五人で
《リエル・サナ》
フランの試作した『風花式回転駆動機』。
風花を頑丈な箱に入れ、箱の内側と外側にセットしたふたつの風車(フランが新たに最適な形で作り直したため、むしろ羽根車と言うべきだが)を歯車で連結したそれは、特に表面上の問題もなく、一方向への強力な風を生み出すことに成功していた。
それをいくつか抱えて、一行は樹海へと向かう。
ミディールを出たところで、ユーロがふと南の空を見る。
「……?」
今から向かう北の方向ではなく、何故南を?
そう思ったが、心の声でユーロが何を見ているのかがわかった。
ずっと南の空にかすかに見える、翼を持った巨大な魔獣。魔獣はさらに南へと飛翔していき、すぐに見えなくなる。
(南の竜)
ユーロの心の声はそう言った。
(時々ああやって上空を飛んでいるのが見えるって噂は本当だったのか。ここで見つけられたのはラッキーだったな)
何がラッキーなのか。リエルには全くわからない。
直後、ユーロが小さく、声に出して呟いたのが聞こえた。
「賭けの第一段階は……ひとまず俺の勝ちだな」
◇
「フランさんは、『宿舎』に住まないの?」
北へ向かう行程の途中。クローネが微妙な距離をとりながらフランに近づき、質問をする。
「んー、悪いけど、あたしは店があるからね」
フランがさらっと答えると、クローネは「そ、そう」と答えてまた距離を離す。
先ほどからずっとこの調子だ。
クローネが何か適当な話題を話しかけては、フランが簡潔に返す。そして話が続かず、退散するような形でクローネが離れる。
ぎこちない、とリエルは呆れる。
ミディールにいた時もこの二人はぎこちなかったが、この旅が始まってからは輪をかけてひどい。
それもこれもユーロのせいだ。彼は喋っている二人の首のあたりを注視しながら始終考え事をしている。心の声からは「スキル」や「光」といった単語がもれ出てくるが、大半は深層心理に沈み込んでおり、リエルでも読み取ることは出来ない。どれだけ熱中しているんだこの人は。
そう。パーティーの繋ぎ役であるユーロがこの状態である以上、クローネとフランが話題を繋ぐしかない。リエルは無口で口下手だし、ミナはニコニコしているだけで自分からは滅多に話題を作らないからだ。
リエルはもう何度目かの退散を経験したところのクローネに目をやる。
クローネの心の声からは、どうやってフランの気を引く話題を作り、仲良く話を続けられるかと苦心しているのが伝わってくる。しかし、どうしても父親のことや大砂漠でのことは「地雷」と考えているようで、当たり障りの無い無難な話題しか出てこない。
それでは話も続きそうにない。
(……店長さんも、店長さんですね)
フランの心の声は相変わらず読み取れないが、クローネの扱いに困っているのは何となくわかる。表情には出していないが、長年他人の顔色を伺ってきたリエルにはお見通しだ。気を許した友人のようにそつなく接しながらも、本当はどう接していいか距離感が掴めていないに違いない。
お互いに嫌いあってはいないはずなのだが。どうもそれぞれが相手を苦手としている。
リエルは上を向き、こっそりと息を吐いた。溜息が空にとけていく。
◇
しばらく歩いて、辺りがやや暗くなってきた頃。
ミディール付近では珍しいことに、上空から雫が降ってきた。
「――雨だ」
ユーロはようやく考え事を中断し、急いで荷車からテントを引っ張り出した。
「今更だが、荷車を導入しておいて良かった。前は北に行くのにこんなもの持ち歩いてなかったからな」
とは言え、急速に激しくなる雨に対してユーロの作業は追いつけていなかった。結局びしょ濡れになってしまった一行は、ほとんど未完成の天幕の下に急いで駆け込む。
ユーロは作業を続けつつも、濡れが少ない適当な布を四枚とってリエルに渡してくれた。
リエルはそれを一枚貰って、ミナへ。
ミナも同じようにしてクローネに二枚渡す。
「はい」
クローネの渡した最後の一枚を、フランは自然に受け取った。
「ありがと」
