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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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北の大地へ③

読んでいただいてありがとうございます。マンガの方もよろしくお願いします。

 北へ行く前に、セレスは薬師ギルドが持っている調剤専用の家で、昨日と同じように残されていたレシピ通りにのど用の薬を作っていた。

 少々危ない薬を作る時は、薬師たちは万が一漏れても自分たち以外に被害が出ないように、どの薬師ギルドもこうして周りに民家など何もない場所に調剤用の家をいくつか持っている。

 今回は、クレドの街から少し離れた場所にあるこの家を借りられた。

 クレドの薬師たちがここでも調剤をしているが、セレスのやり方に慣れている王都の薬師も何人かここに来てもらった。

 王都の薬師が解毒薬などを作ってくれている間に、まずは簡単なのど用の薬を作っていたのだ。


「そう言えば、あの世界でも、やたらとのど飴やのど関連の薬とかが売れてた時があったよね」


 セレスが生まれた国はそこまででもなかったが、国によっては空気中に細かい物が色々と入っていて、のどが弱い人はすぐに痛めてしまっていた。

 セレスの国にあったのど用の諸々がすごく良い物だと噂になったらしく、一時、ものすごい勢いで売れていたという話を聞いたことがある。


「のどを痛めると辛いもんね」


 のどが腫れるとただでさえ痛いのに、食べ物どころか飲み物を飲み込むのに苦労するし、咳が出ていたら苦しいし、熱も出る。

 セレスは、一度熱が出ると、高熱になりやすい体質だった。

 ただの風邪でさえ高熱が出て、他の病気を疑われるくらいだった。

 初めて鼻の奥の方の粘膜を採取された時は、どうやるのか知らずに油断していて、綿棒がとても痛かった。

 二度とやりたくなかったのに、疑われた時はちゃんとやられた。


「……そうだ、のど飴を作ろう」


 子供でも舐めやすいようにちょっと甘めの味付けをして、でものどに良い成分を使って……。

 セレスが風邪から思いついたのど飴について思いを馳せていたら、ちょうどヒルダが部屋に入ってきた。


「お嬢様、準備が出来ました」


 ヒルダの持って来た籠には、瓶が十本ほど入っていた。


「一応、ここにある解毒薬の全種類と、皆さんが手持ちの薬草で作った解毒薬を持ってきました」

「ありがとうございます」


 セレスが今から作ろうとしているのは、トーイが残した薬だ。

 薬草の種類と似たような作りの薬から、他の薬師たちも交えて議論をして、ある程度の効果は分かっている。

 即死するほど強い毒ではなく、オードリーの葉を使うので精神に作用する薬。

 これは間違いなく魅了の薬。

 けれど、念のために全ての種類の解毒薬を用意して、王都から来ている同僚たちに、考えられる範囲での解毒薬を作ってもらった。

 同じ部屋にいたら万が一という事態もあるので、ヒルダには外で見張っていてもらい、もしセレスが倒れたらすぐに他の薬師を呼んでもらうつもりでいたのだが、それはヒルダが拒絶した。

 セレスが倒れたらすぐに薬を飲ませなくてはいけないし、誰が他の薬師に知らせるのか、と言われて、セレスも諦めた。

 確かにセレス一人だと、倒れたらそれでお終いだ。

 ヒルダには扉近くに待機してもらうことにして、セレスは必要な薬草を机の上に並べた。


「お嬢様、これが、毒薬の、いえ魅了の薬の元になる薬草たちですか」

「はい。薬師たちからすれば、馴染みのある薬草ばかりです。このオードリーの葉を除いては。不思議ですよね、一つ一つはありふれた薬草で、熱冷ましや切り傷用の塗る薬、それに、保湿用のクリームに使われていたりと、これらを購入しても特に不審がる物ではないんです。花屋さんではこの薬草たちの花を売っているので、心が落ち着くからと、部屋に飾っている人もいるくらいです」

