第二話
突如、という程でもないが。
気配の方向、気配そのものから魔力を感じた。段々にその魔力は強大になり規則的な流れに整えられていく。
ここは魔法使いだけでなく、異端と呼べる者達を一切合切集めたような島なのだ。当然、今の様に魔法の兆しを感じることはままある。何も気にすることではないのだ。
気にすることではない、ないのだが。
目を向ける。
海岸を囲むように連なる岩山の一つに学ランを着崩した男が見えた。気配はその男のようだ。
男、と言ってみても髪が肩甲骨程まであり、体全体も細く、華奢という言葉に尽きる様な体格をしているので本当に男なのか一見しても―――ガン見しても判断出来ないだろうな。
俺の記憶がヤツを男だと訴え、同時に女だと言うと死にかねないと訴えている。俺はあの男を知っている、知っているハズなのだ。全くとは言わないが塵ほどしか憶えていないけれど。
そして、何より目を引いたのは、似合わない無骨な片眼鏡である。別段目を惹くような奇抜な使用方法をしている訳ではなく、通常通りに装着してる。
それから感じられる魔力は中中のものであり、魔法具であることを示していた。
魔宝具は気にかかったが今はソレを優先して意識すべきではないようだ。
「―――我が望みのままに。我が望みを叶える為に―――」
男は呪文らしきモノを唱え両掌を前にかざしている。誰がどう見ても魔法を使ってますよ、と訴えているのがわかる仕様の構図だ。
気になるのは、その詠唱を聞く限りは攻撃魔法であるという事だ。
「―――我が命に従え。穿て穿て穿て。可視でありながら不可視なりて望みに答えよ」
魔力が属性を持ち、魔法へと変化していく。男の姿は、立ち塞がるように現れたプラズマ雷の球により見えなくなった。いや―――
「め、目がイテェ!」
とある天空の城の王様の気分を絶賛味わえそうな光量を秘めているそれは―――
「雷の洗礼!」
男が魔法の名前を宣言し、発動すると共に雷光へと変化しこちらへ迸ってきた。
「な! おいおいマジかよ!」
ふざけるなよ、と内心叫びながら場に流されず言葉を紡ぐ。
「―――力場展開」
右手に嵌めている指輪が鈍く光る。
詠唱と呼べる程の長さもない一節以下の言葉を紡ぐことにより体内に流れる魔力が動き出すのが感じられる。
「水よ唸れ」
砂浜から紐の様な形状に固められた水が雷と俺の間に割り込み避雷針の様に周囲へと雷を拡散させた。
文句を言ってやろうと目をやると男は再度詠唱を始めている。先と同じ魔法で、それは既に完成の兆しを見せ始めている。
男は明らかに俺を狙い、俺をどうするともりかは知らないが、直接的な結果としては俺を殺そうとしている。
「幾ら暇だからってコレは無いなぁ」
そう言いつつ足に魔力を高め、強化する。
魔力を高めた部位は、その分優れた動きを見せる。先は回避も叶わなかった、対応さえギリギリだった魔法をいとも容易く回避する総力を得られたりするのだ。
「あ、あぶねえ」
少し上着の袖が掠りかけただけで袖は伝熱で焦げた。直撃すればアフロになるぐらいじゃ到底済みそうも無い。
「お前! 避けるな!」
と、驚いた顔をした後に男がそう喚いたがそんな生死にかかわる注文に答えられる訳が無い。
「おい、待てよ。俺はお前に喧嘩を売った覚えはないぞ」
殴りたい衝動を辛うじて抑えつつ平和的解決を試みた。男は顔色を変える素振りも眉間に皺を作ってみせることも、眉の端を動かしてみることもしなかった。詰まる所反応がなかった。皆無と言って良いほどだ。
「力を固めよ。裁きを固めよ―――」
返事の代わりかどうかは知らないが、男は詠唱を始めた。
感じられる魔力から先よりも強力な魔法であることが伺える。
「止めるなら今の内ってとこかな」
魔法には大きく分けて三種類存在する。その内の男が使用している種類である開典体系は、通常はその魔法の強大さに比例して詠唱が長くなる。詠唱の発音スピードは一定でなければ失敗しやすいことから、必然的に強力で強大な程発動までの時間がかかるということだ。当然、例外はあるがこの場合のこの男には当てはまらないだろう。
男までの距離―――およそ30m―――を瞬きする動作時間と同等程の時間で詰める。およそ華奢な身体つきなので魔法に頼り切った魔法使いであると踏んでのことだ。
が、相反して男はその挙動に反応し拳を振りかぶって来ていた。
「お……っと」
咄嗟に仰け反る事で顔面への拳の不時着を回避し、その勢いのまま後転の要領で後ろに回転しつつ距離を開けた。