そう言ってから、不思議そうな顔になる。
頭を拭きもせずに、受け取った布をしばらく見つめてから、
「……ありがと」
もう一度、同じ言葉を呟いた。
――そうか。
リエルはその瞬間のクローネの心の声を聞いて驚いた。
フランは今、出会ってから初めてクローネに対してお礼を言ったのだ。言ってしまったことに気付いたのだ。そのことをクローネも悟ったのだ。
「どういたしまして」
噛みしめるようにクローネが言う。
そして、お互いに顔を合わせて、
「――ぷっ」
どちらからともなく笑い出した。
ユーロが突然の笑い声に驚いて振り向くが、何が起きたのか、全く理解できていない。
そこでリエルもこらえきれず、少しだけ笑ってしまった。
ミナはわかっているのかわかっていないのか、いつも以上にニコニコしている。
「な、なんだお前ら、急に」
リエルは笑いあっている二人を一瞥し、それからユーロに向き直って、言った。
「お師匠には、秘密、です」
◇
そのままテントの中で、夜を迎えた。
焚き火のいつもより大きな破裂音と、鈴の音でリエルは目を覚ます。
いつの間にか雨はやんでいて、いつの間にか焚き火の傍で誰かが魔除けの鈴を鳴らしていた。人影は二つ。
いつかユーロが言っていたが、濡れていない火種さえあれば、濡れた枝にも火を移すことができるらしい。運よく濡れていない枝を見つけたのか、布でも使ったのだろう。
リエルはテントから身を這い出して人影を確認した。あれは、クローネとフランだ。
「クローネお姉ちゃん」
と、リエルは声をかけようとした。
いや、リエルの主観では、確かに声をかけていた。
しかし実際には、リエルの喉からは何の音も発生しなかった。クローネもフランも、全く気付いていない。
「っ?! え?」
未だに声は出ない。確かに発しているのに。
喉がおかしくなったのか? それとも何か信じがたい現象が起きているのか?
焦って辺りを見回すと、テントの中でユーロがこちらを見ていた。
(リエル、大丈夫だ。それは俺のスキルだ)
「?」
意味がわからない。『それ』とはこの声が出ない現象のことだろうか? ユーロのスキルは、役に立つ物が光って見えるだけじゃなかったのか?
(説明することが多くて面倒だな……。俺にも理由はわからないが、どうやら急に変なスキルが使えるようになっちまったらしい。任意の相手の声を奪う能力のようだ)
ちょっと待ってください、と叫んだが、その声も当然のように奪われている。
(今、あいつらがいい感じだから。そろそろ交代だけど、もうちょっとだけあのままにしてやりたいんだ)
それで、二人に話しかけようとしたリエルの声を奪ったのか。
それにしても、声を奪うスキルなんて、一体どういうことだ? 確かに、ユーロの能力は以前、他人が幸せを感じているかどうかがわかるという意味不明な進化を遂げていた。しかしそれは、仲間の幸せがユーロにとって価値ある物に変化したのだという強引な解釈をすれば、元々のスキルで説明することも可能ではある。
だが、他人の声を奪うとは。元のスキルとは一切結びつかない以上、ユーロが新たにスキルを獲得したと考えるほかないのか? だが、スキルを二つ以上持つことも、ユーロほどの年齢でスキルが開眼することも、全てが常識を超えている。これは、明らかに異常事態ではないのだろうか?
そこまで考えたが、リエルは思いなおした。
確かにこれは異常事態かもしれない。実際、そのためにユーロは無意識に沈み込んでまで考え事をしていたのだろう。
しかし今大事なのは、それではない。汽船のこと、フランのことだ。
リエルは話している二人を見た。
火と鈴の音で聞こえにくいが、会話は長く続いているように見える。クローネが無意識に地雷にしていた、フランの家族のことや砂漠のこと、そして、ユーロとの関係――そういう話も、できたのだろうか。
しばらくして二人が交代の時間に気付き、寝たふりをしているユーロを起こしに来る頃には、リエルは再び眠りについていた。




