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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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北の公爵②

読んでいただいてありがとうございます。

 王妃の部屋を出てしばらく歩いたウルジーンは、チラリと背後を見た。

 部屋の扉は固く閉ざされており、そのから中の様子を窺い知ることが出来ない。

 ウルジーンは己の手を見た。

 手は、微かに震えている。


「……ふん」


 ポケットに手を突っ込み、そこから飴のようなものを取り出すと、それをかみ砕いて飲み込んだ。


「ユリアナ、お前はまだ知らんだけだ」


 雪月花のことも、ノクス公爵家のことも。

 密かに伝えられていることも。

 ウルジーンが若い頃、先王の元にいた幼い雪月花と密かに会ったことがあることも。


「ヒルダ、ユリアナ、お前たちが相手にしているのは、女神の娘なんだぞ」


 あの異質な存在に、どうしてそこまで心を奪われるのか。


 王族は、『ウィンダリアの雪月花』を守ろうとする。

 ノクス公爵家は、『ウィンダリアの雪月花』を憎む。


 どちらの一族も、女神の娘という存在に翻弄されている。

 ウルジーンが幼い雪月花、アリスに出会った時に抱いた感情は、恐怖だ。

 自分の全てを見透かされて、彼女の思う通りに動かされる恐怖を感じた。

 あんな何も持たない幼女に、恐怖したのだ。

 あの時初めて、雪月花に出会った時に迷うことなく当時の国王に連絡をして、さっさと引き取らせたという祖父のことを理解出来た。

 子供の頃は、どうしてその雪月花を利用しなかったのかと思っていたが、いざ自分が雪月花と直に会った時には、祖父の気持ちを理解出来てしまった。

 あれは、この世にあってはいけない存在だ。

 少なくとも、自分の領地にいてはいけない。

 そう思うのに、領地には雪月花が訪れるであろう月の女神の神域がある。

 王都やウィンダリア侯爵領にある月の神殿が知らない、秘密の神域。

 女神の娘を憎みながらも、その神域を守ることを義務づけられた自分たち一族。

 今まで幾度となく雪月花を傷つけ、その罰を受けてきてなお、神域を守るこの矛盾。

 何故自分が生きている間に雪月花が現れたのだろうと、恐怖していた。

 アリスが死んだ時には、ほっとしたのを覚えている。

 そして、セレスティーナ・ウィンダリアが生まれた時には、あの恐怖を再び味わうのかと思った。

 二度も関わり合いになるなんて。

 王太后は、よく二人も雪月花を可愛がれるものだと思っていた。

 ヒルダかユリアナか、そのどちらかを王太子に嫁がせようとしたのは、それがノクス公爵家の直系に生まれた者の役割だと思っていたからだ。

 その程度のことも出来ずに、ノクス公爵は名乗れない。

 ノクス公爵家は、王家を雪月花から守る盾の役割を持つ家なのだから。

 だから、娘が混乱を招いているのを知って、こうして王都に出てきたのだ。

 盾の役割を持つ者が、武器を片手に王家を乱しているから。

 このままでは、王家にとって娘は雪月花と同じ、混乱をもたらす者になってしまう。

 それも、薬を使って。


「愚かだなユリアナ。本物は、薬などいらんのだよ」


 何故なら、『ウィンダリアの雪月花』という存在が、魅了そのものなのだから。


  ◆


 アルブレヒトとルークは、祖父が王都に来ていることに驚いていた。

 まして、その祖父が二人に面会に来たことにも。

 母の父だが、あまり接点はない。

 会う時も、あくまでも自分は臣下だという態度を崩すことのない祖父との付き合いは、どちらかというと公の場だけだ。

 二人がいる部屋に入って来た祖父に、まずはアルブレヒトが声をかけた。


「お久しぶりです、ノクス公爵」

「お祖父様、お元気そうでなによりです」


 アルブレヒトはノクス公爵と呼び、ルークは祖父と呼んだ。

 ピクリと微妙な反応を見せたのは、ルークの言葉の方だったが、そのことにルークは気が付かなかった。


「どうしてこちらに?」


 多少、緊張しながらもアルブレヒトが聞いた。


「王妃様が倒れられたと聞いたので、見舞いに参りした」

「母上はもう大丈夫です、お祖父様」


 祖父が母の見舞いに来たと聞いて、喜びの表情になったのはルークの方だった。

