第11話 お嬢様のせいではありません
ノルベルト……坊ちゃん!?
慣れない組み合わせに驚いて目を見開く。すると、ノルベルトの溜息が聞こえた。
「お嬢様。危険な相手ではありませんから、下りてきても大丈夫ですよ」
そう言われたら、下りるしかない。寝巻で客人の前に顔を出すのは気が引けるけれど、好奇心には勝てなかった。
1階へ下りる。部屋の中にいたのは、白髪の男性だった。おそらく、年齢は70歳前後ではないだろうか。
「……坊ちゃん、こちらは?」
「……俺の主人だ。少し前まで、執事として伯爵家に仕えていてな」
「ではなぜ今、二人で暮らしていらっしゃるのですか?」
彼の疑問はもっともである。
だから、ルアーナが答えてあげることにした。
「私達が将来を誓い合った仲だからですわ」
「嘘を言わないでください、お嬢様」
はあ、と溜息を吐くと、ノルベルトは椅子に座って長い足を組んだ。
「彼女は伯爵家で酷い扱いを受けていた。だから連れ出したんだ」
この話は終わり、とばかりにノルベルトが頷く。そして、ルアーナに視線を向けると、白髪の男性について説明してくれた。
「彼はセルジオ。昔から俺の実家に仕えている男だ」
「セルジオ殿……」
昔から仕えている、ということは、ノルベルトの実家はかなり裕福なのだろうか。
(姓がシルヴェストルだから、王家と関係があるのよね? 王家の親戚なのかしら?)
ルアーナが疑問に思っていると、セルジオがノルベルトの両手を掴んだ。そして、泣きそうな眼差しで彼を見つめる。
「坊ちゃん、お願いします。今すぐきてください。坊ちゃんがこの国に帰ってきたと聞いて、陛下はとても喜んでいらっしゃいました。もう何年もの間、坊ちゃんを探していたんですよ」
「……あの、どうして陛下が、ノルベルトを探しているの?」
気になって、つい口を挟んでしまう。すると、セルジオが驚くべき事実を口にした。
「坊ちゃんは陛下にとって、たった一人の弟なんですよ」
◆
必死に頼み込むセルジオに負けて――というわけでもないが、ノルベルトは陛下のもとへ行くことに納得した。
しかし、向かうのは翌朝、きちんと身支度を整えた後、という条件で。
そして一晩明けた今、ルアーナも身支度を整えているわけだが……。
(ノルベルトがまさか、本物の王子様だったなんて)
シルヴェストル王家は元々、レーゲンボーク帝国の貴族だった。とはいえ、ただの貴族とはやはり格が違う。
元剣聖で、おまけに王族。
そんな彼が、『普通に暮らしたい』という理由で身分を隠していたのだ。
「……ねえ、ノルベルト」
髪を結い上げた後、ルアーナはノルベルトに声をかけた。既に身支度を終えたノルベルトが、どうかしましたか、とルアーナを見つめてくれる。
「……ごめんなさい。貴方がシルヴェストル王国へ帰ってきたのは、私のためよね? ノルベルト一人なら、どこでだって生きていけたのに」
シルヴェストル王国なら色々と融通が利くから、と言っていた。けれどもし彼が一人でも、同じ選択をしただろうか。
「ノルベルトは、普通に暮らしたいって言ってたのに……」
「お嬢様」
優しく微笑んで、ノルベルトが立ち上がった。
「もしここへ帰ってきたことを知られたくなかったら、さすがに偽名くらい使います。元々俺は、そろそろ故郷へ戻る予定だったんですよ」
「……本当?」
「ええ。次男だからと散々自由にさせてもらっていましたから。なので、お嬢様のせいではありません」
泣かないでください、とノルベルトがルアーナの涙をそっと拭った。
そこで初めて、自分が泣いていたことに気づく。
(こんなんじゃ、子供扱いされても仕方ないわ……)
次にどんな言葉を口にすればいいか分からなくなって黙ってしまう。すると、ノルベルトがしゃがんで顔を覗き込んでくれた。
「泣かないでください。お嬢様には笑顔が似合いますよ」
「……ノルベルト」
泣き止みたいのに、すぐに泣き止むことができない。そんな自分が嫌になっていると、ノルベルトが覚悟を決めたような顔で言った。
「今泣き止んでくれたら、城までの道のりは、手を繋いで歩いて差し上げます」
「たった今、全身から水分がなくなったわっ!」
反射的に顔を上げる。まったく……と呟いたノルベルトが、ぎゅっと手を握ってくれた。




