樹海の果て
《クローネ・アイリス》
長旅を終え、北の街セクアナに到着した。
あまりのんびりしているわけにも行かないので、一晩だけ休憩し、荷車を商業組合『バロック』に預かってもらって、さっそく樹海に赴く。
「大丈夫かな?」
三回目の樹海を目の前にしてクローネが聞くと、
「ケンタウロスはもういないし、鈴も羅針盤もある。なんとかなるだろ」
なんとも楽観的な答えがユーロから返ってきた。
◇
実際のところ、樹海の冒険はそれでなんとかなっていた。
日の光すらほとんど入ってこない大樹の間を、カンテラを付け、鈴を鳴らし、羅針盤を覗きながら、ゆっくりと北上していく。
時折、それでも襲い掛かってくる四足歩行や有翼の魔獣には、
「たーっ!」
ミナがものすごい速さで蹴りを食らわせたり、
「よっ」
ユーロが正確な投げナイフ術を披露したりして戦闘不能にし、その隙に逃げるなどしてうまく争いを避けていた。
「ミナちゃん、その技使って、眠くならないの?」
「うん、これがあるから」
ミナが手に握っていたのは例の『原理』を溜め込む石だった。なるほど、それを少しずつ使っているのか。
◇
そんな中、一行に最初の危機がやって来た。
湾曲した、太い根っこのような魔獣が、目の前に立ちふさがっている。とはいっても、体長はクローネ達の膝元くらいしかないが。
「何、あれ?」
薄闇の中、フランが最初にそれを見つけて、立ち止まった。
「根っこみたいだけど、魔獣かな」
クローネも警戒しながらそれを見た。
「樹海にいる根っこの魔獣――、なんか、そんな噂を聞いた覚えがある気がするんだが……」
ユーロは首をかしげながら、ナイフに手をかける。
「どんな噂、ですか?」
リエルが聞くと、
「確か、樹海中に響き渡る叫び声を上げて、仲間を呼ぶとか、気を狂わせるとか――」
「あ、おくち、あいた」
ミナの言葉の通り、根の魔獣は、体の中央付近にある口のような部分を大きく開けていた。
「あれ、もしかして、叫――」
その瞬間、この世のものとは思えない異様な叫び声が、樹海中に――
「ギギャ」
轟き渡ったかと思ったが、一秒で止まった。
「あれ?」
耳を塞いでいたクローネはゆっくりと手を下ろすと、根の魔獣を観察する。おかしい、まだ何かを叫んでいるように見える。
「お師匠……さっそく使ったの、ですか」
「仕方ないだろ」
ユーロはリエルに向かって片目を閉じると、
「今の一瞬で魔獣が集まってくるかもしれない。この場を離れよう」
まだ口をあけている魔獣の喉(?)にナイフを突き立ててから、樹海の中を急ぎ足で歩き出した。
◇
「ふーん、声を奪うスキル、ねえ」
フランが訝しげな目でユーロを見る。
先ほどの場所を大きく離れてから、ユーロは一同に向かって先ほどの現象を説明していた。
声を奪うスキル。新しいスキルを手に入れたらしい。でも、それって、普通にありえることなの?