今の拳を回避しそこねていたらおそらく恐らく俺は昏倒していただろう。
体術で決着をつけるには時間が足りなさすぎたようだ。相手を過小に見る初歩的ミスだ。
俺がやらかしてショックを受け対峙する様な状態を維持している間にも男は詠唱を唱え続けていたらしく、魔法は完成したようだ。
男は手を上にかざし、その先には槍のような形状に固められた雷があった。格闘する以前と同等の距離があるにも関わらず、雷の迸るバチバチといった音が俺の耳に届いた。男を除いて男の周囲は電熱により熱せられ、秘められた魔力により周囲の力場が乱れ歪んでいる。
その様子からそれは必殺であり、死そのものを感じるモノに成っていた。
「雷の槍!」
男は振りかぶり魔法を宣言しながら雷の槍を投げた。
風切り音よりも早いのか、風切り音が聞こえること無く直線的に俺の方へと向かってくる。通過する際に、触れてもいない地面を抉りつつ俺を穿とうとしている。
並の異能では防ぐことはおろか、躱す事も逸すことも出来ないシロモノである。
右手に有すは形こそ盾の形状ではなく、歪な円錐の形状をした肉の塊であるが、一つの盾。
円錐の肉の塊―――|混沌に飲まれ蝕まれる愚行―――は、未完成であるが故に性能こそ落ちているが炎以外のあらゆるモノを逸す魔宝具である。
角度を調節し構えた所で雷の槍が接触した。
男の顔は笑みが浮かんでいる。それは当然だろう。今までの戦闘で雷の槍が常に必殺であり続けたのだろうから。
雷は一瞬の均衡も無く軌道をあらぬ方向に曲げて大気圏外の彷徨へと突き進んで行って見えなくなった。
「さて、痛い目を、いや、死後の世界を見てもらおうか」
俺が耐え切って魔宝具を霧散させ笑みを浮かべると、反比例するかのように男の顔は引き攣っていく。
「|呼び声に覆われた枝分かれの剣」
周囲に風が渦巻く。その中心点となっているのが、俺の右手に収められている一振りの剣。
その刀身は可視出来るほどの風に何重にも覆われて確認することが出来ない。
俺は剣を構え、風を解き放つ言葉を紡ごうと口を動かそうとした。
「そこまでだ!」
声の方を見ると、焦った様子で、息を切らしている兄の姿が見えた。
Unknown Side
今日も何時も通りこの島は平和で、外界に見つかることも無い。
とある馬鹿野郎がこの島を脱出しやがってから脱出を試みる愚かなヤツらが多々現れるようになった。
当時の見張り番では、その愚か者を止められる程の力量は無かったし、定年だった。
そこで、当時一番戦闘が得意だったオレに学園長の白羽の矢が立ったというわけだ。
脱出を考える愚か者は数週間の内にいなくなった。それからは、時々愚か者が出てきはするが、オレ一人で対処出来る範疇の事だったし暇を持て余した。
これから当分は見張り番はオレ以外に必要ないだろうと思っていたのだが、少し前に一人の錬金術師がオレと同じ見張り番に割り当てられてきた。
噂を聞く限り、大した年齢でもないし、戦闘が得意という訳でもないらしいのだが、錬金術師らしく道具の生成や改造等が上手かったり、何らかの魔法物質を探し出すことが上手いらしい。錬金術師としては規格外の天才であるらしい。
オレは半信半疑だったが、その錬金術師から貰った片眼鏡を見て驚愕した。
それは、微々たる量の魔力消費で詠唱も必要とせず、魔力の視認と対象の解析を行えるという代物だった。
オレは戦闘に特化した作りになっているのか、そういう魔法はてんで使えなかったのでそれはそれは驚き感動した。
それから、その錬金術師の事をオレは認め、信頼するようになった。
それから愚か者が数人現れたが、その錬金術師が穏便に片付けてしまった。戦闘は苦手、との事だったが、見ている限りは人並み以上には出来ているように感じられた。天才は苦手も人並み以上なのだろうかと若干自分の弱さを見つめて落ち込んだものだ。
何かあったかといえば、それぐらいなもので、最初の勢いのある時期を除けば、愚か者は30人に満たないんじゃないんだろうか。平和で別段何かあったわけではなく、暇を持て余せたのだ。
先程、その錬金術師が誰かと電話し、にこやかに話したり、焦ったりしつつ、最後には付き合いの長いオレだけが分かりそうな具合で口を引きつらせ何処かへ行こうと席を立った。
いつも以上に表情が豊かだったし、電話相手とは必要以上に親密さが感じられた。家がどうとか言っていたので家族なのだろうか。オレは興味があったので何があったのかと訪ねてみると、面白くないことが起こるかもしれないらしい。電話相手は仲の良い人間じゃなかったのだろうか。
