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侯爵家の次女は姿を隠す。(書籍化&コミカライズ化)  作者: 中村 猫(旧:猫の名は。)
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真の薬と偽の薬⑦

読んでいただいてありがとうございます。次巻の描き下ろし、がんばりました。発売日はまたお知らせいたします。

 薬師ギルドに帰って森で採取した薬草を確認したセレスは状態の良さに喜んだが、クレドの薬師たちは冷静だった。

 豊富に在庫があるとはいえ、基本的に人の手で栽培された薬草ばかり見ているセレスと、在庫は少ないが、森で採取した天然の薬草を見ているクレド組との差が出た喜び方だった。

 王都に一番近い森でも天然物は採れるが、森の浅い部分は生えたらすぐに誰かが採ってしまうので、ここまで育たないのだ。

 森の浅い部分での薬草採りは冒険者になりたての子供でも出来るし、常時依頼として出しているので、採った者勝ちというところはある。


「これなら、色もいいし、栽培物に混ぜればちょっと効果があがるかもしれませんね」

「いい薬草ですよね。ここの大地の状態の良さが分かります」


 クレドの薬師が渡した薬草を確認している間に乾燥部屋を覗くと、粉々のオードリーの葉がいい具合で乾いていた。


「うん、しっかり乾燥してる」


 ここで風が吹いたら一気に飛ばされてしまいそうになるくらい、ちゃんと乾燥している。

 吸い込まないように布で口を覆ったセレスは瓶の中に乾燥したオードリーの葉を入れ始めた。


「これを使うと、どんな薬が出来るんですか?」


 同じ様に布で口を覆って手伝ってくれた若い薬師が、乾燥した葉を見ながら聞いてきた。


「これから作るのは、胃薬です」

「胃薬? これから出来るんですか?」

「はい。胃がムカムカしたり痛んだりするのを抑える薬です。胃って、どういう時にそういう症状が出ると思いますか?」

「食べ過ぎたり、お腹が冷えたりした時とか、ですかね?」


 まだまだ若い薬師は、それ以外に胃が痛むという経験をしたことはないようだ。


「それもそうですけど、他にも精神的にきつい時とか、緊張がすごい時とかにも胃って痛むことがあるんです」

「確かに。となると、俺も将来的に必要な薬になるのかな?」


 どうやら先輩たちに振り回されているらしい薬師が、思わずそう口に出した。


「いりますか?」

「いるでしょうねぇ」


 先輩たちは必要としていないようだが、振り回される自分には絶対に必要な薬だと思われる。


「ですが、その手の薬は今もありますよね?」


 わざわざオードリーの葉で作らなくても、その手の薬はあったはずだ。

 もちろん、他の薬草で作られているから全く同じ効果があるとは言えないけれど。


「あります。ですが、今ある薬はオードリー草がなくなってしまったから、他の薬草で代用した薬です。薬草の種類から考えると、この薬は、痛みを抑えて胃を守るのと同時に、精神を落ち着かせる効果もあるみたいなので。胃を守る効果はそこまで強くなさそうだから、どちらかと言うと、精神を落ち着かせる効果の方が高いようですね」

「あー、ますます将来の俺に必要な薬ですねー」


 きっと、将来他の薬師の尻拭いのために奔走するであろう自分に、絶対に必要な薬だと思われる。


「オードリー草、王都でも栽培出来ないかな?」


 この辺りの気候でギリギリなら、もうちょっと暖かい王都では無理かもしれない。

 北の地域に住んでいる、薬師ギルドに好意的な貴族の領地でなら……、セレスが学習した限りだと無理かもしれない。

 何せ北の方を治めているのは、ティターニア公爵家と敵対することの多いルクス公爵家なのだから。

 ティターニア公爵の兄がギルド長を務めている薬師ギルドの言うことなど、聞いてもらえないだろう。


「気候的に王都では無理でしょうか。北の冬の寒さって、王都の比じゃないと思いますし」

「そうですね。元々がそういう寒い地域の薬草なら、王都は暖かすぎると思います」


 住んでいる身としては、王都の冬もけっこう寒いとは思うのだけれど、そんなの比じゃないくらい北の冬は厳しい。夏も王都ほど気温が上がらないので、夏の間の避暑地として北に向かう貴族もいるくらいだ。


