトはとっくに、自由を失う覚悟ができてるんだわ)