 アルブレヒトは、少々訝しんだままだ。

 この全く違う顔をする兄弟を、ウルジーンは冷静に観察していた。

 調べた限りだと、ルークは雪月花に夢中になり、アルブレヒトは雪月花と友人関係を築いている。

 友人関係くらいならば、仕方ない。

 アルブレヒトも王族である以上、雪月花に関わらずにはいられない。

 だが、夢中になっているわけでもないし、これくらいなら過去の一般的な王族と同じだ。 

 問題は、ルークの方だ。

 雪月花という薬が効きすぎている。

 何故、という疑問しか浮かばない。

 当代の雪月花の守護者は、国王ジークフリードだけだ。

 ルークにこの症状が出る辺り、やはり雪月花というのは、存在そのものが誰かを魅了する者なのだ。


「お二人は、雪月花にはもう会われましたか?」

「公爵!それは」

「知っている者は知っていることです。公爵と名乗る者が、雪月花の存在を見逃すことはありません。隠されているのならともかく、当代の雪月花は表に出すぎていますから」

「……まぁ、確かに。彼女とは良き友人になれましたよ」

「そうですか。ルーク殿下はどうですか?」


 アルブレヒトの答えにさほど興味を示さなかったウルジーンの鋭い目に射貫かれて、ルークは言葉に詰まった。

 最初から、ウルジーンはこの質問をルークにしたかったのだ。

 アルブレヒトではなく、雪月花に恋心を抱くルークに。

 ウルジーンはルークの気持ちを知っていてなお、本人の口から答えを聞きたがっているのだ。


「僕、は……」


 ルークが口を開くと、ウルジーンの目がさらに鋭くなった。

 ゴクリと唾を飲み込むと、ルークは意を決した。


「僕は、彼女のことが好きです」

「ほう。それは、雪月花を妻に望む、ということですか?」

「はい」


 ブレずに答えたルークを、ウルジーンはじっと見つめた。


「何故ですか?」

「え?」

「何故、雪月花でなければいけないのですか?ルーク殿下、貴方は雪月花という厄介な薬に惹き付けられているだけではありませんか?」

「薬なんて、セレスは人間ですよ!」

「いいえ、雪月花です。雪月花という存在こそ、人を惹き付けて魅了する薬そのものだと思いませんか?」

「お祖父様はセレスに会ったことがないから、そんなことが言えるんです!セレスは確かに魅力的な女性だけど、そんな誰彼構わず魅了するような魔性の女では断じてない!」


 ルークが、ウルジーンに真っ向から激怒して叫ぶように言った。


「誰彼構わず、とは言っておりません。そもそも雪月花が魅了するのは王族ばかりです。時の権力者ばかりを魅了する存在なのですよ、雪月花は」

「それは、雪月花と王族の宿命であって」

「宿命?それは、誰がどう決めたものなのです?」


 ウルジーンの鋭い視線と言葉に、ルークの方は言葉に詰まった。


「止めろ、ルーク。公爵もだ。悪いが公爵、雪月花と王族の間には、貴方には分からない絆のようなものがある。そうである以上、それが分からない貴方と話すことはあまり出来ないだろうな」


 アルブレヒトが二人の間に入ったのだが、どうしてもルークを庇う形になってしまった。

 端から見ると、ノクス公爵が王族と対立している構図に見えてしまうかもしれないことをアルブレヒトは危惧し、なるべく穏やかな口調で話しかけた。


「……そのようですな、失礼いたしました、殿下方。ですが、私の言ったことも覚えておいてください。その絆とやらが分からない者から見れば、雪月花とはそういう存在なのです」

「心しよう。ありがとう、公爵、そのことを教えてくれて」

「兄上!」

「ルーク、お前も落ち着きなさい。誰も彼もが、お前と同じ見方をしているわけではないよ。それは雪月花のことだけではない。人の数だけ、物事の見方があるのだと思っておきなさい」

「……はい」


 アルブレヒトが話をしたことで少しルークが落ち着いたので、アルブレヒトはウルジーンの方を見た。


「公爵、悪いが今日はここまでだ」

「そのようですね。では、失礼いたします」


 さっと踵を返して部屋を出て行ったウルジーンを見送ると、アルブレヒトは改めてルークを見た。


「ルーク、公爵に乗せられてはいけないよ」

「……はい、申し訳ありません、兄上」

「ノクス公爵家は雪月花排斥派だ。そうやって、四大公爵家と王家のバランスを保ってきた家でもある。あれが公爵の本音かどうかは分からないが、ノクス公爵家の基本はいまの意見だと思っていいと思うよ」

