北の公爵①
読んでいただいてありがとうございます。
ジークフリードは、最近、頭が痛くなることが多くなった。
今までこんなことはなかったのに。
けれど、ここ最近、常に痛い気がする。
あまりの痛さに、少し目を瞑って座っていたイスの背に身体を預けた。
執務室にあるイスが、ジークフリードの体重を受けて小さく鳴った。
「陛下、どうかなさいましたか?」
声をかけられて目を開けると、いつの間にかリヒトが室内にいた。
「リヒトか」
「はい。本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、悪い。心配をかけた」
「それはかまいませんが、目を瞑っておられたので、心配しました」
「はは、さすがの俺も、ここで死ぬのは嫌だな」
「クレドから戻られてから、ずっと働いているんです。少し休まれては?」
「クレド……そうか、俺はクレドに行っていたんだったな」
ジークフリードは、窓の外を見た。
クレド、クレドで俺は何をしていたんだっけ?
そうだ、雪月花。
『ウィンダリアの雪月花』が墓参りに行きたいと言ったから、わざわざクレドまで行ったんだ。それに、向こうで昔の薬草園を探して森まで行って……それで……それでユリアナが倒れた時に、彼女の傍にいられなかったんだ。
雪月花が……俺を……。
「陛下?」
リヒトの声に、ジークフリードはハッとした。
今、何を考えた?
雪月花だって?雪月花はセレスだ。セレスは、俺の……俺の、何だ?
ジークフリードが、再びセレスのことを考えようとしたら、また頭が痛んだので顔をしかめたら、扉がノックされて男性が入って来た。
髪を全て後ろに撫で付けた神経質そうな顔をした、年齢の割に動きが機敏な男性だった。
「ノクス公爵」
「お久しぶりにございます、陛下」
ノクス公爵ウルジーンは、臣下の礼を取ってから静かにジークフリードに近付いた。
リヒトはウルジーンの姿を見ると部屋の横に移動して、息を詰めた。
ウルジーンは、普段は王都にいない。
自分の領地にいることが多く、王都には年に数回、やって来るだけだ。
だが、彼の出す厳格な雰囲気にリヒトは会う度に緊張している。
アヤトはけっこう平気で公爵の相手をしていたが、リヒトはまだ緊張する。
兄曰く、慣れればけっこうクセになるらしいのだが。
「王都に来ていたのか」
「はい。娘から頼まれたこともありましたので」
「そうか」
「ユリアナが倒れたことは聞いているな」
「後ほど、見舞いに行こうと思っております」
「そうか。毒物のことは聞いているか?」
「聞いております」
「どこから持ち込まれたのか、まだ判明していない。ユリアナもそうだが、アルブレヒトやルークの身辺にも注意を払っている。公爵も気を付けてくれ」
「はい」
余計なことを言うこともなく、少しだけ話をしてからウルジーンは退室していった。
ウルジーンが部屋から出て行くと、緊張をしていたリヒトが力を抜いて、ほっと息を吐いた。
「何だ、緊張していたのか?」
「はい。陛下はよくあの方と平気で話せますね」
ウルジーンはリヒトの父親より少し上の世代に当たり、公爵になってからの年数も経験値も全く違うので、会うのはいつでも緊張する。
いつも以上に頭の中で物事や言葉を考えてからでないと、あの人にうかつな発言は出来ない。
「話して理解出来ない人ではないからな」
「父は、よくあの方相手に好き勝手言えたと思いますよ」
「サキト殿は、ほら、あの顔だから。それにエイベル殿もいたしな」
「あの二人でようやく対抗出来るくらいなら、私などまだまだひよっこです」
未だに慣れないリヒトの言葉に、ジークフリードはくすりと笑った。
◆
「あら、お父様。珍しい方がいらっしゃいましたわね」
イスに座っていたユリアナが、部屋に入ってきた父の顔を見てにこやかに微笑んだ。
