西の街
《ユーロ・クレセント》
遠い、夢を見た。
――ユーロ、これを見てごらん。
師匠が何かを手に取り、語りかけてくる。
――これは……どうして風が出ているのですか?
――どうしてだと思う?
いつもの、何でも承知しているような顔で。
――もし知りたいなら。自分で、突き止めるんだ。それが冒険者の役目だよ。
少し哀しそうな声色で、そう諭す。
もちろんユーロは、これが夢だと知っている。
だって、師匠は……もうここにはいないのだから。
◇
月の煌々と照らす夜中。
ユーロは一人、『宿舎』の男子部屋で目を覚ました。
「そうか……それなら、風花は」
夢の残滓が残った頭で、ぼんやりと思考をめぐらす。
「これは、まずいな」
こうしてはいられない。
ユーロはすぐに荷物をまとめると、夜のミディールへこっそりと旅立った。
◇
「ちょっと待った」
ミディールの城門を出る寸前、背中に声がかけられた。
――振り返る。
「……フラン」
城壁の内側に背中を寄りかからせるようにして、フランが立っていた。
「何でお前が、こんなところにいるんだよ」
「それはこっちの台詞じゃない?」
フランはのしのしとユーロの目の前に歩いてきて、睨み上げるように言う。
「こんなことだろうと思った。ユーロくん、勝手にキアンまで行こうとしてたでしょ」
「……嘘だろ。俺はさっき突然思いついて旅立ったんだぞ。この行動が読めていたはずがない」
「ならあたしはその思いつきまで予想できてたわけだ。こっちが一枚上手だったね」
「まじか……」
返す言葉もなく、ユーロはうなだれた。そこへフランが、
「あたしも連れて行ってよ」
視線を外しながら、ぶっきらぼうに言った。
「あたし一人で行くのは、ユーロくんが許さないんでしょ。でも、ユーロくんが一人で行くのも嫌だし。それなら二人で行けばいいじゃん」
「……危険だぞ」
「覚悟してるよ」
フランは一拍置いて、ぽつりと零した。
「それに、ユーロくんが守ってくれるんでしょ」
その言葉は、ユーロには意外に感じた。
全く、仕方ない。溜息をつき、フランにアイテムを差し出す。
「これはフランが持ってろ」
魔除けの鈴。これを持っていれば、だいたいの魔獣の襲撃は防ぐことが出来る。
フランが手で包むように受け取るのを確認し、ユーロは城門へ歩を進めた。
「じゃ、キアンに向けて出発だ!」
◇
真夜中の冒険は、恐ろしい。
本来テントを広げて火を焚いているはずの時間帯であり、城壁外を歩き回るべきではないのだが、
「なるべくミディールから離れておかないと、リエルたちが探しに来たら困る」
とユーロが主張したことで、カンテラを点け強行気味に進んでいる。
「なんで探しに来たら駄目なの?」
「そりゃあ、無理にでも着いてくるじゃないか。それはフランが嫌なんだろ?」
「それはそうだけど……んー、なんか怪しいぞ、ユーロくん」
魔除けの鈴をチリンチリン鳴らしながらフランが詰め寄ってくる。
「これまで、ユーロくんがあの子たちをまとめて呼ぶ時、『クローネたち』って言ってなかった? なんで今回に限って『リエルたちが探しに来たら困る』なの?」
「い、いや、たまたまだろ」
「いーや、変だね。そもそも今日の出発だって突然思いついたって言ってたよね。こんな夜遅くに思いついて、途端に逃げるように旅立つなんて、どうかしてない?」
「……」
バレている。少なくとも今旅立たねばならない理由までは。
ユーロが何を話していいか迷っていると、
「ま、いいけどね。あたしはユーロくんと一緒なら」
フランのほうが、唐突に身を引いた。
ユーロから少し離れると、歩いてきた暗闇を振り返り、目を細める。
ミディールの城門はとっくに見えない。昼間だったとしても、この位置からではほとんど霞んでいるだろう。
「……ねえ」
後ろを振り返ったまま、フランが零す。
「このまま二人で逃げちゃわない?」
夜の闇に消えていきそうな、小さい声。
ユーロはしばらく押し黙っていたが、
「……悪い。それはできない」
「……そっか」
「俺には守りたい人たちがいる。全部放り出して行くわけにはいかないんだ」