「小さな物でも寄り合えば、大きな作用をもたらすんですね」

「はい」


 師匠も言っていた。

 十年前、特に不審な薬草の購入履歴はなかった、と。

 どれもこれも薬師なら当たり前に使うものばかりで、大量に購入していても誰も不審に思う者はいなかった。

 状況がひどかったということもあるけれど、王都内のどの薬師が魅了の香水の元となる液体を作ったにせよ、その人に捜査の手が及ぶことはなかった。


「ヒルダさんは扉の近くに待機していてください。それから鼻と口は布で覆ってくださいね」

「お嬢様、危険だと思ったら、すぐに調剤を中止してください」

「はい。ヒルダさん」


 セレスとヒルダは鼻と口を布で覆うと、セレスはイスに座って調合を始め、ヒルダは扉の近くに立った。


「これで出来るのは、精神に作用する薬なので、幻覚とかに気を付けてください」

「分かりました」


 よりいっそう真面目な顔でヒルダが頷いたので、セレスは薬を作ることだけに集中した。

 それからどれくらいの時間が経ったのか、集中していたセレスには分からなかったけれど、目の前に出来上がったのは、白っぽい粉だった。


「これから、最後の仕上げに入ります」

「はい」


 白い粉にオードリーの葉を粉々にした物を慎重に混ぜ合わせていく。

 ゆっくりかき回すと、緑色だったオードリーの葉が白に混じって、緑が消えて行った。

 残ったのは、先ほどと変わらぬ白い粉。

 先ほどと違うのは、これがもう魅了の薬と言われる別の薬になってしまったことだ。


「……こんなに、普通の薬草で出来る薬なのに……」


 不完全と言われた魅了の香水でさえ、あれほどの規模の人間を操ることが出来たというのに、真の魅了薬であるこれは、どれほどの人を操ることが出来るのだろう。

 セレスは、薬を見て怖くなった。

 けれど、この効果は確かめなければ。


「ヒルダさん、これを今から少し飲んでみるので、万が一があったらお願いします」

「気を付けてください」


 セレスは、ほんの少しだけ白い粉をスプーンですくうと、まずは匂いを嗅いだ。


「……匂いは、少しだけ青っぽい臭いが残っているけど、これくらいなら時間経過、もしくは、強い匂いの物を一緒に混ぜてしまえば消える程度。これ単品でも、それほど気になることはない」


 セレスの言葉を、ヒルダが書き留めていく。

 それからそっと、口に含んだ。


「舌がしびれることはなし。味は少しだけ、酸っぱい。薬の量次第だけど、紅茶や料理に入れてしまえばこちらも消える。単品で飲まない限りは、使用されているかどうかの判断は難しい」


 それから、セレスはそっと目を閉じた。


「のどを通る時も、痛み等はなし。目をつぶって感じるのは、何だろう?ちょっとだけ、身体の内側から温かくなってきている?ふーん、この温かさが心地良く感じる要素の一つになるんだね」


 それからゆっくりと目を開いた。


「幻覚症状はなし。物が二重に見える症状もなし」


 セレスは近くに置いてあった香水の瓶を開けた。

 これは普段からセレスが使っている香水で、爽やかな花の香りがする物だ。


「匂いに対しては敏感になっていて、いつもより花の匂いを強く感じる。嗅覚に作用する効果あり。ヒルダさん、私の名前を呼んでください」

「セレスお嬢様」


 聞き慣れたヒルダの声が、いつもより頭の奥に届く感じがする。


「……聴覚に異常あり。人の声がいつもよりはっきり聞こえて、頭の奥に届いている。私の名前を呼んだ後に、立ってって命令をしてください」

「はい、セレスお嬢様、立って」

 

 ヒルダの声が聞こえると、自然に身体が立ち上がろうとする。

 今はまだ抵抗出来るが、これで薬の量が増えてもっと強く影響下に置かれれば、何の疑いもなくその命令に従うだろう。

 セレスは、立ち上がると机の周りを歩いた。


「立ちくらみはなし。命令された時はやはり声がいつもより鮮明に聞こえて、今も頭の中で何度も同じ声が立ち上がれと命令してくる。試しに解除って言ってみてください」

「解除」

「あ、消えた。これ、大雑把な命令でも、細かな命令でもどちらでもいけるのかな?最初に、自分に逆らうな、とか、不利な状態にするな、とかの命令をしておけば、追加で出来るのかな」

「そこまで試すつもりですか?」

「いいえ。さすがにそれはしません。ほんの少しの薬の量でもけっこう声に従いたいって思ってしまうので、これ以上は本当に危ないです」


 声で操られる、というのは、魅了の香水と一緒だ。

 あの時、試してくれた騎士は、優しい声に絡め取られるようだったと言っていたが、こちらは絡め取られるどころの騒ぎじゃなくて、強力な命令下に置かれるような感じを受けた。


