実験
《フラン・ネフェシウム》
ユーロが持ってきたのは、おもちゃの風車だった。
「ずっとこいつの使い方がわからなかったんだ」
店の奥の作業スペースで、実験の準備を進める。
作業台には、水の張った容器と、ミニチュアの船。
ユーロの指示通りに用意したもので、船はなるべく本物に近い構造を再現した。
「風車は風を受ければ回る。それだけの単純な構造で、それ以上に何ができるとは思えなかった。俺はそれ以上考えずに放置していた」
ユーロは風車に紐を巻きつけていく。軸の部分に、一周ずつ丁寧に。
「それを、どうやらミナとリエルが考えてくれてたらしい。物凄い単純な話だった。あっけなく発見されて、言われた俺もポカンとしたよ」
巻きつけた紐を一気に引っ張ると、風車の羽は勢いよく周り、そして、ユーロの髪がたなびいた。
「風を受けると、回る。なら逆に、回せば、風が起こる。なんて単純な話だ。どうして俺は気付かなかったんだろう」
嬉しそうに、ユーロが言う。
フランは呆れて、
「わかったから、実験とやらをしてよ」
そう言うとユーロはまた風車に糸を巻き付け出す。その手つきがあまりにもぎこちないので、フランは横からひったくった。
「はい、こうでしょ」
素早く糸を巻きつけて、ユーロに渡す。
「うおっ、さすが早くて正確だ」
ユーロは感心しながら、ミニチュアの船に開けておいた穴に、その風車を固定した。糊を使って向きが変わらないようにする。
「では実験開始」
ユーロは左手で船を支えながら、右手で糸を勢いよく引っ張る。
風車が回っているのを確認して、左手を離した。
自由になった船が、ゆっくりと動き出す。
「見ろ。風と反対に船が押されている。ちゃんと風の反動はあるみたいだな」
確かに、船自らが生み出す風で、船を動かすことはできそうだった。
この風車が風花だと考えれば、考えている汽船の原型にはなりそうである。
「でも、だいぶ遅くない? 船だってこれ、本物より何倍も軽いし。大丈夫かな」
「それは風花のパワー次第だけど、ダメなら何個も並列させればいいんじゃないか?」
そういうわけで、汽船の実験はひとまず無事に終了した。
あとは実際に風花を採取してみるしかない。
◇
ユーロによると、風花は「確か西にあった」とのことらしい。
フランの出身地であるネヴァンとは反対側、荒野の街キアン。そこに行けば手に入るのだろうか。
最初、フランは自分ひとりで行くと主張したのだが、
「こういうのは冒険者の仕事だろ。俺が行くよ」
ユーロはその意見を一蹴した。
「ごめん、今回に限ってはあたしの問題だから。あたしに行かせて」
「何言ってるんだ。お前、魔物と戦えるのか。冒険の基本を心得てるのか。そもそも冒険者の証を持ってないじゃないか。だいたいフラン、店の外に出るのも怖いはずなのに、どうやってキアンまで行けるっていうんだ」
「お父さんが持ってきた魔物の鈴がまだ置いてあるから。冒険者とは違って荷物も無いし、なんとかキアンまで行ければいいだけ。城門は夜こっそり乗り越えれば――」
「悪いが、無茶すぎる」
ユーロは首を振り、
「どうしてそんなに自分が行くことにこだわるんだ? さすがにおかしいぞ」
「だって……」
フランは滅多にない逡巡を見せた。
「ユーロくんにはさ、守るべき人たちがいるじゃん。ユーロくんが大切に思ってる皆がいて、その皆もユーロくんのことを大切に思ってて。それなのにさ、あたし一人が横から急に出てきて。大事なユーロくんをどっかに送りとばすなんてできないじゃん」
「なら、クローネたちも加えて向かえばいい」
「それこそ、できないよ!」
フランは頭をぶんぶんと左右に振った。
「どんな顔して、頼みに行けっていうの。あたしが。クローネさんに」
「……」
ユーロはしばし無言になったが、
「フランって、意外と対人能力低いのか?」
そんなことを口走るので、フランの全力のチョップが炸裂したのだった。
◇
期限があるとは言え、とにかくその日はもう動くべき時間帯ではない。
ここは大人しく寝ておいて、次の日に考えようということになり、解散した。
したのだが。
事態は、急激な進展を迎えることになる。