「うん。そうだよね。知ってた」
「でもさ」
ユーロはフランの肩を掴み、真っ直ぐこちらを向かせて言った。
「その中にはお前も入ってるんだ、フラン。だから俺は、守りたい人全員を見捨てない道を絶対に探す。何が何でも」
それが、風花だ。
現状を綺麗に解決する唯一のアイテム。
それを絶対に手に入れる。
「わ、わがままだよね、ユーロくんてば」
フランが視線を外しながら、焦ったように茶化す。
「それも知ってただろ?」
「……うん」
「それにな、フラン。お前だってこのままじゃ悔しいだろ」
フランの肩から両手を離し、それを大きく広げる。
「今がようやく立ち向かう時だ。カウンターを入れてやろうぜ、フランの人生ってやつにさ」
その時、フランが何かを呟いたようだったが、その言葉も、表情も確認するすることはできなかった。
フランの背後から突然差してきた朝日が逆光になって、目が眩んだのだ。
まあでも、見えなくて良かったのかもしれない。余りにも気恥ずかしかったから。
◇
それから三日三晩荒野を歩き続け、ようやくキアンの街に到着した。
一言で言えば、キアンは砂の街である。
背後にある大砂漠から絶えず風が吹きつけ、運ばれてきた砂があちらこちらに薄く積もっている。
家々は骨組みに布を張っただけの簡単な仕組みになっているが、これには理由が二つある。
ひとつは、木造では隙間から砂が侵入するため。
もうひとつは、そもそも木材になる木が周辺にあまり生えていないためである。
「なんだか、随分と殺風景な街だね」
「そう見えるのは外側だけかもしれないぞ。この街は、地面に穴を掘る技術が発達しているんだ」
家の一軒一軒は小さく見えても、実はそれぞれに地下がある。穴を掘って、その中で生活をしたり、たくさんの物品を貯蔵したりしているのだ。
「さて、どうする? このまま風花を探しまわる前に、一旦宿を探して落ち着かないか」
「……それ自体は賛成、だけど」
フランは疑いの目を向けて言った。
「ユーロくんの思惑は読めてるからね。宿をとったら別行動せず、真っ先にあたしの部屋に来ること。いい?」
「……かなわないなぁ」
◇
二人は安い宿を探し出し、二部屋を並びでとった。
横長のテントが複数繋ぎ合わされたような建物で、そのひとつひとつのテントが一部屋になっている。
さすがに寝室が地下にあるというわけではなかったが、簡単な穴があって荷物はその中に置けるようだ。
ユーロは荷物を降ろして簡単に服装を整えると、約束どおりフランの部屋を訪ねた。
「さて、そろそろ説明してもらえるかな?」
フランはユーロを出迎えるや否や、早速聞いてきた。
「説明、って何をだ」
「とぼけないでもいいんだぜ。ユーロくんが夜中唐突に何かを思いついたこと。特にリエルちゃんに気付かれないように即座に抜け出してきたこと。そして、ここでも風花を探す前に宿をとって、別行動に持ち込もうとしていたこと」
徐々に、ユーロのほうへ詰め寄ってくるフラン。
「何か隠してるでしょ。どうにかして、あたしたちを巻き込まないようにしてる。ねえ」
ユーロの目を覗き込むようにして、フランは言った。
「一体何に対して、巻き込まないようにしてるの」
「……」
限界、か。
ユーロは観念した。
「風花がキアンの適当な露店に売ってるなら、それでいいんだ。何の問題も無い」
姿勢を正しながら、ユーロは説明する。
「もし、無ければ。自分で採取しに行くしかない」
「でも、この辺に生えてるんでしょ? だからわざわざここまで来たんじゃん」
「『この辺』に生えてる。ああ、それは全くもって正しい」
ただし、それはフランの想像とは、全く別の場所だろう。
「俺があの夜中に思い出したこと。それは、風花の生息地だ」
「そんなやばい場所なの? ――えっ、ま、まさか」
「そう」
フランも気付いたらしい。
そうなのだ。キアンの近くに生えていて、それでいて絶対にユーロが仲間を連れて行きたくない場所。
万が一の時は、自分ひとりで挑むと、あの夜中に決意した場所。
風花の生息地は。
「――西の限界地点。大砂漠だ」