「ま、そういう話なら、あたしにも同じことができたわけだね。ちょっと悔しいなぁ」
そうだ。フランのスキルは振動を止める能力。その振動の中には、音も入るらしい。
ちなみにこの話は、旅の途中、焚き火の傍で二人で話している時に聞いた。
「じゃあ、次からあの魔獣に出くわしたら、俺とフランが全力で叫び声を封じればいいな。――あれ、リエルどうした? 何かあったか?」
「いえ、ちょっと気になっただけ、です。なんでもないです」
そう言いながら、リエルは明らかに何かを考え込んでいた。今この瞬間に、急にだ。
「……もしか、したら」
そう小声で言ったのを聞こえていたのは、リエルの隣にいたクローネだけだったかもしれない。
◇
ついに、樹海の最北端についた。
そうわかったのは、もちろん、そこに海が広がっていたからだ。
「やっとか……!」
樹海の中では、時間も距離もほとんどわからない。もしかしたら一日以上歩いていたかもしれないし、実はそれほど遠くなかったのかもしれない。しかし一行にとっては、精神的に三日くらい歩いていたかのような疲労があった。
樹海の端は数歩ぶんだけ木の生えていない平地があり、そのすぐ向こうは人の身長ほどの崖となっていた。崖の真下には波の打ち寄せる海がある。
ひとまず、その平地のところでテントを張り、造船作業の拠点とすることにした。
「さて……、これから船を造っていくわけだが」
一行の立てた計画はこうだ。
持ってきた斧を使って樹海の木を適当に切り倒し、その木材をフランの指示通りに加工して船のパーツを造っていく。
船が出来たら、海上を走らせて直接ネヴァンに向かえばいい。
食料と水はどうにかして調達しなければならない。現地調達が難しそうなら、何人かがセクアナまで往復することになる。そのメンバーは、あの叫び声を止められるユーロかフランを入れるしかなく、フランは造船作業にいた方がいいことを考えるとユーロしかいない。結局、安全を考えてユーロとミナが選出された。
手始めに、飲み水を探した。樹海に分け入ってダウジング棒を使い、水脈を辿る。これは上手くいき、湧き水を三つ見つけることができた。
フランの水質検査器を使い、その中で最も綺麗な水を普段用とする。毎朝これを汲みに行く作業はそれなりに危険のため、やはりユーロとミナが担当することとなる。
また、試しに木を一本切り倒してみた。
斧の扱いは難しく、倒れる方向も上手くコントロールできないため非常に危なっかしい。結局、それなりにでも斧を触れるのはユーロとフランの二人だけだった。ミナは怖いものなしでぶんぶん斧を振るが、逆にそれが恐ろしいということで却下された。
次に食料。樹海で木の実を探すが、食べられそうな実は全く無い。海で釣りを試みるが、夜まで釣って釣果は小魚二匹。やはり、買い出しは必須だ。
となると、普段の作業はユーロが木を切り倒し、造船作業は残りの四人。
ユーロとミナがセクアナに買い出しに行く間は、フランが木を切り、クローネとリエルが造船。
「……やっぱり、どう考えても人手が」
クローネは呟いて、そんなことを言っても仕方が無いと思いなおす。無闇に情報を広げないことと、この危険な樹海を抜ける冒険に多数の人間を巻き込まないこと。二点を考慮して、助っ人を増やさないのは既に決めたことだ。状況を改善できる手があるなら、とっくに打っている。
三ヶ月。
三ヶ月で、どうにか完成できればいいのだが。
◇
およそ、半月が過ぎた。
進捗は、恐ろしいほどに遅かった。
とにかく、木材の加工が遅い。木を切り倒すのも遅いし、それを使える形に切るのも、削るのも、ひとつひとつの作業が絶望的に遅い。
フランの振動を止めるスキルも、ミナの全属性を操る『グリム』も上手く使っているはずだが、そんな工夫とは関係なく根本的なマンパワーが足りていない。
「無茶、なのかな……」
フランも最近は苦い顔をしている。
それでも、どうにか全力で頑張るしかないのだが。
気を入れ直しながらも、どうしても絶望がじわじわと侵蝕してくる。
そんな時だった。『彼』が来たのは。
『なるほど、そういうことだったか』
どこか懐かしいような声がした。これは、誰?
『久々に様子を見に戻ってみれば、どうも何かが騒がしい。そうか、何かと思えば、お主らだったのか』
「あ……」
それが魔獣の言葉であることに、ようやく気が付いた。
樹海からゆっくりと海辺へ出てくる影。まさか。
クローネは慌ててユーロを見る。
汗だくで斧を振るっていたユーロは、それを地面に置くと、
「ふっ」
信じられないことに、まるでそれを予想していましたと言うかのように、ニヤリと笑みを浮かべたのだ。
「ようやく来てくれましたか。このまま俺の負けかと思いました、ソルさん」




