老人の言葉①
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薬を作る手順は昔も今も変わらないので手早く胃薬を作ったセレスは、その効果を確かめるべく、志願してくれた胃痛持ちの薬師とギルド長に薬を飲んでもらうことにした。
ギルド長が、これで長年の胃痛から解放されるのなら! と周りの人間を見渡して言っていたので、どこのギルド長も、部下の暴走に胃が悲鳴を上げているようだ。
薬師たちは、将来の自分もああなるのかも、と思い戦々恐々としていた。
飲んでしばらく様子見をしている間に、目を輝かせていた老人がセレスを薬師ギルドの資料室へと呼んだ。
「すまんのぅ。わざわざ来てもらって」
「いえ、それで何の用でしょうか」
出来れば二人で話をしたいということだったので、護衛のヒルダは扉の外で待機してもらっている。
「お前さん、あのレシピはどこで手に入れた?」
「……それは……」
「あれは、トーイ・フージのレシピじゃないのか?」
「……ッ!はい、そうです」
セレスがトーイの名前に驚いて顔を上げると、老人がじっとセレスの方を見ていた。
「やはり、そうか」
「あの、トーイ・フージという方について、何かご存じなんですか?」
セレスの問いに、老人は書棚から古い本を取り出した。
「これは?」
「トーイ・フージという薬師が書き残したレシピ集だ」
「ここにも残っていたんですね?」
薬師ギルドの資料室にこんな本が残っているとは思わなかった。
「ワシは若い頃に一度、ここの整理をしたことがあってな。その時に気になったので、これを読んだことがあったんじゃ。どこで知った?」
「あの、オルドラン公爵家にある図書室です。元は男爵家の別荘にあった、隠された地下室にあった本だったそうです」
「そうか。まぁ、昔のことだ。何があったのかは推測しか出来ないが、同じ人物が書いたとみていいだろう。だが、お前さんはそのレシピに隠されている薬について、気が付いているな?」
老人の鋭い眼光に、セレスは少しためらいながらも頷いた。
「いくつか、隠されていたレシピを見つけました」
「だから、オードリーの葉が必要だったのか?」
「……はい……」
「アレは危険な薬じゃぞ?噂で聞いた、十年前に流行ったという魅了の香水以上に」
「……魅了の香水のことを、ご存じなんですね?」
「魅了の香水は、出来損ないの薬じゃろう?十年前、噂だけは聞いておったが、この本に載っている薬とは違うと思ったもんじゃ」
「ですが、話を聞いた限りでは、十分に威力を発揮していたように感じました」
「だが、あのレシピから出来るであろう真の薬は、もっと強い。お前さんもそう思っているんだろう?」
老人の言葉に、今度はためらわずに頷いた。
「私はつい先日、偶然にも十年前に使われたであろう魅了の香水を作り出してしまいました。お父様の配下の騎士が試しに使ってくれたのですが、正直、思っていたよりは軽いな、と」
「作ったのか?魅了の香水を?」
「はい」
「危険極まりないな」
「……はい」
「……だが、それもまた薬師の性か。毒を作れない者に、解毒薬は作れん。自分で作ることによりその毒の性質を知り、それゆえにその毒に抗する薬を作れる、か」
「一度作られた毒を、元の素材の状態に戻すことは出来ません。同じ毒を作るのが、その毒を知るのに一番いい方法です」
セレスが生きた異世界のように、毒を分解したりその成分を調べたりする技術がこの世界にはない。
自然に出来た毒はともかく、人が作り出した毒に関しては、何をどれだけ必要とするのか、また、その毒の作り方を記したレシピが本物であるのかどうか、などを確かめるためには一度作ってみるしかないのだ。
セレスがアヤトからそのことを教えられた時、セレスは正直、怖かった。
薬を作って、誰かを助けることが出来る薬師だが、それは同時に、誰かを殺すことも出来る職業なのだ。
薬と称して毒を盛ったとして、飲むまでにそのことに一体誰が気が付くというのか。
毒と薬は表裏一体なのだ。
薬だって、飲み過ぎれば、それは毒となりうる。
「そうか。ならば、作るつもりでいるのだな」
「はい」
「悪用は」
「しません。作ってみてそれが本物のレシピだったら、解毒薬を作りたいと思っています。私の代で使われなくても、いつか必要になるのなら、残しておきたいんです」
答え次第では何とか作るのを止めさせる気でいたが、解毒剤を作りたいと聞いて、いつかに備えるのもまた薬師の務めだと理解した。
「一度作られた薬だ。これから先、再び作られる可能性はある。お前さんが魅了の香水を再現したように」
「そのためにも、残しておきたいんです。今の私なら、作れる気がしていますから」
「……そうか……。それはそうとして、お前さん、一度、北の方に行ってみないか?」
「え?」
レシピの話から急に北の方の話になって、セレスは戸惑った。
先ほどまでの真剣な表情をしていた老人が、今度は懐かしそうな表情をしていたのだった。