錬金術師は、脈略も無くオレに島の周辺を見回っていてくれと言い残して早足で駆けて行った。
それから数十分後に異変は起きた。
片眼鏡が島の周囲の防壁である幻覚魔法と力場が消滅したことが伝わった。それ程大きくも無い魔力が見えたと思うと、強大な魔法である幻覚魔法が打ち消されたということは有り得なくはないが、現実的にはあり得ないことだった。
殆感知出来ない程度の魔力でこの大魔法を解析してみせるだけでなく、その起点も調べ上げてしまっているということだ。
幸い、すぐに幻覚魔法は展開し直されたが心配事は消えなかった。
オレは、先程の魔力の残滓が進んだ方向へ先回りするように移動すると海岸に着いた。
その海岸は、そこ以外からは見ることが出来ない様な形に岩山がそびえ立っていることから、めったに人が訪れない。そんな場所に見慣れない少年が突っ立っていた。
少年から感じる魔力は明らかに幻覚魔法を一時的に無効化したモノと同じだった。
つまり、少年が犯人で、外部からの侵入者なのだ。
オレはその時、平和を乱す愚か者に怒り狂っていたのでどこかで聞いたことか見たことのある様相である事に気がつかなかった。周囲を見渡してみたが、錬金術師が来る様子はない。彼は、生成等は天才的であるし、感知も人並みに出来るのだが、戦闘に慣れていないのか突発的な敵の感知は少し遅い。つまり、オレが解決するか、彼が来るまで時間を稼ぐ必要がある。
少年の視界に入らないよう死角に移動し詠唱始めた。
「光を使え。熱を持て―――」
幻覚魔術を破壊してきた愚か者ではあるが敵であるとは限らない。
故に、直撃しても辛うじて死なない、医療の専門家に診せれば何とか助かるCランク魔法という選択をした。
生徒相手であればE-からE+ランクであるが、相手は気配から結構な強さであることがわかる。が、感じられる魔力総量や気配の強さから、オレには到底及ばない程度であることも同時に感じられたのだ。
「―――轟を知り敵を穿て。狂いとも狂わず。明るめ様と裁き―――」
片眼鏡ごしに見てみるが、オレが感じたとおりの結果を示した。恐るるに足らない。が、油断は禁物である。
「―――罵られようと突き進め。弾きて壊す―――」
出来る事ならこの魔法一つで無力化出来ることが望ましい―――
オレよりも確実に格下である、と結果は示しているが嫌な予感がする。理性よりも、本能がそう訴えているように思う。
「―――我が望みのままに。我が望みを叶える為に―――」
まだヤツは攻めてこないことからこちらの挙動に気が付いていない。詠唱が早く終わってくれと無意識に願っているオレがいる。何故そう願うのか理解出来ずに困惑するオレもいる。
「―――我が命に従え。穿て穿て穿て。可視でありながら不可視なりて望みに答えよ」
最終節を唱え終える。
それと同時にオレの魔法が構築されていき、オレの目の前に雷の玉が現れた。
どういう訳だかヤツは回避した気配も無く、何か喚いているだけだった。喚き声は雷の発する音により聞こえることはない。魔力の高まりも感じないことから反撃や迎撃を狙っているようにも思えない。
「雷の洗礼!」
オレは相手の不自然さなど気に止めず魔法を宣言した。きっとヤツは予想以上に力が無く、反応出来ないでいるだけなのだろう。そう思い、ある意味そう願い雷の球へと命令を下した。
敵を殲滅せよ。ただ、それだけである。
既に位置的にヤツはオレの魔法を回避できない。オレはそう手応えを感じた。
が、上手くいかないと何故か不安のような気持ちにかられたので、第二波の詠唱を先駆けて唱え始めることにした。
唐突にヤツの魔力が高まった。が、ランクで表すとせいぜいE-がEに変化した程度でしかなく、どうあがいてもCランク魔法を防ぎきれる程のものではなかった。幻覚魔法を破壊していることから油断は出来ない、とは言ってもこの状況でその魔力では熟練の大魔法使いでさえどうしようもないだろう。
いや、魔力など関係ない。絶対的に詠唱時間が足りなさすぎるのだ。
突如雷が拡散する。見てみると、どういう訳だかヤツはあの一瞬の間に水の魔法を行使したようだ。ヤツの目の前に水の紐のようなモノが生成されている。
確認して間もなく第二波を放つ。先ほどと同じ魔法だ。
距離があったからかヤツは足の魔力を高め回避してのけた。
