017 Lia 「疾走」
「――――これで四体目か」
私が化け物の首をはねて止めを刺すと同時に、エドワードが呟いた。
小烏丸を灼かんばかりに熔けるような音を出す血液。やがて収まるものであり小烏丸に影響は無いが、なんとなく気味が悪くてそのドス黒い血液を振り落とした。
もう既に半刻が経過していた。エドワードが奴らの反応を探り、そこに走って向かいそれを始末する繰り返し。
四体いずれも人型であり、最初に街で出会った化け物と同様、赤黒い肌とドス黒い血液で統一されていた。
見た目だけで言うのであれば体つきが男らしかったり女らしかったり、華奢だったり巨漢だったりとまちまちではあったが、そのどれもがまるで生ける屍のような動きをしていた。まるで意思を感じられない、肉を求める獣の動き。
最初に学校で出会った狼のような姿の化け物や、巨大な蜂の姿をした化け物のほうがまだ知性があるように見られた。
「奴らの死体は他の者に連絡して回収してもらうよう伝えた。君が最初に戦闘を行ったという学校にも帝国の人間を遣わせた」
学校の方へはあと四半刻程で到着するそうだ。エドワードはそう言い、残った化け物の捜索のため、精神を集中させた。
安心した。学校にはまだ子供達がいる。リオンがついているとはいえ、彼女の戦闘経験は皆無。専門分野も白魔術のため、魔法での対処もせいぜい僅かな時間稼ぎにしかならないだろうと予想できた。
街で倒してきた人間の姿をした奴らであれば、ウォルクの戦闘能力でなんとか凌げるだろうか。実戦経験こそ無いが、彼の実力や才能は間違いないものだと思える。
「……どう?」
先ほどよりも時間の掛かっている索敵。かなり広範囲を探しているのだろうか、彼の額からはまた脂汗が噴き出していた。
「……見つけたぞ」
彼は施した魔術を解く。大量の魔力を消費したのだろう。彼の息は既に上がっていた。
「北北西に真っ直ぐだ。動きも鈍い。お主の脚ならすぐに見つけられるだろう」
こいつで最後だろう。嫌な気配があちらの一方向の一点にしか感じない。そう続けてから、彼は膝に手をついて荒い息を整えつつその方角を指差した。
私はそれを確認すると同時に走り出す。
油断無きように、という声を背中で受け取った。
騒ぎはもう城下町全体に広まっているようで、まだ日が姿を見せているというのに民間人は一人も見かけることがなかった。皆屋内に隠れて騒ぎが収まるのをじっと待っているのだろう。
街で見かけるのは帝国の人間と思われる魔術師達と金属の鎧で武装した兵士達のみ。
街自体は閑散としているが、相当数の帝国関係者が街に繰り出していた。
それ以外の関係と見られる人物の姿は見られないため、緊急で傭兵に対して依頼を出したということもなさそうだ。エドワード以外は殆ど死体の回収役と言ったところなのだろう。
気色悪い気配が大きくなってきた。どうやらもう近くに居るらしい。
私は一旦足を止める。殺気が私に向けられていないと、こんなにも位置の把握が難しいのかと改めて感じた。
焦りで額から冷や汗が流れる。小烏丸を握る手のひらにも汗をかいており、茎に巻いた布がそれを吸う。
周囲を早歩きで探る。気配の元は間違いなくこの近く。しかし不自然なまでに帝国兵や帝国魔術師達が見当たらない。まるでこの一帯を避けて行動しているかのようだ。
風や草木の音しか私の耳には届かず、静けさが不気味。
――――やがて汗も気化して身体の熱をある程度奪った頃、助けを呼ぶ声が聞こえた。
よく響く少女のような声だった。静かだからというのも相まってはいるが、周辺に反響してその位置がある程度割り出せるほどに通りの良いものであった。
私は二の足を踏まずに駆け出した。
すぐ近く。わずか数秒で辿り着く場所であった。真っすぐ進み、右折した後に見える路地裏へ続く道。
薄暗くてよくわからないが、そこに人影が見えた。
手前に、腰が抜けたのか座り込んだ華奢な姿。
私に背を向けていてよくわからないが、肩に届く髪、身体つき、服装の雰囲気からして恐らくほぼ間違いなく悲鳴の正体であろうと判断出来た。
そして、奥に見える人影は。
「――――ッ!」
私は地面を蹴りって少女の上を飛び越え、その人型で赤黒い肌の化け物の鳩尾に飛び蹴りを食らわす。
化け物は歪んだ悲鳴を短く上げて倒れる。私はそのままバランスを崩してしまい、化け物に馬乗りになるような形になった。
まずい。そう肌で危険を感じた時にはもう遅かった。
化け物は馬乗りされた状態のまま私の左脚に掴みかかり、その太腿に凄まじい顎の力で噛み付いた。
「っ――――!」
声にすらならない悲鳴が私の喉から漏れる。
同時に肉が灼けるような音と噛みつかれたというダメージとは別の激痛。
このままでは太腿の肉が噛みちぎられる。全身に怖気が走り、冷や汗が一瞬にして下着を湿らせた。
即座に小烏丸を逆手に構えて振り下ろした。化け物が再度歪んだ悲鳴を上げる。それと同時に顎の力が抜け、私は噛みちぎられる前に奴から距離を取った。
あの近距離で止めとなる一撃を与えるわけにはいかない。どれだけの返り血を浴びてしまうか想像も出来なかったからだ。
奴の頬からはでろでろとドス黒い血液が流れ出る。
片側だけではあるが、咀嚼筋を正確に断った。痛みも相まってまともに顎を動かすことはもう叶わないだろう。
物を熔かす性質がある分、歯は恐ろしい武器と成り得ることを震えるほど実感した。同様のタイミングで爪も警戒したが、何故か奴の爪は綺麗に切りそろえられているようだった。
私は小烏丸の茎に巻いた布を咥えて持ち、仰向けになったこいつが起き上がる前に両足首を引っ掴んで乱暴にうつ伏せにさせた。
小烏丸を左手に握り直し、動けないように足を使って肩から押さえつける。
そしてゆっくりと、正確に心臓に目掛けてその黒い刃を突き立てた。
恐ろしい切れ味。肉を刃先で押すこともなく、すんなりと身体の中心へ向かってゆく。
骨を避けて通し、なるべく出血が少ないよう慎重に。
化け物は身体の不自由と背中の凄まじい痛みに悶絶して暴れようとする。しかし脚は私に届かない。肩から塞いだ腕は動かしようが無かった。
そのままバタバタと暴れる様子と痙攣を何度か交互に繰り返し、やがてピクリとも動かなくなる。
暫く待つ。灼けるような、熔けるような音がしなくなるまで、ほんの少しの間。
やがて、小烏丸をゆっくりと引き抜いた。血が少し噴き出して私の手首にかかったが、もう本来の性質を失った血液はただのドス黒い液体でしかなかった。私は痛みに耐えてしっかりと立ち、腰が抜けて動けないであろう少女に話し掛けるため振り返った。
もう大丈夫だよ。そう声を掛けるつもりだった。しかし、その場にはもう誰もいなくなっていた。
自力で逃げたのだろう。この周辺には帝国の人間はいなかったが、大通りを暫く歩けば安全な場所へ保護される。後のことは帝国の人間に任せることにした。
エドワードの推測によると、もうこの周辺に化け物と同様、若しくはそれと類似した反応は現れないだろうということだった。やはりそれは彼が魔術師だからこそわかることなのだろう。
――――学校に戻ろう。
私はそれだけを考え、踵を返した。
頭の中で、エノーラの最後の言葉を反芻した。