いつもは王妃としてきっちりしたドレスを着ているが、今はまだ療養中の身なので、身体を締め付けることにないゆったりとしたドレスを身に纏っていた。
「久しいな、ユリアナ。元気そうで何よりだ」
厳しい顔を崩すことなくユリアナの前に座ると、ウルジーンは侍女の方を見た。
心得ていた侍女は、紅茶だけ淹れるとすぐに部屋から出て行き、父娘二人だけとなった。
「毒を盛られたそうだな」
「えぇ。毒を飲んでしまいましわ」
「飲んでしまった、か。相変わらずだな」
「何のことです?」
笑顔の王妃と厳しい顔のままのノクス公爵。
この表情だけ見ていれば、ほとんどの人間がノクス公爵の方を恐れるだろう。
「望みの者は、手に入ったのか?」
「まだですわ。でも、もうすぐ手に入りそうですの」
「そうか」
「うふふふふ、お父様はいつもそうですわね。わたくしが本当に望んでいる時には、何もしてくださらない。話もしない。そんなだから、子供たちから嫌われているのですわ」
「……だから、どうした」
「お父様の望みは、何なのですか?」
「少なくとも、お前の望みと一致することはない」
「このままだと、わたくしが望みの方を手に入れてしまいますわよ?」
「好きにすればいい。だが、雪月花はどうするつもりだ?」
「あら、意外だわ。お父様が雪月花のことを気にするなんて」
ユリアナがセレスのことを知っていたように、ウルジーンも当然、セレスのことは知っていた。
ウィンダリア本家に現れた、久方ぶりの月の女神の娘。
手を出すことは出来ないが、その動向くらいならいくらでも調べられる。
その存在さえ知っていれば。
「彼女には、色々な方が付いているでしょう? 陛下お一人くらいは、返していただかないと」
「返す?初めから、お前のものではあるまい」
ウルジーンの言葉に、ユリアナはカッとなって近くにあったスプーンを投げつけた。
当たることなどないと分かっていたウルジーンは、避けることもせずにユリアナの方を見た。
「わたくしの陛下よ。お父様だって十年前、わたしくがそのまま王妃になることを条件に、陛下と取引きをしたのでしょう?」
「その方が混乱が少なくなると思ったからだ。アルブレヒト殿下に繋げるためにな」
「孫を国王にしたいだけじゃない」
「勘違いするな。アルブレヒト殿下は、王太子殿下の第一子だ。誰がどう見ても文句の付けようのない、正当なる王位継承者だ。陛下はそれまでの繋ぎだと自ら宣言なされた。確かに当時のアルブレヒト殿下はまだ幼く、王位に就いたところで誰かの傀儡にしかならなかっただろう。陛下が一時的に王位に就いた方が国としての混乱は少ない。そう思ったから取引きに応じただけだ」
「お父様はいつもそう!正当だとか、決まっているからとか言って、わたくしたちにも厳格さばかり求めて!あはははは、そうだった、お父様はつまらない男だったわよね」
ユリアナの言葉に、ウルジーンは表情一つ変えることもなく、ただそこに座っていた。
「雪月花の相手は、すでに決まっている」
「だから、何?陛下のことを諦めろって言いたいの?何度も!何度も!わたくしの邪魔をする雪月花に渡せと?嫌よ。それにお父様のもう一人の可愛い孫が、雪月花のことを好きなのよ。孫の純粋な愛くらい叶えてあげたらどうなの?」
「アレは、そんなものではないだろう」
ルークの心さえ否定するウルジーンに、ユリアナは哀れな者を見るような目で実の父親を見た。
「可哀想なお父様。何も知らない、誰も必要としない。だから、誰からも必要とされない。利用されるだけの哀れな方。お姉様は何故かお父様のことを誤解していたけれど、お父様にとってはわたくしの方がよりよい道具だっただけ」
「……くだらん。そう思うのならば、そう思っていればいい」
ウルジーンはそのまま席を立つと、部屋から出て行った。
淹れられた紅茶は、全く手を付けられていなかった。