オレは咄嗟の判断に驚きつつ「お前! 避けるな!」と無駄に叫びつつヤツを迎撃出来る魔法を選択した。
「おい、待てよ。俺はお前に喧嘩を売った覚えはないぞ」と、言っているが関係ない。あの魔法を只の魔力による身体強化のみで回避するほどの実力を秘めているのだ。学園の教師でさえソレは出来ないだろう。
それ程の者が正規でない手順で島に入ってきたのだ。それだけで交渉の余地はない。
「力を固めよ。裁きを固めよ―――」
詠唱を始める。先程の二撃の様に相手を気遣うことはもうしない。いや、出来ない。
ヤツはそれに叶う者なのだ。
先のCランクなど足元にも及ばない大魔法―――Aランク魔法―――の詠唱は先程よりも長い。それを知ってか知らずかヤツは動きを見せた。
動いた、と思った次の瞬間に既に肉薄している。30m以上あったヤツとの距離を一瞬で詰められ目を疑いつつも辛うじて反応し拳を振るった。
詠唱は既に第三節へ突入している。あと少し凌げば勝利は確定する。
「お……っと」
ヤツはオレの拳を仰け反る事で回避し、その勢いのまま後転を数度行い、肉薄する以前の距離程度間合いを開けた。
おそらく、学園の教師はもちろん、天才と呼ばれる錬金術師よりもヤツは強い。魔力量などの素質はそれ程でもないが、精錬されている。異様なまでに精錬されているように感じるのだ。
だが、その様な思考にも終止符を打つ。
詠唱の最終節を唱え終え、魔法を宣言するのみでオレの勝利は揺ぎ無いものになるだろう。
手には雷の槍が握られている。Aランクに評価される雷属性のみの魔法では上から数える方が早いほどの威力を持つ魔法である。
「雷の槍!」
ヤツは知りうる中で五本に入る程の驚愕の強さであったので名残惜しいが仕方がないというものだ。
これはオレの必殺に入る魔法だ。先の水の紐程度では触れる前に蒸発するのが関の山だろう。
雷の槍越しにヤツが見える。
距離があろうとも、雷の槍が早過ぎる為に回避は叶わない。
オレは今度こそ勝利を確信した。口の端がつり上がっているのが自分でもわかる。
―――何時からだ。
気がついたときにはヤツの手に何かが握られている。円錐の形状をした―――肉の塊のように見える―――を翳し、雷の槍を軽々と逸らして、いや、反射し上空へと雷の槍は突き進んで行った。それも、オレに直撃するところを敢えて上空へ飛ばしたように見える。
笑みであった口の端の釣り上がりが痙攣をして引きつている様を表しているのが自分でもわかる。
あの円錐の肉の塊に秘められた魔力量が尋常では無かったのだ。世界有数の魔法使い、いや、魔力を持つ生物を一切合切集めてもあの円錐の肉の塊に到底及ばない程の魔力量なのだ。
今の魔法は大魔法使いが準備に準備を重ねてようやく耐えられるような代物のはずだったのだ。
その規格外で自然外である魔力量と詠唱も媒体も必要としていない事から魔宝具ではないかと思ったが、それ程の魔宝具はそうあるものでもないし、ヤツは軽装で隠し持てるように思えない。
そんなオレの混乱を気に止めずにヤツは口を開いた。
「さて、痛い目を、いや、死後の世界を見てもらおうか」
ヤツはそう呟く様に言った。いつの間にか円錐の肉の塊は姿形を消していた。それに気がつくと同時ほどからヤツは恐ろしい笑みを浮かべた。オレの顔が更に引き攣っていることだろう。それを確認している余裕はオレには既に無い。
「|呼び声に覆われた枝分かれの剣」
ヤツがそう静かに言うと、魔力の高まりが感じられないにもかかわらずに風が巻き起こった。
先程のように何時の間にか手に何かが握られている。
剣の様に見えるが刀身が見えない。いや、片眼鏡は反応している。
刀身は確かに存在する。が、それを覆うように幾重の風属性の魔法が掛けられているのだ。それは鞘の様に。
片眼鏡には、その風の魔法が単体でAランク魔法と解析している。剣に至ってはA+以上である。
ありえない。ありえるはずが無い。
Aランクの魔法を幾つも一瞬で、それも魔力を使用せずに展開する事もだが、それ以上に、それほどの大魔法の重ね掛けという規格外の重複大魔法でさえ何らかの切っ掛けがあれば吹き飛んでしまい鞘にさえ成り切れない程の力を、魔力を秘めたあの剣は、それを一瞬で具現したヤツは何者なのだ。
ヤツが剣を構え何かを呟きかけた時に聞き慣れた声が聞こえた。
「そこまでだ!」
天才と呼ばれた錬金術師の声は今までに聞いたことが無いほど危機迫るモノだった。