「視覚、触覚、味覚に変化はないけど、聴覚と嗅覚に作用する薬と考えていいかも。耳と鼻に作用する解毒薬をお願いします」

「はい、これとこれですね」


 籠の中から瓶を二つもらうと、セレスはそれぞれ一気に飲み干した。


「……マズイ。いくら手持ちの薬草だけで作ったって言っても、もうちょっと味を何とかしてほしかったよ。ちょっとした嫌がらせ?」


 渡されたのは、王都の薬師が作った解毒薬だ。

 もうちょっと時間と材料があれば、飲みやすい物にしてくれたのだろうが、今回はそこまで手間暇をかけていないようで、味がそのまま残っている。


「覚醒するのにちょうどいいのではありませんか?それで、どうですか?」

「少し落ち着きました。もう一度、立ってって命令してください」

「セレスお嬢様、立って」


 今度はヒルダの声が、そこまで鮮明に聞こえなかった。頭にも残らないし、立ち上がろうという衝動に駆られることもない。


「さすが、すぐに効きますね。聴覚は元に戻ったかな。嗅覚は、うーん、もうちょっとですね」


 鼻はまだ敏感になっている。こちらは戻るまで、もう少し時間がかかりそうだ。


「でも、これではっきりしたから、解毒剤は聴覚と嗅覚を治す薬草を中心に作ればいいと思います。でも、精神の方は……」

「問題がありましたか?」

「興奮していたわけじゃないし、気分が高まっていたわけでもない。どちらかというと、感情の波が少ない感じ?これって鎮静剤?興奮剤の方?色々と問題が出そうかな、って思えます」

「精神ですか。一番、分かりづらいところですね」

「ですよね。しかも今回は、興奮しているわけでもなかったから、鎮静剤というよりは、自我を保てるような薬が必要?さすがにそんな都合の良い薬はないかなー。そんな薬があったら、十年前に作られていたと思いますし」


 魅了の薬は、実物こそ作られていないけど、薬師ギルドの長クラスの人間なら作り方を知っていると聞いたことがある。それとこれが一緒の薬なのか分からないけれど、作り方が分かっていれば、解毒剤を作ろうと思った人間がいないわけがない。それなのに、解毒剤がないということは、そういうことなのだと思う。

 今回セレスは、ほんの少量だけ、しかも一度っきりの使用だったから、簡単に治ったのだろう。

 これが長期間の間に渡ってたくさんの量を摂取した人間なら、きっと既存の解毒薬では治らない。

 セレスだって、薬師だ。

 それくらいは、分かる。


「師匠にもこれの作り方は知らせておきますが、基本的に、この薬は作ってはいけない薬です」

「そうですね。ですが、知っているかどうかで色々と変わると思いますよ」

「はい。私もそう思います」


 こういう薬の存在を知っているかどうかで、患者の症状を見た時に判断する材料が多くなることは確かだ。


「ちょっと時間が経ちましたが、今はどういう感じですか?」

「さっきまでおかしかった嗅覚も戻ってきました。今は普通の感覚で匂いが分かりますから。さっきまでは、すごく香水の匂いが気になったんです」


 魅了の香水を嗅いだ者に同じような症状が現れていたのなら、匂いだけで中毒症状を起こした理由が理解出来る。

 その匂いをずっと嗅いでいたかったのだろう。

 何度も何度も自分の心の中に入ってくるような匂いを嗅がされて、嗅いでいないと気分が悪くなって、頭がどうにかなっていまいそうになるのだ、きっと。

 息をするのと同じように、匂いを体内に取り入れないと、自分自身が壊れてしまいそうになるのだろう。

「人を操る薬って、本当に怖い薬ですね。これがほしくて、自分の意思とは関係のないことばかりやらされて……」

「お嬢様」

「こうやって隠されていても、別の人がまた新しく作ってしまう。私も作ってしまったし、人のことは言えないですが……」


 真剣な顔でぎゅっと自分の拳を握りしめたセレスに、ヒルダが心配そうな声を出した。


「……これは、昔からある薬ですよね?」

「はい、そうです。すくなくともザイオン王の時代にはあったと思います」

「その時代から人の身体の構造とかは全然変わっていません。お嬢様たち薬師の皆さんは、まずは身体の傷や病を治す薬を作りますが、心が傷ついていたらどうにもなりません。身体だろうが心だろうが、傷ついた人を何とか治したいと思うのは、薬師の性なんじゃないでしょうか?」

「治そうとするのが薬師の性。……そうですね、言われてみれば、そうかもしれないですね」

「いつの時代の薬師も、考えることは一緒だと思います。でも、治すからにはその特性をよく知ることも大事ですよ。身体のことも、薬のことも。お嬢様が作らなくても、他の誰かがきっと作ったと思います」

「私だけって思うのは、傲慢ですね。私が出来る発想なら、他の誰かも出来る。私が作れるのなら、他の誰かも作れる。大切なのは、それをどう使うか、ですよね」

「そうです。上手く言えないですが、お嬢様みたいに、解毒薬を作りたいからっていう発想の人だって、一度は作ってしまうと思います」

「ふふ、ありがとうございます」


 自分だけしか作らないという発想は、傲慢でしかない。師匠も、同僚たちも、同じ状況になったらきっと作る。作って、その薬の特性を知って、誰かを助けるために、セレスよりももっと確実な解毒薬を作るかもしれない。

 そう思ったら、気分が少しだけ軽くなったのだった。

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― 新着の感想 ―
まさにジークがかんじたであろう様子そのままの症状。 まにあうのかな、間に合うよね、と案じつつセレスの製薬を見守っています。
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