「……母上は?ノクス公爵家の基本が雪月花の排斥なら、どうして母上は……」

「君に手を貸すか?さてね、母上が何を考えているのか私にもよく分からないよ。ただ、母上が望んでいるのは雪月花の排斥じゃない。それだけは覚えておきなさい」

「兄上、それはどういう意味です?矛盾しませんか?」


 アルブレヒトは、曖昧に微笑んだ。

 おそらく、母が望んでいるのは国王その人だ。

 ジークフリードを手に入れるために邪魔な存在。

 それがたまたま雪月花だっただけだ。

 たとえばそれが他国の王女ならば、そちらを排除しただろう。

 雪月花とかどうでもいい。

 ジークフリードを手に入るために、邪魔な存在。

 母にとって、セレスという少女はそういう存在なのだ。

 ルークに押しつけてしまえば、色々な意味で一番いい。

 王族と結ばれ大切にされる雪月花。

 それさえ守ればいいのだ。


「ルーク、母上を頼るのならば、母上が何を望んでいるのか、しっかり見極めなさい」


 それは、自分も同じだ。

 アルブレヒトは、友人を思い浮かべて小さくため息を吐いたのだった。


  ◆

 

 ウルジーンが王都にある屋敷に帰ると、部下が急いでやって来た。


「旦那様、クレドから連絡が来ました」

「何だ?」

「例の者が、どうやら領都近くにある万年雪の山に向かうようです」

「何だと!誰があの山の存在を教えたのだ!」

「どうやら、クレドの薬師ギルドに、あの村の出身者がいたようです」

「チッ!若くはないな」

「はい。おそらく六十は超えているかと」


 村を離れた者たちがどこで生きているかは、ある程度の年齢の者までは把握している。

 それは雪月花が生まれた頃から調べさせているので、それ以前に山を離れた者でその所在が分からない者が幾人かいた。

 もし雪月花の近くに山の村の出身者がいたら、いつ山のことが雪月花に伝わるか分からない。

 そういう危険を前もって察知して、出来れば阻止したかったのだが、流れというものは止められないようだ。


「ならば、あの山こそが、ナーシェルが雪月花を摘んだ場所だとばれたということか」

「おそらくは」


 六十を超えた者ならば、祖父母くらいからナーシェルの話を聞いているかもしれない。それが、本物の雪月花と出会えば、自然にその話になる。

 それに、今、雪月花の護衛はヒルダだ。

 だが、ヒルダは、昔話までは知らないはずだ。

 あれは、どちらかというと庶民の……。


「……近くに北の出身者がいれば、ヒルダでなくても教えられるか」


 ウルジーンはしばらく考えた後に、部下に命令をくだした。


「女神の娘の邪魔は出来ん。だが、私も領都に戻るぞ。明日の朝一で王都を出る」

「はっ!」


 ルークに、当代の雪月花に会ったこともないくせに、と言われたのならば、会ってみようではないか。

 あの頃のように、再び雪月花に恐怖を抱くのか。

 それとも、しょせんは小娘と思うのか。 

 どちらにせよ、会って見なければ、何も始まらない。

 娘は国王を手に入れることに夢中になっていて、ノクス公爵領のことまで気が回らないだろう。

 部屋に戻るとウルジーンは、ソファーに座った。

 思い出すのは、あの少女。


『ねぇ、ウル、内緒の話をしましょう?』


 何度もウルと呼ぶなと言ったのに、その呼び方を生涯変えることをしなかった少女。

 そもそも秘密裏に育てられていたのに、どうしてわざわざ私の前に現れていたのか。

 それも、いつもいつも傍に誰もいない時に。

 危険だと、不用心だと、何度も怒ってやったというのに。


『お願いがあるの』


 頼み事ならお前にひっついている二人に言えと、不機嫌な顔で伝えても、聞く耳を持たなかった。


『ウルがいい』


 最後に折れたのは、こちらの方だった。


『何だ?』

『あのね……』


 こそこそとされた内緒話を、ウルジーンは承諾するしかなかった。


『恨むぞ、銀の魔女よ。こんなことを私に言うとはな』

『うん。お願いね。それから、これは絶対に秘密よ。貴方とわたしだけの秘密』


 約束の証として握手した少女の小さな手を、今でも覚えている。

 正直に言うと、あの二人が知らない話を少女と共有するのは、少しだけ優越感に浸れた。

 ウルジーンは己の手を見た。


「くそ、アリスの馬鹿者め」


 記憶の中で、幼い雪月花がウルジーンを見つめていた。


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