「ここでギリギリくらいですね。でも、もしその薬が今の薬よりよさそうなら、オードリー草の増産をお願いするしかないのかも」


 貴重な薬草なので、出来れば岩の神殿以外でも作ってもらいたいが、神殿側が長年栽培して培った知識もあるだろうから、簡単にそんなことは言えない。

 薬師ギルドもそうだが、知識の流出はなるべく避けたい。

 正確な知識ならともかく、間違った知識が流出した結果、いらん騒動を起こす可能性だってある。

 特にオードリー草は精神に作用する効果を持つ薬草だ。

 きちんと量を考えないと、それこそ麻薬のような物が出来てしまう。


「薬に入れる量もだけど、飲む量も考えないと人の身体にとって有害な薬になってしまうので、扱いは気を付けないといけないですね」


 大きめの瓶が一杯になるほど集まったオードリーの葉。

 この薬草が悪いわけではなく、全ては扱う人間次第だ。


「とりあえず、作ってみます」


 セレスが調剤室へと向かうと、予約していた調剤スペースの周りに大勢の人間が待っていた。

 クレドの薬師たちが、セレスのことをまだかまだかと待っていたようだった。

 どの人も、目が好奇心でキラキラと輝いている。


「えぇぇぇ……大先輩のおじーさんたちの目が輝いていても、嬉しくないと思いますよ」


 先頭にいる少々ご年配の方までキラキラした目をしているのを見た若い薬師が、顔を引きつらせながら言った。


「んあ? 何じゃ小僧、いいか、知的好奇心は生きるためには必要じゃぞぉ」


 はっはっはと笑うご老人に、薬師はカリカリと頬を書いた。


「あーっと、すみません」

「よいよい、ワシも若い頃はそう思った時があったからな。順番じゃよ、順番」

「将来、そう言えるように精進します」

「がんばりたまえ、若者よ。それより、早くそっちのオードリーの葉を見せてくれ」


 うずうずしている老人に、セレスが瓶から少しだけ小さなお皿に乗せたオードリーの葉を渡した。

 老人は慎重に匂いを嗅いだ。


「……ふむ、匂いは少々青臭さが残っておるが、この程度ならそのうち消えるだろう。そうなると、無臭か。オードリーの葉は、確か精神を落ち着かせる効果だったな。なら、大丈夫か」


 そう言うと老人は、指ですくって舐めた。


「ちょ! 大丈夫ですか?」


 薬師は慌てたが、周りの人間は真剣に老人の方を見ていた。


「大丈夫じゃわい。これは、効果がはっきり分かっておるからな。ふむ、味は……はっきり言って、マズイな。口の中に入った瞬間から苦い。これを消すのは大変だぞ」

「はい。でも、これでもまだマシになった方です。月の水に浸ける前は、もっと苦かったです」


 セレスの言葉に、薬師はまたも驚いた。


「え?確認したんですか?」

「効果が分かってますから。安心して確認出来ました」


 老人とセレスの考えは、一致していた。

 やっぱり将来的に、この薬は自分には絶対に必要になる、と薬師は妙な確信が出来た。


「ほぅ。水に浸けたことで、多少は苦みが消えていたのか。だが、まだまだ飲み薬にするには、この苦みを消さねばならんな」

「はい。まずは昔のレシピ通りに作ってみてから、その辺りは考えたいと思います」

「そうじゃな」


 セレスが必要な薬草を出して薬を作っている間に、集まった薬師たちは順番にオードリーの葉の粉末を確認しては周りの人間と話し合っていた。

 薬師は後に、効果が分かっているから大丈夫って、迷うことなく口に含むのってどうかと思う、と先輩たちに愚痴った結果、お前も将来はそうなる、と返されただけだった。


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