車輪、そして
《クローネ・アイリス》
どこかで聞いた覚えがあった。
車輪という単語。荷車についているならともかく、それ単体で見るなら、何の役にも立たないようなガラクタ。
――そうか。ガラクタ、だ。
「……そういうことだったの」
その瞬間、今度こそ、全ての『歯車』が噛み合った。
◇
そう、車輪は、ユーロのガラクタ山の中にあった。
それだけではない。
クローネもミナも、そしておそらくリエルもその存在を認識していながら、すっかり意識から遠ざけていたアイテムがそこにはあった。
「これだよ。いつもガラクタの中にあって、石と一緒に放り投げていたもの」
「それは――レムードの爪じゃないか」
クローネがそれを見せると、ユーロが唸るように言った。
「レムードの爪……が、なんでこんなところに?」
フランが聞くと、
「そりゃ、もちろん光ってたからだよ」
ユーロはこともなげに答える。
「昔、冒険者を始めた頃に、レムードの牙を集める依頼を受けてたんだ。クローネには悪い話だが……、まあ、あの牙は鋭くて大きくて、武器の材料に使えるからな。でも俺のスキルに引っかかったのはそっちじゃなく、爪のほうだった。この爪、小さいし切れ味もそれほど鋭くないんだが、調べてみたら相当丈夫なんだよな」
なら、この爪と車輪を組み合わせれば。
「鋭くないと言っても、それなりに尖ってるから、ハンマーで打ちつけたら車輪にじゅうぶん刺せそうだね。こいつで風花の回転力に耐えられる歯車が作れるかもしれない;
フランが総括して述べた。
そうと決まれば、この問題はこれ以上頭をつき合わせても仕方がない。
歯車の作業はフランが担当することになり、クローネ達は残りの問題をどうにかすることにした。
◇
残りの問題。
それは、作業空間の確保である。
「さすがに、この辺でやるわけにはいかないよね……。誰が見てるかわからないし」
「ティップ、いっぱいいるよね!」
ミナがずれた答えを返してくる。いや、クリッキーに見られたって問題ではないのだ。本当に怖いのは人間だ。
「それに、海辺が必要、です」
一方リエルは相変わらずの冷静な意見を呈する。そう、そこも大きな問題なのだ。
「それなんだが」
ユーロがゆっくりと切り出す。これは、何か考えている顔だ。
「ユーロくん、アイデアがあるのね?」
「一応、な」
ユーロは考えをまとめるように頷くと、
「北の樹海がいいんじゃないかと思うんだ」
「えっ、あそこ?!」
聞き間違いかと思い、とっさに聞きなおす。
「樹海ってあの、セクアナの北の? ケンタウロスのソルさんがいた、あの樹海?」
「ああ」
クローネは驚くというより呆れた。北の樹海は一度攻略したとはいえ、実際に立ち入ったのは入り口近くのほんのわずか。そもそもあの大砂漠と並べられるほどに危険な場所だったはずではないか。
「いいか、北の樹海の難点をまとめると、ケンタウロスと視界の悪さ、それにまあ、多めの魔獣が棲み着いているといったところだ。このうちケンタウロスは俺たちが解決した。この情報は冒険者の中では広まり始めているみたいだが、浸透しきっているわけではないし、一般人の耳にはまだ届いていない。つまりあの樹海の攻略難度が落ちたことは、限られた人間しか知らない」
「攻略難度が落ちたって、まだまだ危険じゃないの? 砂漠であれだけ苦戦していたのに」
「まあ待て。砂漠と言えば、俺とフランはあの場所を攻略するために、『羅針盤』を使おうとしたんだ。そいつはいつどこでも方角がわかるアイテムだ。ただ、そもそも足場が不安定で、やばい魔獣も出現するあの場所では不十分すぎた、ということだな。――ところがだ」
ユーロは一旦言葉を切って、指を立てると、
「その羅針盤の材料になった不思議な黒い石。あれをそもそもどこで手に入れたかと言えば、例の樹海だったんだよ。と、いうことは、本来あの樹海で、ケンタウロスは正確な方向を知るために、あの黒い石を使っていたんじゃないかと考えられるんだ」
砂漠ではなく、樹海で。
そうか、視界が悪いという条件自体は、どちらも同じだ。
「樹海には足元を狂わす流砂も無いし、最も警戒すべき魔獣はいなくなった。残った魔獣は魔避けの鈴を使うか、最悪ミナの『グリム』に頼れば、俺たちでもどうにかできないことはないはずだ。つまり羅針盤の効果が、最大限に発揮できる」
「まかせて!」
名前を呼ばれて、ミナが鋭敏に反応した。
それに苦笑しながら、ユーロは続ける。
「そう考えると、樹海には良い条件が完璧に揃っている。まず、ほとんど人が来ない。というより、奥地まで行けるのは羅針盤と魔除けの鈴を持った俺たちくらいだろう。次に、船の材料となる木材が大量すぎるほどに存在する。そして最後に、樹海の行き着く先は海だ」
そうだった。
ソルは、確かにそう言っていたのだ。樹海を抜ければ大海原だと。
「この情報は正真正銘、俺たちしか本当に知らない。俺たちが樹海に入るところを誰に見られようと、たとえフラン父の手の者に知られようと、そこで船を浮かべているとは絶対に思えない」
言われてみれば、これほどまでの好条件もない。
クローネの頭はほとんど賛成に切り替わっていたが、
「ただ、もちろん危険なのは確かだ。あくまで北の限界点だった場所。ケンタウロスの神殿を抜けたからと言って、この先何があるとも知れない。それでも――俺は行くべきだと思ってる」
ユーロはクローネ、リエル、ミナの三人に順番に目を向けた。
「皆、着いてきてくれ。頼む」
答えは、もちろん決まっていた。




